卒業後7年ぶりに再会した、北海道立白麗高校3年6組の元クラスメートたち。それは同窓会ではなく、クラス担任だった水野先生の葬儀だった。思いがけず再会した皆は、高校時代の思い出話に花を咲かせる。そして水野が授業中におこした〝事件〟が切っ掛けで不登校になったクラスメートがいたことを思い出す――。かつて高校生だったものたちを睨む〝過去〟。大人になるとはなにか、そして生き直すことは出来るのか。誰もが自分に問いかけた思いを描く、青春群像劇の傑作。(あらすじより)

 

 

 

 

乾ルカさんの小説はつい表紙と題名にそそられて読んでしまいます。そんな今回ご紹介するのは『葬式同窓会』という青春群像劇。舞台は乾さんの他作品『おまえなんかに会いたくない』『水底のスピカ』にも登場する北海道立白麗高校です。元3年6組のメンバーが担任の水野の葬式で再会し、プチ同窓会が始まる―という物語。

 

しかし、水野の思い出話をしている途中でふと、かつて水野が起こした事件を全員が思い出します。それはいつも上機嫌の水野が珍しくイラついていたある日、船守という男子生徒に当たり散らしてしまった事件ーしかもその後、船守は不登校になり、誰も彼の現在を知る者はいないというものでした。

 

水野がブチ切れた8年前の6月21日に一体何があったのか。全員の意識はそこへ向かいますが、誰もが水野のことを考えるだけで、船守については触れようとしません。それどころか、まるで存在すら忘れているような状態です。なぜそうなってしまったのかというと、実は例の事件と同じ日、3年6組ではもうひとつ大きな事件があったのです。

 

それは女子から大人気の望月凜が、男子から大人気の碓氷彩海に(クラスメイトの前で)公開告白をしたという事件。しかも3年6組のイケメン男子・一木暁来良も同時刻に同じ場所で下級生から告られるというダブルブッキング。当然告白を見せ物にした望月はフラれ、一木に告白した下級生も容赦なくフラれ、その日は伝説になったのです。

 

当時、高校生だった彼らにとって目立たないクラスメイトが不登校になったことよりも、告白事件の方が興味関心をひいたため、この葬式同窓会が行われるまで船守を思い出す者は誰もいませんでした。それどころか作家志望の北別府華は、急にこの話を思い出すと「水野をモデルにした本を書きたいから、あの日の詳しい情報があったら教えてほしい」と言い出します。

 

普通に酷い話ですよね。ただ1年の頃、華の所属していたグループからいじめに遭っていた柏崎優菜だけは、今まで船守のことを思い出さなかった自分を恥じ、現在どうしているのか気にしています。

 

 

優菜VS華

 

優菜と華は1年の頃同じクラスでしたが、華が優菜のことを一方的に嫌い、友人たちと一緒にいじめていました。しかし、その後クラス替えで友人たちと離れた華は、今度は都合よく優菜にすり寄って来て3年6組での地位を確保したのです。面白いのは、優菜目線で華を見ると”どうみても嫌な奴”なんですが、華目線で見ると”優菜ってこんな風に見えているのか”と思うことです。

 

おめでたい。背ばかり高いだけのお子様。何か言いたそうでいて、肝心な時には言葉が出てこないといった愚鈍さが優菜にはある。そう、あの子は何も言えない、弱くて愚かな人間。仮に頭に何かあったとしても、表に出さなければないのと同じだ。何も言わないけれどみんな私を察してね、というのは、怠惰で虫がよすぎる。P67

 

華はずっと碓氷や望月のような特別な人間に憧れています。それは大人になってからも同じで、今も尚”作家になって人に自慢できるような人生を送ること”を夢見ています。そのためならどんなこともするのが彼女のポリシーで、時には「この人には共感性というものがないのか」と思ってしまう言動を平気でします。あまりにも相手の立場になって物事を考えられないその姿は、人として残念かつ、気の毒に映ってしまいます。

 

 

一木と碓氷

 

ついでなので他のクラスメイトも紹介します。まずはあの日下級生をこっぴどくふった一木について。彼は超絶イケメンですが、誰にも恋愛感情や性的欲求を持てないことに苦しんでいます。このことは家族や仲間にも話せず、もし話したとしても誰からも理解されないであろうと絶望しています。この世の中は恋愛感情がある前提で議論される問題(恋愛・性愛の対象が誰であるかについて)はあっても、その逆はお題として設定すらされていないことに、とてつもない疎外感があるのです。

 

碓氷は高校のとき健康診断で引っかかってから、大人になった今でも毎年定期的に検査を受けています。実は驚いたことに、これは私もまったく同じで、尿検査で異常値が出るのは当たり前で、たまに心電図でも引っかかるのです。碓氷も毎回尿検査で再検査を経て精密検査まで行っても、結局原因不明ということで経過観察とされています。

 

医師からは「未診断疾患(まだ病名のない病で、遺伝が関わっていると言われている)かもしれない」と言われており、自分がいつまで健康でいられるかわからない碓氷はひとり生き急いでいます。

 

 

小笠原ペア

 

彼らは3年6組のメンバーではないのですが、物語の要となる人物なので紹介します。フィギュアスケートの新種目デュオの日本代表小笠原日菜・伊王(イワン)組です。小笠原ペアはミラノオリンピックで見事金メダルを獲得した後、伝説のスピーチをして有名になります。本書は令和12年を舞台にしているので、(小説の中では)こういう種目があると思って読んでください。

 

小笠原ペアのニュースで日本、いや世界中が大盛り上がりになるのですが、それには意味があって・・・。どうしてずっとこのふたりの話題がちらほら出てくるの?と思っていると、終盤で衝撃の事実が明らかになるのでお楽しみに。これには驚きました。

 

また、個人的に小笠原ペアとは似ても似つかないKYペアが北別府華と望月凜組です。望月も人の気持ちがわからない人間なんですが、なんと趣味の動画配信で「あんた頭おかしいんじゃないの?」という暴露話を華としてしまいます。勝手に他人様のプライバシーに関わることをペラペラしゃべってしまうのです。しかもライブで。

 

周囲から呆れられても、注意されても、まったく何を言われているのかわからないふたりにつける薬はなく、もう本当に人として終わっているとしか言えません。どうしたらこんな幼稚のまま成長できるのか。辛辣ですがそう思ってしまう展開になっています。

 

 

感想

 

船守くんはどこで何をしているのでしょう?不登校になったあと自分を心配しないクラスメイトたちに彼は何を思ったのでしょう?

 

ひとつだけ言えるのは、彼は今とても深刻な状態になっています。彼はずっと他人ではなく、自分に対し「死んでしまえばいい」と思ってしまうほど存在を否定された気持ちになっています。

 

ただ、まだ彼は知りません。自分と同じように人生を終わらせたいと悩んでいるクラスメイトがいることに。そしてその人物は誰の目から見てもそんな風に思っているとは心配してもらえない存在であることを。

 

 

本書は名もなき男ふたりが山で出会うシーンから始まります。

 

どちらもわけありで、本当に登山が目的で山に来たのかさえあやしいところ。

 

スタートから不穏な空気が漂っていますが、そこからすぐに語り手が優菜にかわり、優菜から華へ、華から一木へと元3年6組の生徒順々にバトンタッチしていきます。そう、ここでは全員が主人公なんですね。この同窓会を通し、全員が生き直しをしている。だからこそこの集合は葬式であり、同窓会でもあるのだろうと。

 

とにかく「暗い過去は埋葬してもいいよ」

 

最後はそう思える一冊になっています。

 

なので未消化なものを抱えている人には響く内容になっているかもしれません。

 

特に学生時代に悔いがあるという方、単純にレビューに興味を持った方はぜひ読んでみてください。きっと前向きな気持ちで本を閉じれます。

 

 

以上、『葬式同窓会』のレビューでした!

 

 

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