今回ご紹介するのは、『方舟』で超話題になった作家・夕木春央さんの”絶対に殺人犯を見つけてはならない”ミステリになります。

 

 

 

 

浪人中の里英は、父に連れられ、亡き伯父が所有していた枝内島を訪れます。今回の旅の目的は島の下見。実は少し前に、生前伯父と親交のあった観光開発会社から、島内を整備してまるごと貸し出すリゾート計画を提案され、ぜひ下見がてら旅に同行させてほしいと連絡があったのです。

 

参加者は以下の通り。まず観光開発会社から沢村という男性と、その部下の綾川という若い女性。そして建設会社から社長の草下という男性と、野村という設計士の女性。不動産会社からは藤原という若い男性と、小山内という中年男性が参加します。そこに里英と父、それとリゾート計画とは関係なく、この話を聞きつけ「ぜひ同行させてほしい」と頼んできた、伯父の友人を名乗る矢野口という男性を含んだ計九人が集まります。

 

 

 

爆弾

 

島に到着した九人は、さっそく全員で探索します。ここ枝内島は小さな島で、全体がきれいな円状になっています。桟橋に出る斜面を除いて地面は平坦であるため、うっかりしていると崖から落ちてしまいそうなつくりになっています。島の中央には作業小屋があり、そこから放射線状に居住用の建物が配置され、南西方向には全員が寝泊まりするメインの別荘があります。

 

素敵なところ・・といいたいところですが、どこか違和感を覚える参加者たち。

 

島全体は手入れされておらず、草で覆われて見通しが悪いのに対し、別荘は彼らが来る寸前まで誰かが使用していたような痕跡がのこっています。しかもなぜか伯父の部屋からは斧や模造刀、無許可での所持が禁止されているクロスボウまで出てきます。また、伯父の部屋にあるはずの作業部屋の鍵がなくなってもいました。この時点で不穏な空気が漂っているのですが、その後九人は作業小屋で何者かが設置したと思われる大量の爆発物を発見することになります。

 

 

 

最初の殺人

 

ここでさっさと通報しておけばよかったものの、警察に伯父のクロスボウ所持を知られたくなかった里英の父は、武器の証拠隠滅まで時間稼ぎをするため先延ばししてしまいます。これが後に最悪な事態を招くとは知らずに・・。

 

それから一夜明け、大変なことが起こります。なんと崖下の岩場で小山内の死体が発見されます。しかも彼の背中にはクロスボウの矢が刺さっていました。さらに別荘の玄関には犯人による残り八人への指示書きが残されていたのです。

 

そこには①島内にいるものは、今日から三日間の間、決して島の外に出てはならないこと、②島外に殺人の発生や、島の状況を伝えてはならないこと、③迎えの船は延期し、各人は身内や関係者に帰宅が遅れることを連絡すること、④各人は通信機器を所持してはならないこと、スマホは回収し、必要が応じた場合のみ、全員の監視のもと使用することなど、計10個の警告がなされていました。

 

そして最後には「殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。以上の事項が守られなかった場合、爆発装置が作動する」と書かれていました。

 

 

 

犯人は〇〇だ!

 

こうして残されたメンバーは犯人の逆鱗に触れないよう慎重に行動します。絶対に犯人を推理するようなそぶりは見せない、脱走計画を練らない、外に助けを呼ばない。とにかく約束を守ることに集中します。しかし、その間、「十戒を破った」ことを理由に3人が殺されてしまいます。

 

私はというと、『方舟』のときと同様に、『十戒』でも犯人はすぐにわかってしまいました。今回は隠そうともしていないので、みなさんもすぐにわかるかと思います。ただ真犯人はすぐにわかるのですが、偽犯人が(こいつがいるのも何となくわかります)誰なのかはわかりませんでした。というか、どちらかというと、こちらの方が難しかったし、真相がわかったときにはゾクゾクしましたね。

 

ただ小説なので細かなところにリアルさは不要かもしれませんが、自分が犯人だったらひとりで、しかもあんなやり方で完全犯罪をクリアできないなぁと思いました。犯人はひとり殺すたびに新たな指示書きを作っているのですが、全部手書きなのでとても大変そうです。特に最後のひとりを殺して処理する時は、他のメンバーにそれを見られないようにするため念入りに計画してから別荘を出るのですが、そこまでの作業を自分だけでやるのは不可能に近くないか?と思いました。でも、できちゃうのですから小説です。

 

 

 

感想

 

前半は全員が爆弾にビビリすぎて何もしないので退屈でした。中盤も反抗的な人が現れないので、みんなイイコちゃんだなぁと。しかし後半の真相解明から一気に面白くなるので、なかなか乗り切れないなという人もリタイアせずに読んでみてください。

 

個人的には各人が家族や関係者に連絡を取るシーンが面白かったですね。あそこに結構なヒントが隠されています。誰かひとりが外部に意味深なメッセージを送ったり、SOSをした時点で爆弾装置が作動するため、みんな互いを監視し合います。ここでひとりくらいヘルプミーしそうですが、誰も約束を破るものがいなかったのは凄かったです。

 

早く帰って来てほしいと言われる人もいれば、いてもいなくても気づかれない人もいる。もし事件に巻き込まれたとき後者は辛いですよね。この中のひとりでも心配性な家族がいたら、「遅れる」という連絡をしてもとっくに通報されていたかもしれません。なぜなら連絡をできるのはスマホを与えられたときだけ。それ以外はスマホを専用の袋に入れて(しかも開けたらわかるように改造されている)ひとりでは取れない場所に保管されているため、相手からすれば長時間音信不通状態なんですね。残念ながら彼らは誰からも疑われていませんでしたが。

 

巷では『十戒』より『方舟』が好きな人が多いようですが、私はどちらも同じくらいのテンションで読みました。『方舟』には制限時間が迫るハラハラ感、『十戒』は犯人を見てはいけない緊張感がありました。誰が犯人かをわからなくするためには、何かをするときも”みんなが時間差で同じことをしなければならない”ので、それが怖かったです。常に誰が犯行に及んだのかをわからなくするため、決められた時間内に順番を決めて部屋を出入りするとか(そうすることで今誰が動いたのかわかる)、約束を破って部屋から出ないようドアの前に脱走防止の貝殻の山を置くとか、綿密に計画されているんですよ。

 

で、ラストに犯人の犯行動機を里英は聞くのですが、まぁそれは半分本気で、半分言い訳という感じ。この犯人、おそらくサイコパスです。それで片付けてしまっていいのかはわかりませんが、どう考えても尋常ではありません。歴代ミステリ小説犯人ランキングの中でもかなり大胆な人間だと思います。証拠隠滅のスケールがハリウッドレベルですから。とにかく頑張って普通の人を装っているけれど、ちょっと隠しきれていないところが一番怖かったです。

 

未読の方は、犯人に騙されながら読んでみてくださいね。次作も楽しみ。

 

以上、『十戒』のレビューでした!

 

 

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