『星々の舟』は、水島家という架空の六人家族の生活を描いた連作短編集になります。
各章によって主人公が変わる構成で、その中身は、禁断の恋に悩む兄妹、人の男ばかり欲しくなってしまう末っ子、どこにも居場所がない団塊世代の長兄、いじめに苦しんでいる長兄の娘、戦地で負った心の傷が癒えない父、といった重苦しいものとなっています。
個人的には終章の父・重之による戦争体験談が印象的で、ぜひ今の若い人たちにも読んでみてほしいなぁと思いました。テーマを聞くと難しそうに感じますが、実際は美しく読みやすい文体なので、誰でも手に取りやすい一冊です。
<家族構成>
父・重之、母・志津子、長男・貢、次男・暁、長女・沙恵、次女・美希。志津子は後妻であり、沙恵は彼女の連れ子という設定になっています。貢と暁は重之と前妻・晴代との子で、末娘の美希だけが夫婦の子になります。(貢の上にもうひとり兄がいましたが、幼い頃に亡くなっています)貢と他のきょうだいは年が離れているため、小さな頃からあまり接点がありません。
以下は各章のあらすじになります
雪虫
主人公:次男・暁 暁は、育ての母・志津子の葬儀のため、15年間帰っていなかった地元に戻ります。暁が長年家族と会っていなかった理由、それは妹との近親相姦が両親にバレたことがきっかけでした。妹の沙恵は志津子の連れ子であり血のつながりはない、そう信じていた暁は、密かに恋心を抱いていた沙恵と関係を持ってしまうのですが、その後ふたりの関係がバレた際に”実は沙恵とは父親が一緒だった”という衝撃の事実を知ることになります。父から激怒された暁は家を出て、それ以来沙恵と会うことはなかったのですが・・・。
葬儀を機に沙恵と再会することで、暁はあの辛い過去と甘い記憶思い出す、といったのが「雪虫」の内容になります。
子どもの神様
主人公:次女・美希 美希は不倫でしか恋愛ができません。そこには兄と姉の不幸な恋愛を見て育ってしまった影響や、自分だけが両親と血のつながった子供であることの他きょうだいへの罪悪感(志津子が貢と暁の母から重之を奪ってしまったこと)が関係しているようです。
幼い頃から壊れそうな家族を繋ぎとめるのは自分しかいないと、道化を演じてきた美希の過去を回想するのが「子どもの神様」の内容になります。
ひとりしずか
主人公:長女・沙恵 母親譲りの美貌で生まれた沙恵は、幼い頃から男に苦しめられる人生を送っています。幼児期に同居していた父の部下から受けた性的虐待、高校時代に受けたレイプ、兄からの告白、母が前妻から父を略奪したという事実、そして唯一心ゆるせ愛せる男性が兄しかいないと知りながらも、別れなければならなかった過去、自殺未遂。その後、幼馴染の清太郎と婚約し、なんとか兄を忘れようとしますが上手くいかず、そうこうしているうちに清太郎にも過去を知られ婚約破棄となり・・・。
「ひとりしずか」はタイトル通り、望まない結婚をするくらいなら、たとえ不幸な恋を貫く道になっても、ひとりでいたい沙恵の心情を綴った物語になります。
青葉闇
主人公:長男・貢 昔から父とは上手く関係が築けなかった貢。父が実の母を裏切ったことも、後妻の志津子に暴力を振るうことも、古い考えに固執しているところも、何もかもが気に入らなかった貢でしたが、そんな父に自分も年々似てきていることに気づきます。結局、自分も部下と不倫をし、家庭にも会社にも居場所がなくなり・・・
すると貢はなぜか農作業をすることでこのストレスから逃げ出そうとします。ハードな内容が続くなか、団塊世代の悩みを凝縮した少し”ふつうの話”であるのが「青葉闇」になります。
雲の澪
主人公:貢の娘・聡美 聡美は両親よりも祖父母宅に居座るのが好きな高校生。おそらくガングロギャル世代?で、本人は地味な学生ですが、周囲には一定数ギャルがいてちょっと治安が悪いのです。聡美には可奈子という美しい友人がいて、何をするにもいつも一緒。しかし、可奈子が聡美の幼馴染・健介と付き合ってからは、3人で行動することが増え、少しストレスを感じています。なぜなら、ふたりは気づいていませんが、聡美はずっと健介に片想いをしていたのです。そんな中、いつものように3人で遊んでいると、小・中学校時代に聡美を虐めていた珠代と再会し、聡美は馬鹿にされてしまいます。すると、気の強い可奈子が言い返し、珠代との間で言い争いが起こり・・・
「雲の澪」はいじめがテーマになっています。この後、聡美をかばった可奈子は珠代のグループに呼び出され酷い目に遭わされます。呼び出しの際、珠代から可奈子の連絡先と住所を聞かれた聡美は、恐怖から可奈子を売ってしまったことを心から後悔します。そして聡美がこの事件について祖父に相談するというのが「雲の澪」のみどころになっています。
名の木散る
主人公:父・重之 孫の聡美から「社会の授業でおじいちゃんの戦争体験を話してほしい」と頼まれた重之。しかし、その内容はとても話せるようなものではありませんでした。重之の記憶の中にはいつも、ヤエ子という朝鮮人従軍慰安婦のかなしい過去があったのです。当時、重之は日に日に鬼畜化していく自分を認められず、ヤエ子に優しくすることで、何とか普通の自分を保っていました。ヤエ子が禁止されている朝鮮の言葉や歌を言わせたり、現状の不満や本音を吐かせることで、どこか良い人でいたかったのです。しかし、そんな重之の”やさしさ”はヤエコの中のプライドを呼び覚まし、結果ヤエコは後輩を殺した日本兵に立ち向かい腹を引き裂かれて亡くなってしまいます。
「名の木散る」では、この他にも重之が戦地で犯した過ちがたくさん書かれています。重之は戦後、そのひとつひとつに罪悪感を抱く一方で、誰かを愛し執着しすぎることへの怖れから家族に優しくできず、かといって失うことを思うとさらに怖ろしくて束縛せずにはいられなくなっていきます。
このように、本書は世代が違う人たちによる悩みで溢れています。しかし、それぞれの悩みの答えは、最終的に父が用意してくれています。ちゃんとそれぞれの不満の正体が見事に回収されていくんですね。
本書は、村山さんの他作品とはちょっと違った作風なので、未読の方は驚くかもしれません。さすが直木賞といった作品。近親愛や不倫といったテーマも文章が綺麗すぎて安っぽくないので違和感なく読めます。なんといっても終章の戦争体験がすべてをもっていくので、ぜひそこだけでも読んでほしいです。
赦されるのを前提に謝ることを、詫びとはいわない。
重之が自身の戦争経験をもって家族全員に伝えられるのが、この言葉なのだと思いました。本書は今読むと、子供の頃には当たり前にあったものが今はもうなくなってしまったことに気づく本でもあるので、そちらにも注目していただきたいです。
以上、『星々の舟』のレビューでした!