こちらはシンクロナイズドスイミング改め、アーティスティックスイミングがテーマになっている珍しい物語になります。

 

 

 

超・青春小説

 

幼い頃から一緒にオリンピックに出ることを目標に、アーティスティックスイミングにすべてをかけている高校二年生の茜と水葉。ふたりはチームのエースで、デュエットも組んでいるのですが、ある日の練習中に茜が全治三ヶ月のケガをしてしまいます。するとしばらくの間、練習から離脱することになった茜のかわりに、後輩の紗枝が水葉とデュエットを組むことが発表され・・

 

実はこの紗枝という子は、茜にケガをさせた張本人。わざとではないのですが、練習中に距離をつめすぎて接触事故を起こしてしまったのです。そんな相手とデュエットを組むことになった水葉は、紗枝に対し少し意地悪な感情を持ってしまい、それを態度に出してしまいます。

 

一方、紗枝は元競泳選手でオリンピアンの父親から受け継いだ長い手足を生かした演技が特徴で、コーチ陣からも期待されています。茜は実力があっても小柄なため、長身の水葉の横に並ぶとデコボコ感がありましたが、それが紗枝にかわったとたん、周囲から理想的なペアだと言われるようになります。

 

もちろん、このことに茜も傷つきます。前々から上を目指すには、身長が足りないことに気づいていましたが、それでも欠点を努力で補うかたちで何とかくらいついてきたのです。しかし、茜はついに現実を見てしまいます。短期間で調整した水葉と紗枝の新デュエットが、ジュニアオリンピックで表彰台に乗ったのです。

 

水葉は茜と組んでいたときには一度も表彰台に乗ったことがありませんでした。それが紗枝が相手になったとたん、表彰台に乗るどころか将来日本代表になる選手を育てている有名なコーチや水泳連盟からのお誘いがかかり、世界が変わってしまいます。

 

すっかり挫折してしまった茜は、ケガが治ってからも練習に行く気にはなれず、この先の進路に不安を抱えるようになります。それどころか娘の成功を願う母親からのプレッシャーや、相変わらず一緒にオリンピックを目指そうと言ってくる水葉から逃げたくなり、陸の上にいるときでさえ息苦しさを感じるようになります。

 

そんな茜の前に現れたのが、謎のクラスメイト由愛です。茜は休養している間、人生で初めて競技から離れたふつうの高校生活を送っていました。それはとても新鮮なことで、今まで自分がいかにアーティスティックスイミングしか知らずに生きてきたかを実感させてくれる時間でもありました。由愛は趣味が動画編集のちょっと不思議な子でしたが、茜とは違い放任主義の親を持つ自立した高校生でした。

 

茜は幼い頃からステージママの支配下に置かれながら、すべてを管理されて育ってきたので、同い年でありながらひとりで何でも決められる由愛がとても大人に見えます。しかし、他のクラスメイトから由愛は風変わりな子に映っており、いつも「ぼっち」で過ごしていました(茜とは学校外で話している)

 

茜と由愛は性格こそ違いますが、この休養中にふたりで過ごした日々が、茜にとって人生観を変えてくれる大きなきっかけになっていきます。

 

そんな中、茜の復帰を待っていた水葉は、そろそろ少しずつ練習に参加してもいいはずの茜が由愛と遊んでいることを知り、ショックを受けます。その感情は徐々に嫉妬へと変わり、水葉は何としてでも茜を競技に戻そうと無理強いをした結果、チーム全体を巻き込むことになり・・・

 

 

 

感想

 

自分の限界を知っている茜は、もう頑張れません。しかし、茜の気持ちを知らない母親と水葉は、自分の夢を叶えるために「頑張ろう」と声をかけ続けます。頑張っているのに、頑張れと言わるたびに、茜の心は壊れていきます。

 

そもそも茜がアーティスティックスイミングを始めたのも、母親の希望によるものでした。オリンピックを目指すという目標も水葉が決めたことで、「もう自分には無謀な夢だ」だと気づいていながら、それを否定する強さがありませんでした。

 

茜がふたりに本音を言えなかったのは、アーティスティックスイミングをしていない自分には価値を見出してくれないと思っていたからです。現に、茜は競技を辞めたときが、水葉との友情の別れだと思っていました。いくら親友といっても、それはアーティスティックスイミングをしている茜を必要としてくれているだけで、そうでなくなったら友達ですらなくなってしまうのだろう。そんな不安があったのです。

 

幼い頃からずっと狭い世界で生きてきた茜には、他に居場所がありません。引退するということは、すべてを失ってしまうということです。それがどんなにおそろしいことか。読んでいて、胸が張り裂けそうな場面が多々ありました。

 

どんなに頑張ってきたとしても、努力だけではどうにもならない瞬間はあります。それがスポーツの世界で、日本代表クラスの話となれば、なおさらでしょうね。自分の将来を考えて、どこまで続けるのが正しいのか、見きわめることも大事です。茜の場合、それが高校生までということだったのに、周囲の人間は自分の夢を茜に押し付けて追い詰めちゃったのが辛かったです。誰も責任など取れないのに。

 

辞め時は本人にとっても難しいし、苦しい判断ですよね。ただ、どうしても好きだけでは厳しいものがあり、個々の能力に合わせて先を選んでいかなけれななりません。茜は高校二年というタイミングで、進路を考えると、本当に迷いの連続だったと思います。

 

悩める茜にとって由愛の存在は神様のようだったのでしょう。由愛は唯一、茜に「頑張っていることを認めてくれた人」でした。もちろん、水葉も茜のことを大切にしています。大切に思うあまり、よかれと思ってやっていたことが、逆に茜のプレッシャーになっていたと知り、とても後悔します。

 

茜と水葉の関係も凄く素敵だし、茜と由愛の関係も尊い。結局みんな良い子なんです。アプローチの仕方は違えど、それぞれが茜の競技人生を支えてくれているのは同じなんです。

 

ちょうどこの本を読んでいるときに、世界水泳を観ていたので感動しちゃいましたね。スポーツ小説はいいなぁ。青春だなぁ。真夜中にひとりジーンときながら、感想に耽っていました。

 

競技との合わせ技で読むとめちゃくちゃ感動するのでオススメです。特に金メダルのインタビューとあわせながら読むと、「きっとこの人にも茜のようなチームメイトがいたんだろうな」「ここまで来るのに、この選手に夢を託して去っていった人たちがたくさんいたんだろうな」とか思っちゃうんですよ。

 

そんな感じで夏にピッタリの一冊なので、興味のある方はぜひ手に取ってみてください!

 

もちろん、夏以外に読むのもオススメ。スポーツをやっている人には共感できる物語だと思います。

 

 

以上、『人魚と過ごした夏』のレビューでした!