今回ご紹介するのはフィギュアスケートを題材にしたスポーツ小説になります。

 

新潟出身の筆者が新潟のアイスリンクを舞台にした感動の一冊。え?フィギュアスケートといったら愛知じゃないの?と思う方が多いかもしれませんが、実は新潟に新しくできたリンクにも将来有望な選手が育ってきている今日この頃。本書はそんな新潟発のスケーターの未来を想像して描かれた作品なのではないかな?と思います。スケートに興味がある方も、そうでない方も楽しめる物語になっているので、ぜひご覧あれ。ラストは間違いなく感動します!

 

 

 

 

 

ふたりの天才

 

京本瑠璃と雛森ひばりは、日本女子フィギュア史上最強の選手です。卓越した表現力を持つ完璧主義者の瑠璃と、圧倒的身体能力で男子顔負けのジャンプ構成を組むひばり。このふたりを前にしたら”世界最強”だったはずのロシアでさえ歯が立ちません。しかし、史上最強のふたりは、世界で最も嫌われているスケーターでもありました。

 

その原因はふたりの素行の悪さ。自己顕示欲が強く傲慢で我儘な瑠璃と、気分屋で幼稚で我慢が苦手なひばりは、このスケート界で数多くの悪評を残しています。

 

ここで少しふたりの伝説を紹介しましょう。まず経済的に恵まれた環境で育った瑠璃は、これまで何不自由なくすべてを与えられてきました。そのため気に入らないことがあるたびに(お金があるので)ポンポンとコーチや振付師を替えたり、(リンクを貸し切りするのに慣れているので)貸し切りではないリンクで滑る場合も勝手に独占するなど問題行動ばかりを起こしていました。

 

それだけでなく、瑠璃は口の悪さも有名で、以前優勝した試合のインタビューでは、ライバルたちに対し「雑魚を倒しただけ」と言ったり、銀メダルとなった表彰式ではメダルを首から外して氷に叩きつけたりと、まぁ凄い。この人格のせいで大会に派遣されなかったり、強化選手を外されたりと、超お騒がせなスケーターというイメージがついています。

 

さらにひばりに関しては口は悪くないものの、制御不能といった面では彼女の右に出る者はいません。ひばりは誰よりも恵まれた身体能力を持っていますが、そのせいで努力ができない人間になっています。大技もちょっとの練習でできてしまい、食べても太らず、辛い筋トレをせずとも男子並みのスタミナとバネがあるおかげで、いつも練習をサボり、時には試合にも「飛行機が嫌いだから」という理由で欠場します。また、コーチの説得でやっと出た試合でさえ、ルールを無視した演技をして0点になったり、嫌いな要素は真面目にしないなど自由に振る舞い続けます。

 

 

 

問題児のコーチ

 

いくら実力があっても問題行動ばかり起こすふたりは、フィギュアファンや関係者から嫌われ、後にそれで痛い目に遭うことになります。

 

経済的に恵まれていた瑠璃は、両親が犯罪に手を染めていたことが発覚、その後すぐに逮捕され窮地に落ちます。一方、才能に恵まれていたひばりは、スケーターの兄がライバル国の選手と練習中に衝突したにもかかわらず、父親から試合に出るよう強制されたことが原因で、選手生命を経つほどの後遺症を負ったことがフィギュア界で大ブーイングとなり、一家ごと半ば追放されるかたちで競技から去ることになってしまいます。

 

本来なら困ったときに手を差し伸べてくれる人がいるはずですが、これまでの行いが悪かったふたりには、ファンや関係者も「自業自得」と助けてはくれませんでした。こうして天才ふたりは長い間、表舞台から姿を消すことになり―

 

しかし、そんなふたりに寄り添ってくれた人がいます。正確にはあのふたりが(信じられないことに!)頭を下げてコーチになってほしいと頼み、それを承諾してくれた神様のような存在。それが瑠璃のコーチ・江藤朋香と、ひばりのコーチ・滝川泉美です。前置きが長くなってしまいましたが、この物語はふたりの天才と、世間から見捨てられた天才をオリンピックまで導くふたりのコーチの成長譚となっています。

 

 

 

残り1つの出場枠

 

朋香も泉美も共にフィギュア経験者ですが、選手時代はパッとせず、国際試合には出場したことすらありません。しかし朋香はジャンプ以外の要素が抜きんでており、表現力、スケーティング技術、センスにおいてはトップクラスの選手からも「羨ましい」と思われるような選手だったことから、今も朋香に振付を依頼したい選手はたくさんいます。あの誰のことも褒めない瑠璃でさえも朋香にプログラムを作ってもらうことを誇りにしています。

 

泉美は度重なるケガのせいで早くに現役を退きましたが、昔から自分の限界を知っていました。逆にいうと、他人の限界にも敏感でした。現役時代からなぜかずっとひばりのおもり役を任せられており、あの我儘なひばりが唯一心を開き、言うことを聞く人物として周囲から信頼されています。自分の果たせなかった夢をひばりに託したい思いがある泉美は、世界一のコーチを目指すべくひばりと共に戦う決心をします。

 

しかし、朋香と泉美がコーチに就任した時にはすべてが時間切れでした。オリンピック出場枠をかけた前年の世界選手権に上記の理由でふたりを出場させられなかった日本は、本来3枠あった枠を2枠に減らしてしまったのです。この2枠をとって来てくれたのは日本女子フィギュアの牽引者・加茂瞳ですが、代表選考前は誰しもこの2枠を瑠璃とひばりが獲得することを疑っていませんでした。さすがに加茂がふたりを倒して優勝することはないだろうと思っていたのです。

 

それを覆したのはルールでした。オリンピック派遣選手の選考基準は全日本選手権優勝者は当確で、残りは2位、3位の選手、グランプリファイナル出場者の上位二名、シーズンベストスコアの上位三名いずれかから選出するとなっています。ただ長らく表舞台から消えていたふたりにはグランブリシリーズの出場権がひとつしかないため、自動的にファイナル進出は見込めません。そのため代表を勝ち取るには全日本選手権優勝の一発勝負になります。

 

この時点では加茂瞳に関しても同じはずでした。加茂はふたりと違いグランプリシリーズの出場権をふたつ持っていましたが、強豪ロシアがいる限りファイナルへの進出は無理だと誰もが思っていました。しかし、ファイナル直前でにロシア選手のドーピングが発覚し、ロシアは試合に出られなくなります。結果、繰り上げで加茂がファイナルに出場、自動的に選考基準の「グランプリファイナル出場者の上位二名」をクリアしてしまったのです。

 

このまさかの事態に日本中が混乱してしまいます。今まで嫌われていた瑠璃とひばりもオリンピックとなれば、世間の目は期待へと変わります。繰り返しますが、誰もがこのふたりの代表選出を疑ってはいませんでした。おそらく連盟もそうだったのでしょう。だからこそ選考基準に「グランプリファイナル出場者の上位二名」を入れてしまったのです。しかも、その優先順位は全日本選手権2位であることよりも「上」としていたのです。

 

こうして残りの1枠をかけて戦うことになった京本瑠璃と雛森ひばりは、それぞれのコーチと共に夢をつかみ取るため多くの試練を乗り越えていくことになります。

 

 

 

感想

 

いやぁ~!!本当の試合を観ているような気持ちになりました。小説でこんな感覚は初かもしれません。残り1枠なんて嘘でしょー!どっちが勝つのー!と最後までドキドキワクワク。

 

はっきり言って瑠璃とひばりは超人です。小説だからというのもありますが、ロシア女子より、いや歴代男子スケーターよりも優れた技術を持っています。どちらも多種4回転をマスターしているのですが、ひばりにいたっては4回転アクセルまで跳べます(笑)しかも後半に4回転からのコンビネーションジャンプも跳べちゃいます。

 

一方、瑠璃はひばりほど多くの4回転は跳べず、苦手なループジャンプは成功率も低いのですが、演技構成点では圧倒しています。あのリプニツカヤの代名詞キャンドルスピンもできちゃうくらい柔軟性もあるスケーター。両親の逮捕で記者に追われ、二年間ほどスケートができない生活を送っていましたが、復帰してあっという間にジャンプの感覚を取りもどすバケモノでもあります。

 

ひばりの才能は神様からのギフトなので、努力さえ手に入れれば最強です。瑠璃も才能はありますが、成長期の体型変化には人並みに苦しみ、どちらかというと超努力型のスケーターです。技術力のひばりと表現力の瑠璃は、互いにバチバチすると思いきや、意外にも相手をリスペクトし、切磋琢磨している良き関係なのも面白いです。途中までは本当にどちらが勝つかわからないのですが、フリーを前にしてふたりのコーチはある難題を迫られ、最後はどの道を選んだかによって勝敗が決まります。

 

チームひばりは成功率二割の4回転アクセルを跳ぶかどうか、チーム瑠璃はひばりがアクセルを失敗したら苦手なループを外すかどうかで悩みます。私はチームひばりが本書の内容とは違う決断をすると思っていましたが、そうではなくて思わず声を出して驚いてしまいました。うっそーん。また、長年のフィギュアオタとしてスコアが出る前から演技を観てどちらが勝つかわかってしまいましたね。さらに何となく結末がああなるであろうこともわかっていたので、実際ビンゴだと判明した瞬間には筆者と握手したい気持ちになりました。ラストの加茂選手の台詞には泣けてしまいましたよ。「この競技を一番愛しているのは自分だって信じているから」こその決断。レジェンドスケーターは心まで強く美しい。

 

最初はトラブルメーカーの瑠璃とひばりを見て「この子たち大丈夫?」とソワソワしてしまいますが、運命共同体ともいえる素敵なコーチと出会ったことで少しずつ、少しずつ成長していきます。そんな姿を見守っていくうちに、すっかりふたりのファンになってしまった私。というか実際に瑠璃みたいな子がいたらファンになるかも。ヒールすぎて絶対に人気はないだろうけれど(笑)

 

音楽ガン無視、コーチの話も聞かない、勝手に他競技の練習に行く、そんな自由なひばりがオリンピックシーズンにどう変化するのか。礼儀を知らない、遠慮もしらない、暴言吐きまくりの瑠璃が人間的にどう成長するのか。

 

みなさんもスケートに青春を捧げた19歳の成長譚をご覧ください。尚、この物語はすべて彼女たちのコーチ視点で描かれています。ぜひコーチふたりの人生ドラマにも注目してください。

 

 

以上、『この銀盤を君と跳ぶ』のレビューでした!

 

 

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