彼女は女神か、悪魔か? 大好評「〇〇者」シリーズ なぜ、こんな女に? 彼女は女神なのか、悪魔なのか——。 結婚が決まっていた親友の死に疑問を抱き、ライターの池尻淳之介は真相を探り始めた。 “婚約者”牧村花音は、複数の交際相手を騙し、練炭自殺に見せかけて殺害したとして、起訴されている。そして迎えた初公判の日、傍聴席で被告を真剣に見つめる四人の女がいた。 平凡な容姿の彼女になぜ男たちは騙されたのか。そして彼女はなぜここまで人々の注目を集めるのか。 事件の全貌が見えた時、いつしか舞台は暗転し——。 実際にあった事件に材をとった、大好評「〇〇者」シリーズ。 折原作品の真骨頂とも言える、鮮やかなトリックが炸裂する!(あらすじより)

 

 

裕福で孤独な男性に近づいては騙し、財産をむしり取る女・牧村花音。金の切れ目が縁の切れ目と言わんばかりに、用無しになった男性たちは殺害されていきます。

 

ん?どこかで聞いたことがある話だなぁ。どちらかというと美人ではなく、ちょっとポッチャリめなのに、とにかくモテまくってしまう魔性の女。確か彼女も同じような罪に問われて話題になったなぁ。そう、そう、木嶋佳苗!

 

どうやら牧村花音のモデルは木嶋佳苗であり、本書は首都圏連続不審死事件(婚活殺人事件)をモチーフにしているようです。

 

しかし、あまりそこに引っ張られすぎるとラストで困惑する恐れあり。実際にはあの事件をモチーフにしつつも、事実をそのままなぞるのではなく、色々と付け加え、ミステリー小説に発展したものになっています。

 

 

 

状況証拠なし

 

物語は小説家志望のフリーライター・池尻淳之介と、裁判を傍聴する“毒っ子倶楽部”の女性4人がメインとなって進みます。まず池尻は大切な友人が牧村花音に殺されたと疑っています。池尻の調査によると、花音と関係を持った男性3人が全員練炭自殺をしていること、彼らが経済的に豊かであったことがわかっています。しかし、花音は何の証拠も残していないため罪に問うのが難しい状況となっています。

 

一方、”毒っ子倶楽部”のメンバーは興味本位で花音の事件を追っています。時系列的には池尻の話が花音逮捕前、毒っ子倶楽部の話が花音逮捕後となっています。彼女たちの活動は、池尻が花音の事件をもとにした小説を書くために記録していた資料を参考に、実際の裁判を傍聴しながら語り合うといったもの。なぜそんなに牧村花音のことが気になるのかは謎ですが、どう考えても「この人あやしいでしょ」というメンバーがいるところにぜひ注目してください。

 

結局、花音には状況証拠がないため本当に男性たちを殺したのかどうかは裁判ではわかりません。ただ、ひとつだけ言えるのは男性たちを死に追いやったのは花音で間違いないということです。

 

 

 

栗栖汀子

 

そしてもうひとりの警戒すべき人物が栗栖汀子です。大好きなアガサクリスティーから拝借したと本人が名乗るように、このヘンテコな名前は偽名です。汀子は池尻が花音の事件を追う中で出会った女性で、やがてふたりは恋人同士になるのですが、最初からあやしさ満点です。汀子は花音と同じマンションに住んでおり、池尻と出会う前から花音と面識があります。さらに池尻が花音の正体を追っていることを承知しているのですが、最悪なタイミングで調査の邪魔をしてきたり、いつまでも本名を明かさなかったり、気になる点が色々と出てきます。そのため鈍い人でも彼女がキーパーソンになっているのはわかると思います。

 

 

 

牧村一家

 

あやしいのは汀子だけではありません。花音には同居している足の不自由な妹・留美がいます。しかし留美は外出の際、不自然なほど顔を隠し、声もどこか機械的で人工的につくったような違和感があります。池尻は調査の中で牧村一家についても少しだけ知ることになったのですが、どうやら留美は花音の不注意により車椅子生活を余儀なくされたらしく、その罪悪感からずっと妹の面倒を看ているそうで・・。しかし、花音の地元の人間によれば「留美は本当は歩けるらしく、嘘をついている」のだとか。

 

さらなる調査によると、牧村父はDVが酷く、それが原因で母親は子どもたちを置いて家出をしていたことがわかります。また、留美の下には弟がひとりいることもわかり、彼の行方もわかっていません。つまり留美の生活を支えられるのは花音だけ。ちなみに父親は数年前に亡くなっています。

 

 

 

感想

 

この事件には他にも多くの人が関わっています。池尻のライター仲間だったり、亡くなった友人の母親なども重要な人物になります。ひとりひとりの役割をきちんと整理しながら読んでいけば、急展開のラストにも動じることなく「やっぱりね」という感じで理解できると思いますが、そうでないと少しややこしくなってしまうかもしれません。

 

全体としてはとても面白いので最初から最後まで飽きることなく読める一冊です。花音も汀子も池尻も亡くなった友人も読書好きなので本好きな人にとっては親近感のある本になりそうです。

 

なんといっても見どころは、花音の言動です。最初は詐欺師の神様のように見える彼女ですが、物語が進むうちにあまり深く物事を考えていないようにも思えてきます。もしかしたらこちらが警戒するほど賢い相手ではないのかも?と。牧村花音を手強く感じさせる要素はただひとつ、”証拠を残さず殺人を完成させたこと”だけ。こんなことが出来るキレものなんだから、やはりこの女は悪人に違いないと読者は思うわけです。

 

おそらく鋭い方ならこの事件の裏にあるものにピンとくるでしょう。一体彼女は女神なのか、悪魔なのか。どちらでもあり、どちらでもないのか。ぜひ楽しみに推理してみてください。

 

折原一さんの〇〇シリーズは初めて読みましたが、 実在事件を題材にした叙述トリックという点がとても面白く、文章も好みだったので他作品もチャレンジしてみたいと思いました。

 

プラス、この本を読むと高確率で木嶋佳苗に関する本も読みたくなります。人を騙す人って、騙される人の気持ちがわかるからその手の力を発揮できると思うんですよね。騙されたときに裏切られた!と豹変する人もいれば、それを認められず洗脳され続けることを選ぶ人もいる。人間って不思議なことに落ち込んだり悲しんだりするよりも、怒りの感情をあらわにする方がエネルギーが必要なので後者をあまり選択しない場合が多いのではないかと思います。

 

それでもやり場のないモヤモヤは残るもの。そうした感情を抑えるには、そこから逃げるには、自分の傷ついた感情の経験をもっと弱い人へ(騙すかたち)で使ってしまうのでしょうか。

 

そんなことを考えてしまう物語でした。