今回ご紹介するのは、白井智之さんの『名探偵のいけにえ人民教会殺人事件』です。こちらは『2023本格ミステリ・ベスト10』でぶっちぎりの1位を獲得した作品ということで、かなりの高評価を得ていたので、めちゃくちゃ期待大で読みました。

 

が、しかーし

 

読み始めから、「あ、なんか合わないかも」という空気を感じ、「でも途中から半端なく面白くなるアレだ」と、信じてページをめくっていったのですが、いくら待ってもその瞬間は訪れず、何度も挫折しそうになりながらようやく読み終えました。

 

これはきっと、私の感性がズレているのでしょうね。

 

怒濤の如く繰り出される推理やどんでん返しにもワクワクすることはなく、ちょっとクドいなぁなんて飽きてしまったのが原因かと思います。

 

とはいっても、ミステリ好きには完璧かつ本格で、最高の一冊らしいので、しつこいくらいの多重推理に大満足できるでしょう。

 

 

 

 現実と奇蹟

 

物語の舞台はジョーデンタウンというガイアナ共和国の密林を開拓した小集落。ここは数年前からアメリカで話題になっている新興宗教の教祖ジム・ジョーデンが900名以上の信者を連れて移り住んだと言われるユートピアです。主人公で名探偵の大塒は、助手のりり子がジョーデンタウンへ調査に行ったきり帰ってこないことを心配し、自身も現地へ向かいます。しかし、そこは信者以外の人間を虫けら同然と扱うような恐ろしい場所だったのです。

 

ジョーデンタウンでは、怪我も病気も存在せず、たとえそうだったとしても治癒してしまう不思議な力がありました。ここでは顔に傷があったり、手足がなかったりする人が多いにもかかわらず、その誰もが自身の体は正常な状態に回復した、奇蹟が起きたと信じています。

 

信者たちはジム・ジョーデンからマインドコントロールされ、このありもしない奇蹟を信じているのですが、途中でおかしいと思った人も今さら後戻りはできず、家にも帰ることができずにいました。

 

読んでいて不気味だったのは、足のない車椅子の男性が「私は歩けるけれど、車椅子に愛着があるからあえて歩かないだけ」と言っていたシーン。この男性には当然「奇蹟」は起こらず、新しい足は生えてきませんでした。しかし、それを認めたくない彼は自分が作り上げた物語のために現実を歪め、「車椅子に愛着があるから歩かないだけ」とすることで、奇蹟を信じるようにしていたのです。

 

 

 

 歪な信仰

 

人は信仰と現実の咀嚼に直面すると、無理やりにでもその咀嚼を解消しようとするそうです。ジョーデンタウンには、りり子の他にも複数の調査員がいましたが、奇蹟を信じていない彼らは都合の悪い存在でしかなく、何者かによって順番に殺害されていきます。そこで大塒は何とか犯人をつきとめるため奮闘するのですが、問題はせっかく推理した内容を話したところで信者にはまったく通じないことでした。

 

というのも、彼らにとって人が死ぬということ自体がとても不都合だからです。ここでは怪我も病気もないはずで、急に部外者にバタバタ死なれても意味がわからないといった感じなのです。

 

たとえば、調査員の女性が紅茶を飲んで亡くなった事件。まず最初に毒殺を疑うと思うのですが、そのトリックを説明しても信者たちはポカーンとしています。このとき大塒は無造作に選んだティーカップなのに女性だけが死んでしまった理由を「右手でカップを持ったから」と推理します。右手で持った場合の飲み口部分に毒を塗っておけば女性だけが毒に当たる、なぜなら他の者(信者)は全員左手でカップを持つため毒の部分に触れずに紅茶を飲むことができるというトリックです。(ちなみに毒を塗ったのはお茶会には参加していなかった人という推理)

 

しかし信者たちは自身が左手でカップを持った自覚がありません。右手がないのにもかかわらずです。そう、ここでは失われた腕も蘇るはずなので、奇蹟を信じている者たちには本当に腕があるように見えているのです。そのため大塒の推理を聞いても奇蹟を信じているかぎり、永遠に真実にたどりつくことはありません。

 

 

 

 アメリカは妄想の国?

 

ひとつだけネタバレを含んでしまいましたが、本書はこのように奇蹟に支配されている信者たちを納得させるための推理が繰り返されます。まともに推理した内容を語ってしまっては通じないので、少しだけ推理の内容をアレンジし、(少々フェイクも入れ)、謎解きに参加させていく構成になっています。そしていよいよクライマックスをむかえた頃、信者たちに事件の真相が伝えられるという流れなんですね。これが最初に言った「怒濤の如く繰り返される推理、どんでん返し」の正体になります。

 

実をいうと本書は、1970年代に南米ガイアナで起こった「人民寺院集団自殺事件」がモチーフになっています。アメリカのキリスト教系新宗教・人民寺院によって、ガイアナ北部に開拓された町ジョーンズタウンで918人が集団自殺した事件。以前、他の本で「アメリカは妄想的な人間が集まってつくった国だから、妄想にとりつかれた事件が多い」といわれていたことを思い出しました。

 

セーラムの魔女裁判、宇宙人に誘拐された、悪魔崇拝、Qアノンの陰謀論、最近ではトランプ元大統領の支持者が「選挙は盗まれた」とし、連邦議会議事堂を占拠した事件まで、さまざまです。これにはアメリカ国民の双極性障害(ハイパーサイミック型)の有病率の高さが関係しているといわれています。

 

ハイパーサイミックは、「陽気で気力に溢れ、ひょうきんで過度に楽観的で、過剰な自信を持ち、自慢しがちで、エネルギーとアイデアに満ちている」「多方面に広く関心を向け、なんにでも手を出し、おせっかいで、あけっぴろげでリスクを冒すのを厭わず、たいていはあまり眠らない。ダイエット、恋愛、ビジネスチャンス、さらには宗教といった人生の新たな要素に過剰に熱中するが、すぐに興味を失う」とされています。

 

本書を読んでいて、「ここまで洗脳されるものなのか?」と思うことでも、こうした話を聞くと何となく理解できそうです。

 

 

 

 感想

 

はっきりいって、前半のほうの推理にはクセがありすぎるというか、不自然というか、読んでいて無理があるなぁと思いながら読んでいました。それでもこの本の面白さは、「普通は複数が同じ手がかりで推理した場合、同じ犯人に至るところが、同じ手がかりであっても取捨選択や解釈の仕方によって犯人が変わってくるところ」です。

 

信者から見えている世界と外部の者から見えている世界。それがあまりにも違い過ぎて、探偵のほうも気を付けて推理、種明かししないと、自分自身までもがとんでもない加害者になりかねない。そんな状況がスリリングでした。

 

また、最後に明かされるタイトルの意味も「なるほど」と思えるセンスだったので、ぜひ注目していただきたいです。

 

おそらく戦争・テロ系を除外すると、私がこれまで読んだ本の中で、一番人が死んだんじゃないかなぁという一冊でした。死んでほしくない人たちがあっけなく死んでいく展開には推理以上の驚きあり。普通だったら、続編で引き続き登場するようなキャラクターが亡くなるという結末に動揺してしまいました。

 

こんな感じで、ふりまわされたい人にはオススメできる物語なので、未読の方は読んでみてください。自分もジョーデンタウンに閉じ込められたと思って読むと、より面白くなると思います。

 

 

以上、『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』のレビューでした!