こちらは怖い患者を集めた全5編収録の短編小説になります。
パニック障害という診断に納得がいかずドクターショッピングを繰り返す女性、幸せ恐怖症に陥った女医、マタニティブルーによって人生を破滅させる女性、老人介護施設で起こる高齢者たちのバトル、そしてワクチンの副作用から疾病利得者になった女性。
本書にはそんな恐ろしい患者たちが勢揃いしています。今回はその中から私が「この人はちょっと・・」と思った人をご紹介していきます。
天罰あげる
トップバッターは『天罰あげる』という話に登場する女性。
愛子は同僚から陰口を言われていたことがきっかけで、たびたび発作を起こすようになります。心療内科ではパニック障害と診断されますが、処方された薬の効果は薄く、結局休職を余儀無くされます。その後、愛子はドクターショッピングを繰り返し、ようやく素敵な医師と出会うのですが、症状が改善していくに連れて通院回数が減ることに不安を覚えるようになり―
ある日、愛子はネットサーフィンをしていると、担当医の写真が載っているブログを見つけます。それは神経症の患者が運営しているブログで、管理人がある雑誌の講演会に行った際の出来事が綴られていました。おかしなことに講演者としてアップされている写真の人物は担当医そのものですが、名前が別人であることに愛子は動揺します。よく読んでみると、担当医はどうやらペンネームを持った医師兼作家であり、それも覆面作家であることがわかりました。
恐ろしいのはここからです。愛子はさっそく担当医の小説を読み、そこに登場するヤバイ患者が自分に違いないと被害妄想に陥ります。すっかり担当医から馬鹿にされたと思い込んだ愛子は、友人の協力を得て医師を社会的に抹殺する計画を企てることにします。
結論を言ってしまうと、これは愛子の被害妄想で、医師は散々な目に遭ってしまいます。ホント、お気の毒としか言いようがありません。そもそも例のブログの写真は担当医ではないまったくの別人。愛子の担当医への不信感が歪な妄想を生み出してしまったのです。
蜜の味
お次は、顔良し・頭良し・生まれ育ちも良し。とにかく強運に恵まれ、人生ガチャに大成功した女性のお話です。
涼子の悩みは何をしても幸せになってしまうこと。幸せは周囲から嫉妬されるものだと考えている涼子は、何か良いことがあるたびに、人から嫌われていくような気がしてなりません。
また、涼子には昔から幸せになればなるほど、次は大きな不幸がやってくるという不安があり、いつその瞬間が訪れるのかハラハラしながら生活しています。
涼子がこんな風に思う背景には、人の不幸は蜜の味という実体験を医師という職業を通して知ってしまったことにあります。余命宣告をされた患者やその家族たちの悲しそうな顔を見てニヤリとする自分が確かに存在しているのです。
しかしそんな涼子にもついに不幸が訪れます。しかも悪いことが次々と・・。周囲は嬉しそうに同情してくれますが、実はこの不幸は涼子の自作自演。いくら願っても不幸になれない涼子は、多くの人に「蜜の味」を提供するため、自分を傷つけるような行動をしていきます。
最初は嫉妬から逃れるためにそこまでする?とさっぱり理解できませんでしたが、涼子の心の深いところまで知るとその心配は必要ありませんでした。おそらく涼子は何をしても幸せになる星のもとに生まれています。
注目の的
希美は大人しいけれどかまってちゃんな女性。ある日、会社のビンゴ大会の途中で過呼吸を起こし、病院へ緊急搬送されたことがきっかけで、社員たちから気にかけてもらえるようになり、ちやほやされる快感を覚えてしまいます。しかし、同僚から「体調不良の原因はこの前打ったヘルペス治療のワクチンではないか?」と言われ、気になって調べてみると、現在そのワクチンの副作用が問題化されていることがわかりました。
希美が受けたのはミシュリンという新薬で、そこに載っている副作用の症状からしてもまさに自分は「これ」ではないかという気がしてきます。不安に思った希美は、さっそくホームページで紹介されていた専門医がいる病院に予約します。
診断の結果、希美はミシュリンによる副作用を認められ、病気を治すためにもっと大きな病院を紹介され、挙句の果てに被害者の会のメンバーにも登録されてしまいます。さらに、希美はミシュリンの副作用を特集したテレビ番組のインタビュー&収録を受けることになり、気づくと注目の的になっていました。
ちょうどその頃、希美は被害者の会で出会った女性から、「この団体はどうもおかしい」と忠告されます。どうやら被害者の中には詐病疑惑のある者が多く、本当に副作用のある者も病気が利益をもたらすと知ったとたん大袈裟に被害者アピールをするようになったというのです。また、はじめは純粋に副作用に苦しむ人たちを支える会だったのが、弁護士や政治家が来てからはおかしなことになってしまったらしく・・
その後、会は週刊誌から疾病利得者による圧力団体だと報じられ、その裏にいる活動家たちの悪事も暴かれてしまいます。それに対し反発の姿勢を見せた会は、ミシュリン被害の集団訴訟を起こすことにし、希美も参加を求められます。しかし、参加申込書を記入する際に、何ミリグラムのワクチンを打ったのかクリニックに問い合わせる必要があり、希美が医師に確認すると・・・
なんと彼女、そもそもミシュリンなんて使っていなかったのです。
使ったのは、別の薬だったのです。
そう、思い込み。すべては思い込みだったのです。過呼吸になった原因は、単にビンゴ大会で進行役をしなければならない不安によるものでした。何となく副作用のせいにしておくほうが色々と都合が良かったからか、希美はずっと本当にミシュリンを打ったと思い込んでしまっていたようです。
これは一番怖いお話でした。
感想
個人的には最後の『注目の的』が一番面白かったのでオススメです。
あの会のせいで、ワクチンを打たずに重症化してしまった子どもや、本当に副作用で苦しんでいるのに詐病扱いされる人がいて気の毒でした。
世間の同情を惹いて、国や企業を市民の敵に仕立て、自らは正義となって、裏でさまざまな利益を得る。それが会の正体。恐ろしいですね。
全体的に明るさは一切なく、最初から最後までひたすら話の通じない人たちが出てくる本といった感じ。ドロドロ系やヤバイ系がお好きな方には、読みやすさもあって気に入っていだだけると思います。
私に現場のことはわかりませんが、医師からみた患者ってこんな感じなのかな?とも思ったり。医療関係者や介護関係者の方が読んだらどう思うんだろう??多少、小説風に仕上げられているとは思いますが、結構リアルだったりするのでしょうか。
今回ここでレビューした作品の他にも二作収録されているので、興味のある方はチェックしてみてください。救いはありませんが、疑心暗鬼になりすぎてはいけないと思える一冊になっています。
以上、『怖い患者』のレビューでした!
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