2022年に読んだ本の中でマイベストはこちらの作品でした!さっそくですが、レビューをどうぞ!

 

 

<あらすじ>

賢い子どもに生まれたって、強く生きられるわけじゃない。賢い子どもを産んだって、簡単には育てられない。高い知能を持つことは、神様からのギフト?それとも試練?

国内トップの大学を卒業し一流企業に就職したものの退職、現在はフリーランスの翻訳者として慎ましく暮らす凛子。 姪の莉緒は、読書と昆虫が大好きで論理的思考が得意だが、融通が利かずコミュニケーションに難がある、危うい小学生だ。 莉緒の中学受験に伴走することになった凛子は、周囲の期待にうまく応えられなった自分の半生を振り返るーー

 

※初出「ジャーロ」74(2021年1月)号~79(2021年11月)号 感想の中でネタバレを含みます

 

 

凛子と莉緒

主人公の凛子は東大卒がコンプレックスになっている独身女性。なぜコンプレックスになっているかというと、「女のくせに高学歴」という理由によって学歴コンプを抱えた上司からパワハラを受けて退職した過去があるからです。

 

凛子の人生は学生時代まではそこそこ順調でした。しかし社会人になる頃には、世の中からの高学歴女性への偏見・差別に苦しめられるようになり、気づいたときには独りぼっちになっていました。

 

そんな凛子のよき理解者となってくれたのは姪の莉緒(小5)。幼い頃から読書と昆虫が大好きで、少し変わっている子でしたが、誰よりもひとの気持ちに敏感で心優しい性格でもあり、そんなところを凛子は気に入っていました。しかし凛子の妹(莉緒の母)は論理的思考で口達者な莉緒のことを「扱いづらい」といつも怒ってばかりいて、家庭内は微妙なムードになっていました。

 

莉緒は医師をしている父のすすめで中学受験をすることになり、毎日大嫌いな塾の課題と格闘しているのですが、案の定勉強をするたびに理屈を捏ね、両親と喧嘩になってしまいます。そこで妹は莉緒と仲が良く、受験エリートでもある姉・凛子に娘の家庭教師をお願いすることにしました。

 

 

天才児の苦悩

こうして凛子と莉緒の天才コンビによる、天才にしか理解できない世界観がスタートするのですが、読んでいると莉緒の凄さがガンガン伝わってきて、尊敬しかありません。莉緒はいわゆるギフテッドというやつで、生まれつき知能が高く、特定の能力が突出しています。しかしオールラウンダーとは違うので、一般社会、特に学校の教室内では目立ちすぎてしまい、時には問題児扱いをされ、辛い思いをしたこともありました。

 

莉緒が気の毒なところは、その特性を母にすらわかってもらえないことでした。生まれつき賢い子といっても、それが大人にとって都合のいい賢い子とは限りません。母が望むのは成績優秀で聞き分けのいいお利口さんであって、莉緒はただ何事も深く考えられずにはいられないだけの子供なんです。これは似ているようで全然違います。莉緒の頭の良さとは、好奇心旺盛で、完璧主義で、感受性が強く、インチキからホンモノを見抜くところなんですね。

 

莉緒のあらゆることを知りたがっている姿は、親からすれば集中力がないようにも、質問だらけでウンザリするようにも映ります。また、完璧主義で他人にも高い水準を求める姿は、親の矛盾や間違いを指摘してくる生意気な子供に映ってしまいます。ましてや感受性が強すぎるあまり国語の物語文を読むのが辛くて白紙になるなんて、到底理解できません。

 

 

出る杭は打たれる

では、莉緒はどうすれば生きやすくなるのでしょう。何か診断名をもらえばフォローしてもらえるのでしょうか。しかしギフテッドという名前がつくことで、今度は天才児のレッテルを貼られ、周囲から期待されプレッシャーがかかるというデメリットも考えられます。そこで凛子が友人の精神科医に相談したところ、世の中には名づけられて救われる人もいるが、そうではない人もいること、生まれた時代によって病気とされてきたものがそうでなくなったり、病気ではなかったものがそうであると変わったりすることを教えられ、結局世の中は「出る杭は打たれる」の法則に則っているだけだと気づきます。(この精神科医の友人は、他にもあらゆる助言をしてくれるので注目)

 

実は凛子自身は「まわりとうまくやっていくため」に、今は学歴を隠したがり、「賢くならない」選択をしていました。ギフテッドには生まれつき高い知能を持ちながらも本来の能力を発揮できないケースが女性には多く、男子の変わり者は許容されても、女子の変わり者には居場所がない辛さを知っていました。

 

莉緒には自分のような経験をして欲しくない反面、自分とは違い好きなことをして、のびのびと逞しく成長して欲しいと願う凛子。莉緒は知的障害を疑われている弟がみんなと遊べる方法を生み出す子でもあります。同じことができないからと人を仲間外れにはしません。むしろ、はみ出してしまった子でも参加できるように工夫をする、高い知能を驕らない素晴らしい女性です。こんな姪の将来をどう導いてあげたらいいのか。あれこれ悩んでいるうちに、凛子は初恋の男の子を思い出し・・・※以下ネタバレ注意

 

 

サイドストーリー

本書にはサイドストーリーがあり、それが凛子と初恋の男の子とのエピソードなんですね。凛子が孤独な小学生生活を送っていたとき、同じ「仲間」がもうひとり存在していました。その少年は天体が好きで、凛子以上に頭が良く、家庭に複雑な事情を抱えていました。

 

しかし少年はある日突然いなくなってしまいます。凛子はどこか遠くへ転校したのだと思い、いつか再会できる日を願って、おそらく少年が進学するであろう東大に入学し、その姿を探したのですが見つかりませんでした。それもそのはず、少年はいなくなったすぐあとに、義理の父から暴力を受け亡くなっていたのでした。

 

凛子にとって少年は唯一の仲間であり、理解者であり、ずっと再会を待ちわびていた生きる希望でもありました。そんな少年がとっくにこの世にいなかったことはショックでなりません。

 

どうやら少年は妊娠中の母の目の前でタバコを吸う義理の父に注意をしたところ、殴られたようなんです。

 

「副流煙には有害物質が含まれていて胎児に影響を与える」

 

これは正論ですが、義理の父はギフテッドに馬鹿にされたような気分になったのでしょう。

 

 

泣ける結末

しかし本書には最後にサプライズがあります。この虐待を受けた少年は家から飛び出し、偶然外を歩いていた凛子とぶつかります。あれ?この子は凛子の初恋の君ではなかったの?と驚きますよね。

 

私もすっかりタバコのくだりは初恋の君の回想シーンかと思い込んでいたのですが、どうやらこの子は初恋の君と同じ経験をしている男の子・・という仕掛けになっていたんですよ。完全にやられました。物語は凛子が少年の異常な状況を見て、保護するところで終わるのですが、少年はギフテッドであるがゆえに、誰にも助けを求めることも、見つけてもらうこともできなかった人生に、ようやく「大丈夫」が訪れて心の底からホッとします。

 

母親は、自分の彼氏は「かっこいい」のだと言う。しかし、少年にはどこが「かっこいい」のか、さっぱり理解できなかった。少年にとっては、データの分析と計算により、見失った星の位置を割り出して、それをふたたび見つけ出すことができたガウスのほうが、よほど「かっこいい」と思うのだった。夜空を見つめて、少年は思いを馳せる。もし、自分がいなくなったら、見つけてくれる人はいるのだろうか・・・。(P114)

 

こんな風に思っていた少年にようやく居場所が見つかって良かったね、と言いたくなる1冊でした。心があまりにも成熟しているとすべて自力で解決を試みる傾向にあるし、周囲も本人から助けを必要とされているとは思いもしません。これは悲しいし、孤独ですよね。いくら高い知能を持っているといっても、子供です。うまく立ちまわることを知りません。こういったら相手を怒らせる、命にかかわるとまでは計算できません。それよりも正義感にかられてしまいます。できれば凛子があの道を歩いていた経緯や彼女自身の人生が今後どうなっていくのかについては直接本書を読んでいただきたいです。そして莉緒の受験はどうなったのかにも注目です。

 

 

おわりに

人生は選択で決まるのか、偶然で決まるのか。遺伝も環境も自分がどこにどう生まれおちるかはやはり偶然でしょう。自分ではどうすることもできない偶然に努力を強いるのは残酷です。

「大人って、どうしても過干渉になりがちなんで。特に、できない子供や問題を抱えた子だと、そのまま認めるんじゃなく、助けてあげたいって気持ちになる人が多いんですよね。よかれと思って、余計な口出しをしたり、コントロールしようとしたり・・・・。成功体験のある大人ほど、自分の価値観を押しつけて、相手を否定してしまうところがあるんですよ」(P200)

子供にとっては、いちいち愛情を試す必要のない、ただそこにいてくれるだけで心強い存在がいることが最も大事なんでしょうね。

 

また、本書を読んでいると一度は「莉緒みたいな子をみんなと一緒の教室に閉じ込めて教育するのはかわいそうなんじゃないか」と思ってしまいます。しかしギフテッドをみんなとは違う存在と線引きしてしまうことのデメリットもあることを考えると、それはとても難しい問題です。

 

特別なプログラムを用意するにしても、選ばれた子と選ばれなかった子というふうになると、優越感とか、選民意識の問題も出て来るし。(P64)

 

それに、生まれつき優れた頭脳を持っているからといって、最大限に発揮しなければならない、とういうわけでもないし(P65)

 

国の幸福のために突出した才能のある子を育てること。個人の幸福のために子供たちを育てること。それはまったく意味が違ってきますよね。単純に「標準」ではないからという理由だけで、特別なことを望まれても、本人がそれを望んでいなかったなら、逆に新たな苦しみを生み出してしまいます。

 

先天的に優秀な頭脳って、よく考えるとセンシティブな話題だよね(P68)

 

人間は歴史の中で既に間違った選択をしているので、困っているという人にだけサポートがいくようなかたちになったらいいのでは?と思いました。

 

1冊の中にたくさんの考えさせられることがつまっているので、ぜひみなさんも深くじっくり読んでみてください!

 

以上、「ギフテッド」のレビューでした!