中途採用面接での不合格者が自殺をしてしまった人事課長、デビューしたものの二作目が出せずにブラック企業で働く小説家、SNSで「死にたい」アカウントを作っているコンビニ店員、取り立て先の子どもに好かれてしまったヤクザ。本書は複雑な悩みを抱えた四人の物語が並行して進んでいく小説になっています。

 

後半に連れて大きな動きがある作品は多いですが、本書の場合はそれが激しくて、もしかすると動揺する読者もいるかもしれません。現に私もあまりのテンポのバラつきに驚き、何とも言えない読後感を味わっています。最初は暗くて重い話なのかな?と思わせて、中間地点では心温まる人間ドラマになるのですが、後半にかけてミステリ調になり、ラストで賛否両論が起こる、という読み切るのにかなり体力のいる一冊です。

 

 

 

 

 面接官の悲劇

 

大地は飲料や冷凍食品を扱う中堅どころの会社、株式会社アディショナルの人事部で働いています。主に中途採用業務を担当しているのですが、面接を受けに来た水岡純という男性が不合格通知を送った後に自殺してしまいます。それから数日後、大地の前に純の母親のつづみが現れ、「息子が自殺したのはお前のせいだ」と怒鳴られます。以降、つづみは頻繁に大地に連絡をよこし、面接の当日に何があったのか、大地のどこが悪くて不合格にしたのかを説明するよう迫ります。やがて、つづみはエスカレートし、脅迫まがいの行為をしてくるようになり・・・

 

 

注目ポイント

大地の面接には何も問題があったようにはみえなかったのですが、つづみは純が最後に会ったのが大地だったことから、怒りをそこにぶつけるしかないようでした。つづみも悪い人じゃないんですよ。自分でもおかしなことをしているとわかっていながら、大地を責めることがやめられないのです。本来のつづみは困っている人を放っておけない優しい人で、今もシングルマザーで子育てをしている茜という女性とその息子の面倒をみています。茜は狂ってしまったつづみを心配しているのですが、当の本人はひとり息子を失って孤独感に蝕まれています。

 

 

 

 ブラック企業の派遣社員

 

真一は中本ファクトリーというベンチャー企業で派遣社員として働いています。真一が派遣社員をしているのは、もうひとつの別な顔・小説家という肩書をもっているからで、原稿を書く時間を確保するためです。しかし、中本ファクトリーは社員にとんでもない無理を押し付けている会社で、職場の雰囲気は最悪、言ってしまえば絵に描いたようなブラック企業でした。そんなある日、いつもパワハラにあっている長谷川という社員に、真一が小説家の林十夢であることがバレてしまい、二作目を期待していると激励されてしまいます。

 

 

注目ポイント

真一は派遣社員の身でありながらも、中本ファクトリーでは残業をさせられ、小説を書く時間がありません。そこで契約更新をやめようと考えるのですが、自分の夢を応援してくれる長谷川をおいて去るには後ろめたい気持ちがあります。しかし、長谷川を救いたいと思っているのは真一の勝手で、当の長谷川本人は管理職を目指し頑張っている最中なんですね。真一はそれに気づかず、長谷川に好き勝手なことをいい、おせっかいなことばかりをしてしまいます。ちなみに長谷川は大地が働くアディショナルにも取引先として顔を出しているので、お見逃しなく。

 

 

 

 死にたいコンビニ店員

 

梢は人一倍繊細で、自分が常に人に迷惑をかけているのではないかという恐怖から対人恐怖のようなものを抱えています。それが原因で大学にもなじめず、退学してからはずっと引きこもっていましたが、24歳になり初めてバイトをすることを決心します。バイト先に選んだのはコンビニで、最初は緊張していたのですが、メンバー全員が奇跡的に優しいという幸運に恵まれ何とかやっていける日々を送っています。しかし、今度はそんな状況が他人への申し訳なさとも繋がり、梢は結局うまく人生を生きることができません。その度に梢はSNSで「死にたい」と呟き・・・

 

 

注目ポイント

実は梢がやっているSNSは自殺願望+エロ専用アカウントなんです。普通の呟きでは目立てないので、ちょっとした小細工で注目を浴びようと思って作ったものなんですね。梢が死にたいという気持ちは本物ですが、同時に承認欲求もあり、いつしかネガティブではないときも義務のように死にたいと呟くようになっていました。そんな梢には長い間DMでやりとりしているクズ野郎という男性がいます。梢はこの彼とのちに結婚するのですが、彼の正体が一体誰なのかが本書の見どころになっています。

 

 

 

 子どもに好かれたヤクザ

 

こちらはシングルマザー家庭に取り立て(違法)に行くヤクザが、そこの子どもたちに好かれてしまうといったベタな話。最初はベタすぎてつまらないと思っていたのですが、最後の最後でとんでもない展開になってしまい、ちょっと私もまだ動揺しています。彼の名はアオバというのですが、アオバは若い頃にひどい反抗期で家を出たきり母親とは会っていません。実はアオバもシングルマザーの母から育てられ、途中までは母と家族同然に自分たちの面倒をみてくれた老婆と3人で生きてきたのですが、老婆が亡くなってしまってから一家の歯車が狂ってしまい、現在に至ります。そしてアオバはいま、母親をひとりにしたことを酷く後悔しているのです。

 

 

注目ポイント

ここでは、このアオバが誰なのかを推理して読むことをオススメします。あまり詳しくは言えないので、ヒントは出せませんが、私は何も気づかすに読んでいたのでラストで衝撃を受けました。

 

 

 

 感想

 

私はすっかりこの本にハメられました。本書がミステリということを忘れていたせいもあるのですが、とにかく後半にかけてのハチャメチャ具合に混乱しましたね。

 

タイトルが『まだ出会っていないあなたへ』なので、この四人がどこかで巡り合う物語なのかなぁと思っていたら、そうではなくて。四人は出会わないけれど、四人に関係する者同士がどこかで出会っていたというような展開になっています。本書では星がテーマにもなっているのですが、まさに人との出会いも星空のようなんだという描写が素敵でしたね。

 

空にはたくさんの星があって、繋がっている者同士で星座を結べるけれど、その周りにも無数の星が広がっていて、どう線を引くかでどんな星座も作れるということ。決してひとりではないということ。

 

ざっくりいうと、そんな本でした。

 

私は最初に四人の話が同時進行に進むと書きましたが、正確にいうとそれはちょっと違います。そう見せかけて、実は時間軸の違う物語がまるで現在同時に起きているかのように書かれているんですよ。世代を越えて登場人物たちが繋がっているわけですね。

 

ここでは書けずもどかしいのですが、どの話も「は?そうなちゃうの?」という裏切りで溢れています。もう、はあああ?!状態です。人によってはテンポにムラがあり、話もあっちこっちに飛んで読みずらく感じるかもしれないので、好き嫌いはあるのかな?ただ、人の心がよく描けているところはイチオシなので気になる方はぜひ読んでみてくださいね。

 

あなたがこれから出会う人にも色々な人生があったのでしょう。出会いと別れの尊さが改めてわかる小説です。

 

以上、『まだ出会いっていないあなたへ』のレビューでした!