今回ご紹介するのは、雪富千晶紀さんのサメ小説第一弾『ブルシャーク』です。
ブルシャークとはオオメジロザメの英語名。オオメジロザメは、あの映画『ジョーズ』の本当のモデルといわれている凶暴なサメです。どういうわけか映画の中ではホホジロザメが主役にされ、人食いザメ扱いされていますが、真の世界一危険なサメはこのオオメジロザメだといわれています。
そんな攻撃的なサメが富士山の麓、駿河湾から30キロも離れた山中の湖に現れる!というのが、本書のあらすじになるのですが、おそらく「え?湖にサメなんて出るの?」という方もいらっしゃると思うので少し補足いたしますと・・・
YES。オオメジロザメは「世界中の汽水域、大河やその上流にある湖などの淡水域にも出現した記録がある」といわれています。
しかしこれは一般的に知られていることとは言えず、物語の中でも湖にサメがいるという一部の学者たちの意見を他の人たちは信じず、大変な事態に発展します。
学者VS市職員
九州大学で海洋生物学の准教授をしている渋川まりは、友人のウィルから来常湖にオオメジロザメが迷い込んでいるので調査してほしいという連絡をもらいます。さっそく現場まで行くと、その湖では6日後にトライアスロン大会が行われることがわかり、早急にサメがいる証拠をとらえなければならなくなります。
一方、大会の責任者を任せられている不二宮市職員の矢代は、同僚の関が水質調査に行ったきり行方不明になってしまい、得体の知れない不安に駆られています。その嫌な予感は的中し、関に続いてキャンプに来ていたカップルや雑誌のライターまでもが姿を消してしまいます。
そんな矢代に渋川は、湖にサメがいる可能性を話し、トライアスロン大会の中止を勧めますが、市役所の職員も、スポンサーも、市長も、警察も「湖にサメがいるわけがない」の一点張りで聞く耳を持ってくれません。唯一、渋川を信じてくれた矢代も上司から厳重注意を受け・・・。なんとか湖にサメがいることを知らせたい渋川はエサやカメラを設置しますが、行方不明者が出るばかりで証拠をつかむことに苦戦してしまいます。
巨大化したサメ
ようやくサメの姿を捉えたのはなんと大会本番。しかし、その頃は時すでに遅し。川を泳いでいた選手や救助に向かった人たちの大半はサメに殺されてしまいます。実はこのサメ、体長2メートルくらいだと予想されていたのですが、ホルモン異常を起こしていたため11メートルにも巨大化していたのです。
悔しいのは「サメはいる派」の人たちです。渋川の他にもサメがいることを証明しようと動いてくれた学者や、漁師たちがいたのですが、誰にも信じてもらえず本番に至りました。渋川たちは近くの川の魚たちが巨大化していることから、オオメジロザメにも同じことが起こっている可能性、またそうなった原因まで突きとめていましたが、どれも答えにたどりつくまでには時間が足りず手遅れとなってしまったのです。
本書はその渋川たちの焦りのようすが大会まであと〇日、というかたちで進んでいき、ついにサメが登場するシーンでは映画を観ているような衝撃が味わえます。そしてラストはあっと驚く展開に・・・、ネタバレNGなのでそこは直接本書を読んでください。
渋川准教授
本書で注目してほしいのは、渋川准教授です。彼女は日系アメリカ人で、元州兵という経歴を持っています。身長は180センチと大柄で、学者としても超優秀という、なかなかの濃いキャラクター。見た目のクールさと口の悪さからは想像できない誠実で心優しい性格をしているのも面白いポイントになっています。
渋川は精神的ストレスが原因で、ときどき迷走神経反射を起こして失神するという一面も。実は彼女、サメ小説第二弾でも教え子に苦労する准教授として登場してくるので、本書が気に入った方は続編もチェックしてみてくださいね。ちなみに第二弾の主役はホホジロザメです。
渋川は湖にサメがいることだけでなく、水質が悪化していることもつきとめるのですが、その原因というのが大会スポンサーの製薬会社なんですよね。これについては前半でネタバレされているので読むにあたって問題はないのですが、要するにお役所の事なかれ主義的なものが大惨事を生んでしまった物語ということで間違いないです。
感想
トライアスロン大会には世界からも参加する選手がいて、役所の無責任な対応に呆れている人もいます。サメがいるのに大会を止めなかったり、行方不明者がいるのに捜索しなかったり、その理由が無知からくるものばかりで・・。おまけにサメのことだけでなく、水質のことも知っていながら、役者も市もお口にチャック状態。上が知らぬ存ぜぬを通せば、右に倣えなのです。大会後、市は世界中から批判されることになります。こんなことが本当にあったら情けないのですが、何だかありそうと思えるのが悲しいところ。
個人的には第二弾の『ホワイトデス』より、本書の方が好みです。やはりサメが姿を現すまでのスリルさと学者と市役所の戦い、そしてサイドストーリーにある暴力事件の末にケガをして選手生命を失った外国人トライアスロン選手の活躍といった構成が飽きないし、面白いです。渋川とウィルの関係にもほろりとくるものがあるし、色々と話がつまっているのに、すんなりと心に入ってくるのも好きなポイント。
私だったら競技中にサメが出たら逃げ遅れた人を助けには行けませんが、渋川や矢代たちは小説とはいえ責任感で飛び込んでいくところが凄いです。外国人トライアスロン選手も知り合いの日本人が失神していたのを見て助けに行って・・・あぁ死んじゃったともの凄く悲しくなるのですが、最後に泣けるエピソードがあるのでそこは最大のオススメポイント。大会後のことが書かれている章での、ある人の台詞がグッときます。(ここで終わりと見せかけて、最後の最後にエピローグがあるのですが、正直この台詞で終わったほうが泣けた)
雪富さんのサメシリーズを読んでいると、まるで自分も学者になったような気分になるところもオススメ。へー海洋生物学者ってこんな方法で研究や調査をするんだーということも知れて、実に面白い!
こういう本を読んだあとは、自然の水がある場所には近づきたくなくなりますが、海や川がへっちゃらな方はぜひ読んでみてください。
以上、『ブルシャーク』のレビューでした!
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