今回は、「金木犀とメテオラ」でファンになった安壇美緒さんの最新作レビューになります。

 

<あらすじ>

武器はチェロ。
潜入先は音楽教室。
傷を抱えた美しき潜入調査員の孤独な闘いが今、始まる。『金木犀とメテオラ』で注目の新鋭が、想像を超えた感動へ読者を誘う、心震える“スパイ×音楽小説”!

少年時代、チェロ教室の帰りにある事件に遭遇し、以来、深海の悪夢に苛まれながら生きてきた橘。ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への潜入調査を命じられる。目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠をつかむこと。橘は身分を偽り、チェロ講師・浅葉のもとに通い始める。師と仲間との出会いが、奏でる歓びが、橘の凍っていた心を溶かしだすが、法廷に立つ時間が迫り……

 

いやぁ~、面白かったです!!久しぶりの音楽小説(といっていいのか)。音楽をテーマにした小説でありがちな演奏の様子をひたすら説明するシーン。本書にはそれがありません!いや、正確には「ない」というわけではなくて、実際には「ある」のですが、それがまったく説明文になっておらず、感情移入できる文章で読見応えたっぷりなのが凄いです。もうね、演奏が聴こえてきますよ。

 

物語の内容もイイ。全日本音楽著作権連盟(全著連)の職員が音楽教室にスパイとして乗り込むというもの。もうテーマだけでも90点はいってますよね。

 

主人公は深海のような暗い過去を持った橘。橘は全著連の職員で、この度上司から昔チェロを習っていたという理由から著作権法の演奏権を侵害しているミカサ音楽教室へ、その証拠をつかむために潜入することを命じられます。

 

内容はこうです。潜入捜査は2年間。ミカサ音楽教室のチェロ上級コースで、「ポップスの演奏レッスンを希望する」といったもの。ここで集めたデータはいずれミカサとの裁判で使うものになるというわけです。

 

このミカサ音楽教室のモデルは、ずばりヤマハ音楽教室。これは実際にJASRACとヤマハの間で起きた潜入調査事件からヒントを得て作られた小説だと筆者もコチラのインタビューで語っています。

 

ちなみに「ラブカ」とは知る人ぞ知る深海魚のことで、本書では「戦慄きのラブカ」という諜報モノ映画として登場します。(その映画で使用されている曲を橘が演奏する)

 

ざっくりとした内容としては、潜入捜査で入った音楽教室だったけれど、講師が良い人すぎて裏切れなくなってくる・・・というもの。また、音楽教室を通して出会ったチェロ仲間たちの存在も大きくて、どんどん追いつめられていくといった物語。

 

橘は過去の出来事のせいで、人間不信で夜も睡眠薬がないと眠れないほどに病んでいます。しかし音楽教室のメンバーは彼が何も語らなくとも、何となくその傷を理解し、深入りすることなく見守ってくれており、とても居心地の良い関係を築けています。

 

ミカサに通い出してから不思議と眠れるようになった橘ですが、それだけに教室を去らねばならないことが苦しくなっていきます。そしていつかは自分の正体がバレて嫌われてしまうことにも恐怖心があり―・・

 

透明な壁の向こうと自分の間には、著しい段差がある。世界のありのままの姿を、オートマティックに捻じ曲げてしまう分厚い壁。みずからの不信が作り上げたその巨大な防壁が、目に映るすべてを脅威に変換してしまう。この脅威は、幻だ。手を伸ばすべき現実はいつも、恐れの向こう側にある。(P282~283)

 

さて、橘は一体この壁を、試練をどうするのでしょうか。それは本書を読んでからのお楽しみ。

 

音楽教室のメンバーも講師もみんな本当に良い人なんですよ。橘も応援したくなっちゃうタイプのキャラクターで最後まで「どうなる?どうする?」と、ドキドキしながら読めます。

 

一方、職場の人間関係は派閥だ何だと面倒くさいし、嫌味な奴もいたりでストレスが溜まりますが、そのおかげで音楽の癒しパワーが引き立たれていて、そこもまたGOOD。眠剤を処方してくれるメンタルクリニックの先生も、橘が人との付き合いを進化させていくにつれ、いい先生に見えてくるように書かれていて、凄く良かったですね。心を開くって大事なことなんだなとしみじみ。とにかく安壇美緒さんは小説がお上手です。

 

最後にJASRACの著作権使用料問題に関しては、私も「やりすぎなんじゃ」と思う面があったのですが、本書を読んでそれだけではない面も知れたのでよかったです。プロの書評家から普段読書しない層まで全体的に高評価されている作品なので、未読の方はぜひご覧あれ。

 

 

 

 

以上、「ラブカは静かに弓を持つ」のレビューでした!

 

 

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