本書は1978年の作品ですが、2023年のいま読んでもまったく古びていないところが驚きです。けれどもその時代特有の空気はきちんと感じられるのがまた凄い。

 

主人公の富小路公子(本名:鈴木君子)は、戦後の女実業家として莫大な富を築き上げたものの、その絶頂期に謎の死を遂げました。物語はそんな公子の死の真相を探るべく動いた小説家のインタビューに、彼女に関わった27人の男女が応えていくという流れで始まります。

 

面白いのは、27人それぞれ公子に抱いていた印象が異なること。そんなことは当たり前と言ってはそうなんですが、公子の場合は「悪女」だという人もいれば、「あんなに素敵な人はいない」という人もおり、その差に開きがあることです。ということは公子は裏表の激しい人間なのか?と疑いそうになりますが、そういうわけでもないところが魅力的なんです。ひとり一章形式で公子とのエピソードを語っていくのですが、本書を読み終えた頃にはきっと誰もが公子のファンになっているかもしれません。

 

おそらく公子のことを平気で嘘をつくサイコパスのような女と思われる方もいるでしょう。実際に公子に騙されたとしか思えない人たちもいるので、それは仕方がありません。しかし個人的には、公子にはどこかああ見えて気弱な面があったのではないかと思ってしまいます。

 

公子からはどうも人に良く思われたいという気持ちが痛いほど伝わってきました。また、自分が理想とする優しく、美しい女性でありたいという生き方に囚われ、時にそれに苦しめられているようにも見えました。だからこそ、思っていることとは正反対の返事をしたり、嫌われたくないあまりその場で適当な嘘をついていたのではないかと思うんですよね。まぁこう考えてしまう私もすっかり公子に騙されているのでしょう(笑)

 

庇うわけではありませんが、公子の幼少期を想像すると、お金持ちへの憧れがあったのかなぁと思うんですね。すると、どうしても人間見栄をはりたくなって、辻褄を合わせるために多少の嘘をついてしまうというか。よく読むと、ちゃんと信頼できそうな人にはちょいちょい本当のことを話して、様子をうかがっていたりもして、そんなところをみると少しかわいそうな気もしてきます。

 

全体的には、富小路公子の生き方というのは、清く、正しく、美しくがモットーだったと思います。本人もそのつもりでやってきたはず。なのにどこで悪い印象がついたかといえば、どちらかというと公子のことを良い風に語っていた人間が裏では公子の名を汚すようなことをしていたせいではないかと思います。これは私の勝手な考察ですが、公子に後ろめたいことがある人物ほど彼女のことを大袈裟にほめたたえていたのではないでしょうか。

 

公子を悪く言っていた人たちも、結局彼女から甘い汁をちゃっかり吸った上で文句をたれているようにしか見えないんですよね。公子は生前からお金と美貌を持つ自分のもとへハイエナのようにたかってくる人たちを見て、すっかり疲弊していたように見えました。

 

こうやって27人分のインタビューを読んでいると、誰が真実を語っているのかわからないし、誰が本当に公子を愛していたのかさえわからなくなってきます。何しろ公子本人の語りがないので、読者も想像でしか彼女を知ることができません。

 

しかしこんなにキレイで賢くて商売上手で、なのに不器用な一面もある女性がいたら、同性でも憧れてしまいますね。騙されるなという方が無理かも。「悪女については」は以前、沢尻エリカ主演のドラマで観たことがあるのですが、あんな虫も殺せないような顔をしたおさげ頭の少女にまさか自分が騙されるとは思えないようなぁと改めて思いましたよ。

 

私には未知の世界ですが、あまりにもお金を稼ぎすぎると罪悪感が沸いちゃうものなんでしょうかね。そりゃ悪いこともしないとあそこまでいけませんよね。公子は妬みや罪から自分を守るためにも清く、正しくあらねばいつか潰されてしまう、暴かれてしまうと脅えていたのでしょうか。

 

公子は両親を、特に母親のことを酷く嫌っていましたが、結局さいごは反面教師どころか知らぬうちに自分も母親に似てしまっていたことに絶望したという線も(自殺だとしたら死の動機として)可能性としてはありそうです・・・

 

年齢まで嘘をつかないとやっていけないくらい「素」の自分を嫌っていた公子。彼女みたく社会的に成功するには、美貌だけでなく相当な知性が必要ですが、鈴木君子が根本で欲していたものはふつうの人間が手にしているような愛情だったのかもしれません。

 

公子の死の真相にいちばん近い説を唱えるのが、ラストの語り手であるおバカな次男というのもみどころです。公子の語りがないので、実際のところ彼女が誰を愛していて、誰を愛していなかったのかはわかりませんが、唯一次男のことは無関心だったのだろうなぁと思っていたのに、当の本人は「ママに愛されていた」と信じていたので、わけがわからなくなりました(笑)

 

ただ、次男はちょっとおばあちゃん(公子の母)に似ているような気も・・

 

次はこの次男が悪女ならぬ悪人になるのかもしれませんね。

 

以上、「悪女について」のレビューでした!

 

 

 

他殺か自殺か事故しか

 

本当のところは謎のままです