1943年、アリューシャン諸島。アッツ島の玉砕を受けた日本軍は、キスカ島からの撤退を敢行。その際、4頭の軍用犬、北(北海道犬のオス)、正勇と勝(ジャーマンシェパードのオス)、エクスプロージョン(シェパードのメス)が置き去りにされました。

 

島が無人になったことを知らない米軍は、たった4頭しか存在しない島に攻撃を続けますが、やがてキスカ島に上陸し、犬たちを発見します。

 

そのとき既に人間から捨てられたことを理解していた犬たちは―。軍用犬から解放され、自由を謳歌する正勇とエクスプロージョンは禁じられていた交尾をし、9頭の子を出産していました(そのうち5頭が生存)。ちなみにエクスプロージョンは日本軍が米兵の捕虜から奪った軍用犬で、4頭の中で唯一「米国籍」の犬でした。

 

正勇とエクスプロージョンそして北は、生きるため新しい主をすんなりと受け入れ、米軍に保護されましたが、日本軍としての使命感が強かった勝は、敵を見たらやっつけろという教えに最後まで従い、殉死。また、エクスプロージョンも産後、たちまち衰弱し、あっけなく亡くなってしまいました。

 

こうして北と正勇、そして正勇の子どもたち5頭の計7頭が島を離れることになったのですが、本土へ移送される船の中で北が体調を崩したため、「使えない」と判断され、アリューシャン諸島に残されてしまいます。このとき北は船酔い扱いされていたのですが、実際はキスカ島を発つ前に打たれていた狂犬病のワクチンが原因で神経がやられていました。なんと北にとってワクチンはこれで3回目。それも2回目を打ったばかり。つまり過剰接種による副作用を起こしていたのでした。

 

その後、北は色々な困難を経ながらもアラスカに移り、犬橇をする主に飼われ、良きリーダーとして活躍します。優秀な種犬としてたくさんの子孫も残しました。一方、正勇親子たちは、本土到着後、米軍の軍用犬として重宝されますが、過酷な戦地で多くの子どもたちは死に、生き残ったのはバッドニュースと名付けられたオスのみでした。北と同様、バッドニュースも優秀な軍用犬として多くの子孫を残すことになりました。

 

そして物語は彼らが残した子孫が命を繋いでいくイヌたちの歴史へ、イヌと歩む「戦争の世紀」へと進んでいきます。てっきり島に残された4頭の話かと思ったら、全然違う。彼らが繁殖していく様々な犬たちのショートストーリーがたくさん埋め込まれている構成でした。

 

印象的だったのは、エクスプロージョンと正勇の子孫にあたるシュメールと北の子孫アイスの子どもたちによる出会いのシーン。

 

シュメールは軍用犬にはなりませんでしたが、その美しい見た目から、ドッグショーでチャンピオン犬を産むためのイヌとして、母業に徹します。何不自由のない暮らしを送っていたシュメールでしたが、主が事件を起こして刑務所に入ったことをきっかけに居場所を失ってしまいます。仔犬たちの引き取りてはあっという間に決まりましたが、もう出産適齢期を過ぎたシュメールは用無しとされ、買い手がつかず。おまけに大好きな子どもたちまで奪われ、すっかり落ち込んでしまいます。

 

父親に北と母親にシベリアン・ハスキー、そして祖母系統にサモエドの血を持つアイスは、不幸にも経験の浅いマッシャー(犬橇の主人)に飼われ散々な目に遭います。主人は競技で勝てないとわかると否や、あっさりと離脱し、結婚のためイヌたちが苦手な南へと引っ越し、妻に飽きればイヌたちを捨て、出ていきます。もちろん元妻はイヌの面倒をみることもなく、アイスは仲間たちを連れて逃亡を図ることにしました。

 

野犬となったアイスは外の世界でたくさんの子を作り、引き連れます。しかし、野犬狩りをする連中に追われる中、アイスは事故に遭って絶命。残された子どもたちは母親を求め震えています。そんなとき現れたのが、子どもを求め彷徨い歩くシュメール。こうして時を越え、不思議な出会いを果たした正勇とエクスプロージョン、北の子孫の物語にはいくつか感動的なものがありました。

 

他にも彼らの子孫には主人のガードマンとして殉死するもの、身勝手な人間の夢に付き合わされて漂流するものなど、残酷なストーリーがあり、犬好きの読者からすると辛いことばかりです。

 

サイドストーリーとして、ペレストロイカ当時の「死の町」を舞台にしたロシアマフィアと日本のヤクザたちの戦いや「大主教」と呼ばれる元KGB将校の強すぎる老人と彼が訓練している危険なイヌたちとのハードボイルドな物語が組み込まれています。

 

正直、ここら辺はついていけません。色んなマフィアたちが登場して、まるでヤクザ映画を観ている気分になってきます・・。とりあえずヤクザの娘が生意気で腹立ってしょうがない。

 

タイトルの「ベルカ」は大主教サマが大切しているワンコのことです。思い出のワンコ。旧ソ連の宇宙犬ベルカがモデルになっています。人間の見栄のために宇宙送りにされたかわいそうなベルカ。当時の技術では地球に帰還できなかったため、最初から死ぬことが前提で打ち上げられています。そして本書では宇宙で神となったベルカを地上にいるイヌたちがふとしたときに見上げる、どうしたらそんなことを思いつくの?と、いう作りにもなっています。

 

イヌよ、イヌよ、お前たちはどこにいる?

 

この文章が出てきたら、他の話へ飛ぶ合図です。イヌと人間の歴史を見つめる「神」がこの号令をかけると各イヌのショートストーリーに繋がっていきます。途中、このイヌって誰の系統だったっけ?この話ってどこで途切れていたっけ?と混乱するのですが、私は気にせず記憶あやふやなまま読み続けました(笑)大丈夫です。読んでいるうちに思い出してくるので。

 

私はこの本を単行本で読んだのですが、どうやら文庫版にはあとがきとイヌ系図が新に収録されていて、断然こっちのほうがわかりやすいそうです。なので、皆さんが読むときにはぜひ文庫をオススメします。

 

最後にこの本は好みがわかれる典型的な一冊だと思うので、どんな人に合うのかだけ。

 

それはズバリ犬好きか歴史オタですね。

 

テーマがイヌの世紀、戦争の世紀といった感じなので。文体も独特なので合う合わないもあるかもしれません。

 

ちょっと難度高めな本になりますが、ロシアVS中国の会話はシュールで面白いので、そこは歴史が苦手な人も楽しめそうな予感。いや~ロシアってホントに不気味なことするわと改めて思いました。

 

人間って愚かね。

 

以上、「ベルカ、吠えないのか?」のレビューでした!

 

うぉん。

 

 

読書中、この表紙を見た数人からクマの本を読んでいるの?と言われました(笑)