柚木裕子さんの「慈雨」は書評サイトでも高評価でずっと気になってはいたのですが、前半を読んでは挫折、後半にさしかかっても立ち止まり・・という感じでなかなか読み進められませんでした。今回ようやく最後まで読み切れたのでレビューしたいと思います。

 

 

<あらすじ>

警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子とお遍路の旅に出た。42年の警察官人生を振り返る旅の途中で、神場は幼女殺害事件の発生を知り、動揺する。16年前、自らも捜査に加わり、犯人逮捕に至った事件と酷似していたのだ。神場の心に深い傷と悔恨を残した、あの事件に――。かつての部下を通して捜査に関わり始めた神場は、消せない過去と向き合い始める。組織への忠誠、正義への信念……様々な思いの狭間で葛藤する元警察官が真実を追う、日本推理作家協会賞受賞作家渾身の長編ミステリー!

 

 

定年退職した元刑事が妻と歩むお遍路旅の途中で、現役時代に起こした冤罪事件を振り返る物語です。神場は16年前に自らが関わった幼女殺害事件の犯人が偽物だと気づいていながらも、上からの圧力で知らぬふりをしてきたことを今日まで悔いていました。そのため刑事を退いた後は、被害者や遺族への贖罪のためにお遍路旅に出る事を決心していましたが、ちょうど旅の途中で過去の事件とよく似た手口の事件が発生するという、予期せぬ事態に。

 

これは過去に自らが取り逃がした真犯人が起こした事件ではないのか。このままでは第三の被害者が出てしまう。そう焦った神場は部下と電話を通して協力し、内密に事件の捜査に加わることにしました。

 

小説の中で冤罪を取り上げるのは、そう珍しいテーマでもなくなりつつあるので、どう見せてくれるのかな?と期待して読みました。なので事件を揉み消した刑事の視線で物語が展開していくという出だしにはワクワクしましたね。

 

ただ、3分の2まで読まないと大きな動きはなく、それまではずっと神場の現役時代の暗い回想シーンが続きます。特に前半はお遍路のシーンが多く、ちょっと窮屈に感じてしまいました。おそらく私は神場のようなTHE昭和の男に馴染みがなく、彼が消せない罪悪感に大半のページを使い悶々としていたところにヤキモキしたのが原因だと思います。

 

「慈雨」の感想は一言で大人の本。私も年を重ねたら、この渋さを理解できるようになるのかな?といった感じ。まだまだ修行が必要です。主人公の心情に力を入れてあるので、ミステリーではなくヒューマンドラマとして読めば楽しめるのかもしれません。なぜか私、脳内では小説なのに、モノクロで映像化していましたもん(笑)

 

お遍路旅に同行した奥さんも当然THE昭和の女で、ちょっと古さを感じた台詞があったり、またまたヤキモキしてしまったシーンもありましたが、悩める夫に対し、

 

「人生はお天気とおんなじ。晴れるときもあれば、ひどい嵐のときもある。それは、お大尽さまも、私みたいな田舎の年寄りもおんなじ。人の力じゃどうにもできんけんね。」「ずっと晴れとっても、人生はようないんよ。日照りが続いたら干ばつになるんやし、雨が続いたら洪水になりよるけんね。晴れの日と雨の日が、おんなじくらいがちょうどええんよ」P173

 

と、声をかけたシーンにはジーンときてしまいました。私にとってはこの言葉こそ慈雨。神場は奥さんのことを「刑事の家族であったことで苦労をかけた」と申し訳なく思っているし、娘が自分の部下と付き合っていることに関しても「妻と同じ苦労をするのではないか」と心配しているんですね。

 

冤罪を起こした男が夫で、父親で、申し訳ない。そんなことを長年ひとりで抱えてきた人が主人公であるわけですから、重い読書になるのも無理はありませんね。今これを書いていて納得しました。とにかく本書からは後悔の念みたいなものが溢れ出ています。

 

私が最も印象的だった「後悔」は、神場夫婦がお遍路の道中で知り合った男性。彼は介護疲れから母親を殺してしまった罪悪感に苦しめられ、出所後八十八ヶ所巡礼することで救われようとしていました。

 

お遍路に出ようという人には気持ちを整理したかったり、自分を変えたかったり、さまざまな願いがあると思います。この母親を殺めてしまった男性は、一番札所から番号順に巡る一般的な巡礼方法ではなく、すれば弘法大師様に会えるという言い伝えがある八十八番から巡礼する逆打ちをあえてしていました。

 

「私は、楽を求めて巡礼しているわけではありません。楽をして寺を回ろうとも思わないし、巡礼を終えたからといって、自分の気持ちが楽になるわけではありません」「自分が背負っているものは、百回お遍路をしても下ろせないほどのものです」P143「だから私は巡礼に来たのです。懺悔滅罪のため、母親を愛し続けるために」P216

 

辛いですよね。しつこいようですが、本書にはこんな風に神場以外にも後悔を背負った人たちが登場し、ひたすら「重さ」が丁寧に描写されています。

 

でも、感想が「重い」「苦しい」ばかりでは読む気を誘わないと思うので、登場人物はみんな見事にいい人ばかりですよ~とはお伝えしておきます。

 

個人的にはまだ早い小説でしたが、自分はターゲット層かも!と思った方はぜひ読んでみてください。あくまでもメインは被害者への贖罪と己の後悔なので、事件解決についてはあっさりと書かれていますが、真犯人はきちんと逮捕されるのでご安心を。

 

逆に「冤罪」をバチバチにドロドロに読みたい!という方はコチラをどうぞ

 

 

 

神場のようにすべてを失ってもいいから被害者と遺族のために真実を暴こうとしてくれる刑事は現実にもいるのでしょうか。

 

最後はそんな感想の残る一冊でした。

 

 

次回は冤罪がなくなる世界がどういったものかをイメージした小説をご紹介します!