広告代理店で働く涼子は43歳。三つ年下の夫・孝之は美容師で、埼玉の郊外に店舗兼住宅を構えて5年になります。しかし涼子にとってここでの生活は地獄そのものでした。

 

そもそも涼子の会社は都内にあります。職業柄、日々の残業は当たり前で、終電までに仕事を終えるのが難しい状況です。そのため涼子は残業のたびに会社やカプセルホテルに泊まる生活を強いられています。本当は職場近くに家を建てたかったのですが、孝之の郊外に店を持ちたいという事情から、こんなことになっています。

 

涼子は職場の人たちからもハードワークなのに長時間通勤をさせられていることを気の毒がられていますが、当の孝之は彼女が残業をするたびに不満そうにしています。

 

これだけでも孝之は相当イヤな奴ですよね。なんだかレビューしているだけでもイライラが復活してきそうです。ただ、コイツのクズさ加減はこんなものではないのです。

 

涼子は自宅にいるとき、階下の店舗に配慮し、生活音を気にしながら過ごしています。せっかくの休日もリフレッシュできず、嫌なら外出するしかありません。この家のローンは、ほぼ涼子の収入から支払われていますが、実際空間を支配しているのは孝之で、そういうところもストレスになっています。

 

それにも関わらす、なんとこのクズ夫はやっと取れた休日にくたくたになっている涼子に対し、一緒に出かけてくれないだの、庭いじりをしてくれないだの、不満ばかり言います。いや、誰のために働いているんだよっていう。あんたが腕もないのに店を持とうとするから客は来ないし、儲けもないんでしょうが!と、思ってしまいますが、涼子は健気に頑張ってしまいます。

 

しかし涼子がこんな風に孝之に気を遣うのには、性格的な理由も含め、諸々の事情があります。一番の理由は、世間から逆格差婚と言われてしまうところにあるのでしょう。周囲からはデキル女すぎる涼子に、孝之が萎縮してしまっているとさえ思われています(実際は萎縮ではなく卑屈なだけ)。それが当たっているのか、ふたりはセックスレスになって1年半が経とうとしています。涼子は子どもが欲しいのに・・・

 

そんなとき、孝之は趣味を通して出会った20代前半のネイリスト・美登利と出会い、不倫関係に陥ってしまいます。実はこの女、「妻子持ちに目がない」という噂があり、涼子のような女性から孝之を奪えたことに快感を隠しきれません。だから孝之が必死に隠そうとする関係も、美登利は積極的に周囲に匂わせていきます。そんなことを知らない孝之は、美登利から涼子の至らなさと、自信の男としての有能さを褒められて調子に乗り、変な自信をつけていきます。

 

ここでひとつポイントとなるのが、孝之の欲しがり癖です。

 

なんのことかと言うと、孝之は若い美登利に溺れながらも、大企業で働く美しい涼子を決して手放したくはありません。涼子の前では緊張してできないセックスも、美登利で代用すれば若い上に従順なので愉しめるし、自分の力では到底無理な暮らしも涼子がいれば叶ってしまう。それに涼子は容姿も女優のようで自慢になるし、母親のように何でもテキパキこなしてくれるので安心感がある。そんな勝手な思惑から、このクズ男は何も失わずに両方手に入れることができると信じて疑いません。

 

ただ、涼子はめちゃくちゃモテるんですね。普段美容院に来る近所のマダムしか相手にしていない孝之には想像もつきませんが、涼子の交友関係はとても広く、孝之よりもランク上の男性たちからのアプローチが凄いのです。その中には孝之の美容師仲間・野々村もいて、いかに同業者兼友人から見ても孝之がちっぽけな男かを痛感させられます。

 

面白いのは、孝之が(不倫がバレていないと思って)あれもこれもと欲しがるたびにどんどん大切なものを失っていく一方、涼子は孝之から解放されていくにつれ輝きを増していくのです。むしろ、無条件に孝之を信頼していた涼子が、夫の不倫を通して、冷静に彼を見つめ直すことが出来てよかったのではないかと思うほどです。なぜなら涼子は会う人会う人に「旦那と離婚したら?」と言われるんですからね。笑えるのが職場の上司からも「申し訳ないけれど、旦那さんは心がオバチャン化しているよね」と言われる始末・・。

 

しかも最終的にはこのクズ男、どこまでのアホとしか言いようのないことをしでかします。もう本当に頭の中が幼稚園生ですか?と言いたくなるような行動しかしません。でも仕方ないんですね(笑)彼は同じ男からも「バカなのにプライドだけは高くて劣等感に苦しんでいるヤツ」と評価されているくらいですから。美容院で「使えない」と上から目線で語っていたアシスタントの子も、他店に移ったとたん「優秀な美容師」に様変わりして、単に自分の育て方が悪かっただけだし、会話の途中にわからない言葉が登場するたびにいじける幼稚さも、お客にも趣味仲間にもバレバレな不倫関係を見せつけておきながら、「大丈夫、誰にもバレていない」と思える能天気さにも、ほとほとウンザリしました。

 

本当に読めば読むほどなぜこんな男と涼子は結婚したのだろう?と思います。こんな奴、同性でも関わりたくないわ。

 

あ、そうそう。本書はジェンダーうんぬんの物語と見せかけて、実はそうでもないんですよね。私は読んでいて、男女の分断を感じませんでした。ただシンプルに、人としての在り方っていうんですかね?人はどんな風に成熟していけばいいのかということが描かれている作品だと思いました。

 

だからこそ孝之や美登利のように、真面目な人を騙したり、馬鹿にしたり、大事なものをちょろまかしたりしてはいけない。そうするとバチが当たる。それを心にして生きましょう。そんなメッセージを感じました。

 

孝之からNGをくらって大好きな猫を飼えなかった涼子。せめてもと猫の毛並みに似たぬいぐるみやファーを撫でていると、それすらを「キモイ」と孝之からバカにされていた涼子。

 

これからは誰かと空間を分け合っていちいち気持ちを乱されたり、過剰に気遣ったり、やりたいことを妥協したりせず、自分の人生を生きて欲しいと思いました。

 

涼子にも悪い部分はあるので、孝之のことばかりケチョンケチョンに言ってしまい少々申しない・・けれども533ページをあっという間に読めたのは孝之と美登利の最低最悪な行動のおかげなので、そこは読者として感謝。

 

めちゃくちゃ面白いので、未読の方に激しくオススメしておきます。

 

以上、『ロウ・アンド・ロウ』のレビューでした!