今回ご紹介するのは、明治前期の長崎とベル・エポックのパリを舞台に描かれた歴史漫画になります。

 

この漫画は私の超イチオシなので、ぜひ皆さんにも読んでいただきたい!第24回手塚治虫文化賞「マンガ大賞」受賞他、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門「優秀賞」受賞、「リーヴル・パリ2019」レコメンド作品でもあります。

 

 

あらすじ

時は1878年(明治11年)。西南戦争で親を亡くした美世は、長崎にある叔父一家のもとへ引き取られます。さっそく奉公先を探すことになった美世は、「蛮」という西洋アンティークを販売する道具屋で売り子として使ってもらうことになります。アンティークドレス、ミシン、洋書、幻灯機……店主・小浦百年(通称モモ)が仕入れてきた西洋の文物を通じ、やがて美世は世界への憧れを抱くようになります。
 

 

 

 

神通力

 

美世は教師をしていた父親から大事に育てられてきた何もできない女の子でした。読み書きができないのはもちろん、自信のなさからくるオドオドとした話し方から、ついコチラもこんなんで戦力になるのだろうかと思ってしまうほどのポンコツちゃんです。しかし、美世には不思議な力がありました。それは神通力です。なんと美世は触れた物の過去や未来が視えるという特殊能力を持っていました。

 

その才能を買われて「蛮」に雇われた美世は、さらなる能力を発揮します。仕事柄、外国語が必要だと言うことで、店主のモモから語学を教えてもらうことになった美世は、何とあっという間に読み書きをマスターしてしまいます。

 

 

 

モモ

 

モモは、日本人の母とイギリス人の父から生まれた混血児です。そのためずっと日本では苦労してきた人なのですが、そんなバックボーンを周囲に見せることなく明るく生きています。美世はそんなモモに恋心を抱いてしまうのですが、彼にはフランスに忘れられない人がおり、切ない”片想い”をすることになります。

 

面白いのは、モモの母があの大浦慶さんだということ。幕末から明治にかけて最強の女商人として伝説を残す、実在した人物です。日本茶輸出貿易の先駆者であり、遠山事件で詐欺に遭い、財産を失ってしまったことでも有名な人物です。モモはそんな母のために「蛮」で一儲けし、こっそりと借金を返済するような人でした。

 

 

 

ジャポニズム

 

「蛮」が軌道に乗ってきた頃、フランスではジャポニズムブームが巻き起こっていました。さっそくそこに目をつけたモモは、パリに支店を開くため、慶に店を任せたいと言います。また、そこでは美世の叔父・山口長次郎の青貝細工をメインで販売したいと言い、周囲は忙しくなっていきます。

 

残念ながら、このモモの渡仏計画で、美世の片想いは強制的に終わりを告げることになってしまいます。一方、フランスに渡ったモモの商売は順調で、人脈も広がり、想い人とも再会を果たします。

 

ここから物語はフランスと日本を舞台に行ったり来たりすることに。どちらの国でも時代の華やかさだけでなく、暗い部分も描かれており、後半は少々かなしいシーンが続きます。

 

特にフランス編では、モモの想い人であるジュディットという高級娼婦が登場するのですが、彼女は精神を病んでおり、アルコール依存症も併発しています。それに加え、結核まで患っているのですが、そんな彼女が復活するまでの物語がまた泣けます。弱くても立ち上がろうとする彼女の姿を多くの方に見ていただきたいです。

 

 

 

名言集

 

ここではかなり大雑把なレビューしかしていません。実際はもっとキーパーソンになる人物もいるし、重要な出来事もたくさんあります。「蛮」のお仕事の内容や、伝統工芸品をつくる職人の姿、長崎とパリそれぞれで苦しみながら生きている女性たちの姿ももっと伝えたい・・・!!けれども、詳しく語ると全部ネタバレしちゃいそうなので、最後は私が本書の中からグッときた名言をピックアップしたものを紹介して閉じたいと思います。

 

 

①美世の神通力ですが、実は「嘘」ではないかと慶に指摘され、叱ってもらうシーンがあります。その時の台詞が凄くいいのでご紹介します。

 

元はといえば人を励まそうと思ってやり始めた事だろ?相手の不安をなるべく早く取り除いてやろうと・・・でもね美世。人には悩みを抱えて落ち込んだままでいる権利もあるんだよ。あんたの嘘で悩みをなくしてやるとは簡単たい。でもその事でその人が自分で悩んで成長する機会を奪ってしまう事になると思わんかい?

 

す、すばらしいです。確かにそうですよね。ちなみに慶は美世が本当に持っているのは「洞察力」だと言ってくれます。

 

 

②こちらは美世と一緒に「蛮」で働く後輩・民平の名言になります。

 

された事はもう受け止めるしかできんし・・・うーん倒れたら・・倒れたなぁって思いながら倒れとく。起きる気力が湧くまで。

 

本書には色んな過去を負った悩める人が集合する中で、民平は自身も同じ立場でありながらとてもポジティブな人です。まっすぐで強いです。だからこそ、このなんてことのない一言が作中でとても光っているように感じました。

 

 

③こちらは過去に遊女をしていた”たま”という女性の名言です。彼女は現在、新たな道を歩くため前向きに生きています。

 

最初から無いもんは受け入れんとしょうがなかしね。無いけんて閉じこもっとったら人生損やけん。

 

この物語には本当に苦労をしてきた人からしか生まれてこない言葉がたくさんあります。

 

 

④こちらはもう誰のことも信じられなくなり病にふせたジュディットを、看護し励ますポーリーヌという女性の言葉。彼女は本当に良い人でした。

 

必要なのは静かな忍耐だよ。変えられない物を受け入れる心の落ち着きと変えられる物は変えていく勇気。そして二つの物を見分ける賢さ。そして一番重要な事「気楽にやろう」

 

これは「ニーバーの祈り」をポーリーヌ風にアレンジした台詞になっています。ジュディットはこれまで多くの人から傷つけられた後遺症で、信じるべき人に対してもちょっとしたことで疑心暗鬼になってしまいます。そうするとアルコールに頼りたくなり・・・ジュディットを愛する男たちは必死に彼女を支えますが、体調は良くなったり悪くなったり、心のバランスに左右されます。しかし、最終的に彼女を救ったのは、男たちではなくポーリーヌや美世の言葉だったのではないかと思いました。同性からの愛の励まし(お叱り?)はとても力強かったです。

 

 

以上が名言集になります。いかがでしょうか?グッときませんか?ピンとこないなぁ、という方は、物語と一緒に読むとジワジワくるものがあるでしょう。

 

個人的には明治維新×長崎×パリという組み合わせだけでも興味津々だったのに、実際に読んでみたら実在した人物が何人かで出来てワクワクするわ、タイトルの意味を知って感動するわ、美世が名前の通りベル・エポックを謳歌した人生を送って楽しかった!と思いきや、ラストで長崎に原爆が落ちて・・でも途中からこんなに美しい時代なのに、未来では戦争が始まって長崎があんなことになってしまうんだ・・とわかるので意外というわけじゃなくて。つまり感情が追いつかなくなってしまいます!!

 

本書は高齢になった美世が孫と一緒に防空壕にいるシーンから始まります。だから、プロローグで既に「ここ」まで描くんだな、ということがわかっているのです。長崎の未来がどうなるのか、あえて美しい時代を描いた上で、その先まで行くのだなと。だから読者はある程度「覚悟」して作品を読むことになります。

 

エピローグを読むと、「あんなに素敵な時代があったのに。新時代の幕開けだったはずなのに。どうしてそれを壊してしまうの」とやり切れない気持ちになってしまいます。あの頃の、日本人の世界への好奇心はこんなものに使われるはずではなかったのに、と悔しくなってしまいます。

 

ですが、不思議なことに、時代は巡り巡って再び漫画を通し、現在フランスと日本は盛り上がりを見せています。もう第何次になるのかわからないほどジャポニズムブームは続き、幸いにも私は戦後の日本を知ることができる未来にいます。この物語の続きを生きています。

 

一度は戦争により壊され離れ離れになった人々や物も、「愛」という繋がりによって文化を通し、何度でも原点に戻る。終わってもまた始まる。それほど「好き」や「美しい」という感情や感覚は変わらないものなのだと思いました。

 

本当に優れたもの、その価値は揺るがない。

 

現代の私たちがあの時代の人々から学ぶことはまだたくさんあるはずです。

 

歴史好き、浪漫好きな方にオススメの一冊。当時の人の恋愛も楽しめるのでぜひ手に取ってみてください!

 

 

以上、『ニュクスの角灯』のレビューでした!

 

 

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