こちらはパーキングエリアで働く高齢者たちの暮らしを書いた作品になります。

 

 

 

 

<主な登場人物>

梨元ちとせ(73)・・坂田PAの清掃部でパートをしている。年金なし、医療保険なし、家族もなし。リウマチを患っている。恋多き女で現在も一人暮らしの家に元夫の友人が転がり込んでいる。

 

古田中栄(75)・・坂田PAの飲食部でパートをしている。義父母と夫が亡くなり、現在は43歳のひきこもりの息子と暮らしている。権田とは同級生で、かつて同じ清掃屋で働いていた。

 

権田二郎太(75)・・坂田PA清掃部の主任。奥さんの介護をしながら働いている。ちとせや栄と仲が良い。かつて働いていた清掃屋は社会保険を払っておらず、厚生年金を貰えないため、生活に困窮している。

 

久乃木章良・・認知症の母と脳性まひの姉の世話をしながら、坂田PA周辺で車上生活をしている。

 

岡本康文・・生活困窮者を支援するNPO法人「うぐいす」の職員。坂田PA付近に集まる車上生活者や放置車両などを探しにやって来る。現在はホームレスのような生活をしている中学生と幼稚園生くらいの兄妹の保護をしようと奮闘中。もうすぐ60歳になる。

 

 

レビュー

ちとせたちが働く会社の就業員の平均年齢は62歳。御年83歳の会長兼社長の「勤務態度に問題がなく、健康であれば定年なし」のモットーに助けられている高齢者は多く、読んでいるこちらも自分の老後を考えると羨ましく思える職場・・・と思いきや違った!

 

優しい社長の後を継ぐ息子の専務は父親とは正反対の考えで、「年寄りにはさっさとやめてほしい」と企んでいます。少しでも体調を崩したり、シフトに支障をきたすスタッフがいると、すぐに退職へと揺さぶりをかけてくる嫌味な人で、リウマチのちとせも目をつけられています。

 

本書に登場する高齢者のほとんどが無年金か国民年金しかもらっていない生活困窮者です。男性は家族の介護で思うように働けず、借金地獄になっていたり、給料が少なすぎて危険な裏バイトをしていたり。女性は嫁いでから家事・育児・介護・畑仕事をひとりで任され、外で働けなかったのにも関わらず、そのせいで将来の生活に困窮していたり、ちょっと悲惨です。

 

なんで無年金なの?と思われるかもしれませんが、若い頃にしていた仕事によって、その事情はさまざま。一番気の毒だったのは、栄の姪・洋子の暮らしです。

 

洋子は結婚後、子どもが出来ず肩身の狭い思いをしてきました。5年ほど前に、夫はよそに女をつくって出て行ったきり帰って来ません。すでに実家の両親も他界していることから行き場のない洋子は、残された姑と舅の介護をしながら暮らしていました。

 

最初に亡くなったのは舅でした。しかし姑は寝たきりではあるものの、相変わらず洋子に悪態をつき続け、言うことを聞いてくれず、ストレスのある生活は続きました。ある日、姑に指を噛まれた洋子は正当防衛の末に姑を殺してしまい・・・

 

「お姑さんは舅が亡くなった後に、遺族年金と自分の年金もあったし。でもあれだけ家のことをやってきた洋子には、何にもないのよ」(P75)

 

「洋子はこれからどうなるのよ、って。あの子は嫁に行ってから、子供ができないせいでずっと責められて虐げられて、我慢し続けて。そもそもその原因だって自分の息子にあったかもしれないのにさ。しまいには女作って蒸発してよ。正直、どこかで死んでくれたら遺族年金でも入ったのに、行方不明じゃ何も補償されないし。会社勤めなら退職金でも出るとこだけど、嫁なんてどんだけやったって何もないのさ」(P77)

 

このまま刑務所に入ってしまったら、あまりにも洋子がかわいそうだと栄は嘆きます。詳しくは書いてありませんが、洋子は舅から変な事もさせられていたみたいで、ちょっと見ていられません。そこで姑には死んでいないことにしてもらって、このまま知らんぷりして生活するよう、栄と洋子だけの間で決め、秘密にしていました。

 

 

実際にこういうニュースはありますよね。昔はお嫁さんといったら一家の使用人のように扱われていたでしょうし。誰もお嫁さんの老後のことまで考えずに。ただ働きをさせる・・みじめだし、泣けてきます。

 

このように坂田PAにはさまざまな事情を抱えた人が集まります。従業員もワケありですが、無料駐車場の方で車上生活をする人たちも問題だらけ。車内で亡くなっている人がいることも珍しくなく、絶望感が凄いです。前半を読んでいる限りだと「無年金者の苦しい生活を書いているんだなぁ。身体もあっちこっち悪くなっているのに切ないな」なんて気持ちになるのですが、後半からガラリと雰囲気が変わります。

 

これは意外でした。終始ドキュメンタリー風に進むのかと思いきや、途中から犯罪ドラマへと展開していくんですよ。ネタバレになっちゃうのであまり言えませんが、桐野夏生さんの「OUT」っぽくなっていきます。

 

 

ここが見どころ!

ある日、ちとせの携帯に死亡した元夫の保険金が入るかもしれないと連絡が入ります。数日後、元夫が保険を手続きした際に担当したという甲斐と名乗る男がちとせを訪ねて来て、あれこれ説明してきます。しかしこの男はそのままちとせの家に棲み付いてしまい、男に弱いちとせはそれを受け入れてしまいます。そんなのダメでしょ!絶対にこの男怪しいでしょ!しっかりしてよ、おばあちゃん!読者がそう思い始めると、甲斐は言います。「ねえ、この辺に溶かし屋がいるって情報があるんだけど知らない?」

 

溶かし屋って何?と、思った方はぜひ直接本書でご確認ください。安心してください。知らない方が健全です。そしてそれを知ったあとは、一体誰が溶かし屋なのか推理しながら読んでみてくださいね。私は坂田PAに集まる人間模様に夢中で、そこまで読み込むことができず、全然気づきませんでした!

 

 

おわりに

レビューには書きませんでしたが、この物語の核となる中学生と小さな女の子の兄妹にも注目です。学校にも通えず、ろくな食事にもありつけず、母親がPAに迎えに来てくれるまではふたりで待っていなければなりません。母親はお金に困っていて、車上生活者相手に「癒す」仕事をしています。正直ここも見ていられない。

 

人によっては色んな人の暮らしが交錯しすぎて集中できないかもしれませんが、筆者の参考文献にNHKスペシャル取材班の資料が多いことからも、NHKでドラマ化しそうな一冊でした。

 

生活保護は申請しても無理だろうし、国民年金だけでは生きていけないし。働きたくても高齢者をやっとってくれるところはどこも奪い合い。そもそも体力的にやっていける仕事を見つけるのが困難ですよね。最近高齢者が主人公になった小説が多いのを見ていると、この国の行く末の厳しさを反映しているようで暗い気持ちになります。

 

ただ、落ち込みそうな内容ではありますが、ちとせさん自体は明るくタフな人なので、想像よりは軽く読めちゃいます。ネグレクトされている子どもとお金のない老人の両方が書かれているところはよかったですね。

 

個人的にラストが好きです。私もおばあちゃんになったら、残り少ない共存相手を失うことに恐怖を感じたりすのかな。ひとりひとりこの世を去っていく感じってどんなものなんでしょうね。

 

以上、「無年金者ちとせの告白」のレビューでした!

 

 

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