菩提樹の別名が「絞め殺しの木」だとは知りませんでした。名の由来は周りの植物に蔓を巻きつけ絞め殺すように養分を吸い取ってしまうからだそう。そんな木の下で悟りなんぞ開けるものなのかと驚きましたが、「絞め殺しの木」は 蔓が自立できる太さになる頃には元の木は枯れて空洞になるそうで・・そう考えるとなぜ釈迦がその場所を選んだのかわかるような気がします。

 

 

あなたは、哀れでも可哀相でもないんですよ

北海道根室で生まれ、新潟で育ったミサエは、両親の顔を知らない。昭和十年、十歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られる形で根室に舞い戻ったミサエは、ボロ雑巾のようにこき使われた。しかし、吉岡家出入りの薬売りに見込まれて、札幌の薬問屋で奉公することに。戦後、ミサエは保健婦となり、再び根室に暮らすようになる。幸せとは言えない結婚生活、そして長女の幼すぎる死。数々の苦難に遭いながら、ひっそりと生を全うしたミサエは幸せだったのか。養子に出された息子の雄介は、ミサエの人生の道のりを辿ろうとする。数々の文学賞に輝いた俊英が圧倒的筆力で贈る、北の女の一代記。

「なんで、死んだんですか。母は。癌とはこの間、聞きましたが、どこの癌だったんですか」今まで疑問にも思わなかったことが、端的に口をついた。聞いてもどうしようもないことなのに、知りたいという欲が泡のように浮かんでしまった。「乳癌だったの。発見が遅くて、切除しても間に合わなくてね。ミサエさん、ぎりぎりまで保健婦として仕事して、ぎりぎりまで、普段通りの生活を送りながらあれこれ片付けて、病院に入ってからはすぐ。あの人らしかった」(本文より)

 

 

 

本書は2部構成になっています。第1部はミサエの物語。そして第2部はミサエの息子雄介の物語になっています。

 

正直、読んでいて苦しい1冊でした。最初から最後までずーっと暗闇の中をもがき続ける展開なので窒息しそうになります。文章自体はとても読みやすいのに、あまりの憂鬱さから何度も休憩を挟みながらやっとの思いで読み終えました。

 

閉鎖的な土地から逃げたい、自分を縛り付ける人間関係から逃れたい。そうすれば主人公はハッピーエンドになれる!こうして実際に呪縛から逃れて幸せになるのがよくある小説です。しかし本書は違います。そんな夢物語ではありません。

 

親から逃げる、家族と縁を切るという行為は言葉ほど簡単にできるものではないと思っています。それが出来ないから悩み苦しむといっていいくらいではないでしょうか。みんながみんな、逃げられない。現実のほとんどがそこで生きながら眠っている。だからこそ、読者はこの物語に心をかき乱されるのでしょう。

 

前半の主人公ミサエは親がいないことで苦労して育ちました。時代が時代ですから、とても貧しいです。周りの大人は口を揃えて「自分たちはミサエなんかよりも苦労してきたのだから甘えるな」の大合唱。ミサエは吉岡家から使用人のようにコキ使われ、家事全般と牛の世話を無給でこなし続けました。もちろん学校へは通わせてもらえず、食事も衣類も満足に与えられません。寝床は廊下で、吉岡家の子供たちからは小馬鹿にされ、ストレスの捌け口にもされていました。

 

それでも吉岡家の嫁は言いました。「私だってこの家で姑からコキ使われてきたんだから文句を言わずに従え」と。熱が出ようが寒かろうが奴隷のごとく働くのがお前の役目なのだと。

 

やがてミサエは吉岡家の悪評を知る人々から哀れまれ、援助を受けながら保健婦になり自立を果たしました。しかし、大人になってからも吉岡家の介入は続き、ミサエは冷酷な男と見合いをさせられ、したくもない結婚をし、娘を出産しました。

 

ミサエは結婚出産後も働き続けることを選び、ひとりで家事育児をこなしていました。娘はミサエが吉岡家で働き出した頃と同じ10歳に成長し、ミサエは当時の自分がしていたことは娘もできて当たり前でいてほしいと願っていました。

 

ミサエは何かにつけて「お母さんがあなたくらいの頃は・・」と、自身の苦労を語り、娘にもっとしっかりするように言い聞かせていました。ミサエが親なしで苦労したことはわかりますが、娘はその環境とは違うため、まったく同じ辛さを強要することが正しい子育てとは限りません。しかしミサエはそれに気づけません。甘えるなと叱ります。そのせいでミサエは自分のものさしにはなかった娘の苦労を見逃し大変な過ちを犯してしまいます・・。それは取り返しのつかないことでした。

 

ここまでが大雑把な前半の内容で、後半はミサエの息子雄介にバトンタッチします。

 

雄介は吉岡家に養子に出され、本当の両親を知らずに育ちますが、皮肉なことにミサエと同じような経験をしながら人生を歩むことになります。なんといってもあの吉岡家ですからね。何の期待も持てません。

 

後半に進んでもずーっと暗い中、ページ数が残りわずかになってきたところで、ようやく些細な復讐感を味わえます。ミサエはどこか人生を諦めていたようなところがありましたが、雄介はミサエと同じ辛さに耐えながらも、そこから立ち上がる賢さがあったのが本書唯一の救いでした。

 

残りの人生、人に相談する価値もない悲しみはどれだけ増えていくのだろう。担当する老人には「長生きしなきゃだめよ」などと言う一方で、長く生きたくない自分の本音に気づいた。自嘲も自責も誰も聞く者はいない。一人分の人生の軽さがありありと感じられた。(P263)

 

哀れだ。雄介はそう思う。絡み合い、枯らし合い、それでも生きる人たちを、自分も含めて初めて哀れだと思った。我々は哀れで正しい。根を下ろした場所で、定められたような生き方をして、枯れていく。それでいい。産まれたからには仕方ない。死にゆくからには仕方ない。(P428)

 

上がミサエの言葉で、下が雄介の言葉なんですが、このふたつは似ているようで全然違います。雄介は若くして「あなたは哀れでも可哀相でもない」の意味を知っています。絞め殺しの樹から養分を吸い取られながら生きていることに気づき、自分が闘っているものの正体にも気づいています。

 

あなたは、哀れでも可哀相でもないんですよ

 

ぜひ、この意味は本書を読んで、それぞれが考えてみてください。

 

ミサエや、その周りの大人たちを狂わせていたものが何だったのかを知ったとき、不幸の価値観が少し変化するかもしれません。逃げるのは人間からか、優しさからか。

 

絞め殺しの樹は強くて優しい木に絡みつくのではないでしょうか。ミサエはまさにそんな木だったのでは・・・それ故に搾取され、枯れてしまったのだと思いました。「強くて優しい」は時に自分を苦しめる。おそらく雄介は強くて優しくても、養分を吸い取った本体を空洞にしてあげるパワーも持っている、そんな気がするのです。

 

以上、「絞め殺しの樹」のレビューでした!

 

 

 

 

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「絞め殺しの樹」を読んで、元屯田兵の家とそうでない家とでは差があることに驚きました。元屯田兵というだけで、昭和に入ってもあんなに権力を持っているとは!さすがに現在は違うのでしょうが、渡辺淳一さんの「花埋み」を読むと北海道を開拓した人々のプライも少しわかるような・・ということで、あわせてコチラの本もオススメしておきます。