あなたはこの世界に生まれてきたいですか?もしそれを自分で選べるとしたら、あなたはどうしたいですか?

 

今からご紹介する『生を祝う』は、出生前の胎児に出生意思の有無を確認する「合意出生制度」が法制化された近未来の日本が舞台になっています。この世界では出生を拒んだ胎児を出産した場合「出生強制」の罪に問われ、両親は裁判費用と子供の安楽死費用を負担しなければなりません。これを「合意なき出生」と言い、ルールを破った者は「無差別出生主義者」として社会的信用を失います。

 

近未来では、日本の研究チームが解明した「普遍文法」という妊娠九ヶ月目の胎児に既に備わっている言語を通して、彼らと簡単な意思疎通ができるようになっています。医師はその「普遍文法」を使い、出産ギリギリになった胎児に出生意思の有無を確認し、「アグリー」が出ればそのまま出産、「リジェクト」が出れば堕胎手術をするきまりになっています。

 

胎児には遺伝や家庭環境などの要因を基にした「生存難易度」が伝えられ、生まれるかどうかの判断が委ねられます。「生存難易度」とは、生まれてくる子供が送る人生の生きづらさを評価する数値(最小値1~最大値10)のことで、胎児はこの数値のみをもとに出生の有無を決めなければなりません。

 

一方、両親には「生存難易度」を計算した「胎児生存難易度計測報告書」が渡され、現時点での胎児の出生同意確率を知ることができます。計測結果リストには、胎児の性別、性的指向、先天性疾患や障碍、知能指数、容姿的評価、両親の経済状況や社会的地位、相性など様々なパラメーターを複雑に掛け合わせて算出された「生存難易度」が書かれています。もちろん各パラメーターが生きづらさに与える影響の度合いは時代や出生地によって違うため、”絶対”ではありませんが、厚生労働省はそこを考慮し、三年ごとに世相調査を行いながら計算式を調整しています。

 

計測結果は初回の検査ではまだ誤差があるため、ここでの「生存難易度」が低くても、最終結果ではどうなるかわかりません。「胎児生存難易度計測報告書」はあくまで遺伝情報や家庭環境から算出した胎児の出生同意確率なので、本当の結果は胎児が九ヶ月になってから行う、特別な装置を使って意思疎通をする技術<コンフォーム>でしか知ることができないのです。つまり母親からすると長期間の妊婦生活をした上で、ようやく出産の有無を決められるというわけで・・・

 

それってちょっと残酷です。もう気分は産む気満々なのに最後の最後で「リジェクト」の結果が出た場合は、悩んでいる時間もなく手術をしなければなりません。万が一、結果を無視してこっそり出産した場合、それが本人や他者にバレた時点でアウト。世間から白い目で見られます。しかし、子供が成人するまでに誰にもバレなかった場合は、「子供自身が生まれたことを後悔していない」ということでお咎めなしになります。これは一種の賭けですが、ほとんどの子供が成人前に「死にたい」と思うため、「出生強制」をした両親を訴える結果となっています。

 

ただ、子供たちの「生まれてきたくなかった」のレベルは低く、ちょっと失敗した、失恋した、上手くいかないことがあったレベルのことで両親を裁きにかけてしまいます。逆に、自らの意思で生まれてきた人は、どんなに辛い人生でも「自分が決めたことだから頑張れる」と強く逞しく生きています。

 

だからといって「リジェクト」を選んだ子供を無理やり誕生させていいのか、というと、それも難しい。

 

 

 

一人の人生の、ほんとに始まりの始まりのところで、既に何か大事なものを奪われているというのは、やはりよくないと思った。人生の初っ端から自分の意思が無視されたという事実が、この子にとって一生解けない呪いになるかもしれないって、そんな気がするの。私は自分の子供の出生に、呪いでじゃなくて、祝いを捧げたい。P179

 

 

 

本書には子供に会いたい母親の気持ちと、生まれてきたくなかった子供の気持ち両方が書かれています。実は出生意思を経て生まれてきた子供は、生まれる前のことは何も記憶にありません。そこにあるのは、自分の意思で生まれることを選択したという事実だけ。ただ、そのおかげでどんなに辛いことがあっても、挫折をしても、「この人生は自分が選んだものだ」と思うだけで、勇気が湧いて何でも乗り越えられるそうです。それなら全員「出生合意」したことにして生まれてもらえば・・・

 

いや、それも違うかな。結局、自分が自分である限り、何度生まれたとしても同じなんだと思います。何をどう細工しても、生まれてきたくない人は生まれてきたくないし、生まれたい人は生まれたい。例外として、強制出生した子供が幸せだったケースは、「合意出生制度」があったからこそ、親自身も子育てに責任感が出たのだと思います。

 

個人的には、こんな制度があったら絶対「リジェクト」すると思うし、逆に「リジェクト」されるのも辛いから妊娠しない人生を選ぶかなぁ。キレイ事なしで言えば、この制度があったら「リジェクト派」が圧倒しそうです。(一方で自分が妊婦の立場になったらアグリーしか認めたくなくなる人が多そう)

 

子供を労働力や身勝手な産意のために生むのは、その子にとって幸せなのだろうか。

 

妊婦さんにはオススメできないけれど、本書と同じことを考えたことがある人には意味のわかる本でした。

 

 

 

↑近未来の物語とのことですが、発展している部分と「え?これはまだ古いままなんだ」という部分があり、リアリティには欠けます。立場が変われば意見も変わる、そんな典型的な小説でした。

 

 

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