こちらは作家・山崎豊子さんの秘書を52年間務めた野上孝子さんによる回想録になります。

 

これまでに出版した作品ごとに、当時の山崎先生の素顔に迫る構成になっているところが面白い一冊。あの名作の裏にはあんなことや、こんなことがあったのかという気持ちで、改めて山崎豊子の驚異的な取材力と根性を知ることができます。

 

まず初っ端から笑ってしまうのが、野上さんと山崎先生の関係。山崎先生は何でもズバズバ男言葉でもの申す自由人で秘書が長続きしません。一方、野上さんはそんな山崎先生とは正反対のおっとりした人・・・と思いきや肝が据わっていて、かつて山崎先生を怒らせ、「帰れ」と言われた時には、久しぶりの早帰りで百貨店に寄れると喜んで帰っちゃうような逞しさを持っています。

 

しかし、いつも上手なのは山崎先生のほうで、駅のホームで電車待ちしている野上さんを放送で呼び出して仕事に戻らせるのですから凄いですよね。

 

野上さんはちょっと天然なのかな?というエピソードもあって、たとえば車椅子を押すのが苦手で先生のことをひっくり返したことがあるとか(めちゃくちゃ怒られた)、写真撮影のときに崖ギリギリまで下がらせていたことに途中で気づき、あやうく殺すところだったとか(超超怒られた)、互いにどっこいどっこいなところもあって、だからこそ関係も長続きしたのかなぁとも。

 

本書一番のみどころと言えば、やはりひとつの作品を生み出すまでの取材や編集者とのやりとりの記録ですね。 何年にも及ぶ取材や資料集め、主人公の名前、タイトルの決定、その他もろもろ「ここまでやる作家はいないんじゃないか」と思うほど完璧になるまで誰にもGOサインを出さない拘りにはカッコよさを感じました。

 

編集者をはじめ色んな人たちが山崎豊子の新作を読みたくて動き回る姿には、込み上げるものがありましたね。

 

また、本書は秘書の野上さんが執筆されていることから、読者の多くは「で、盗用事件って結局のところ、どうだったの」と思っているわけで、私もそのひとりでした。

 

野上さんも『花宴』での盗用を自分のせいにされたときは、山崎先生にブチ切れていたことをそのまま書かれてはいますが、なぜにそのような事件が起きたのかについてはよくわからず・・・。ただ、当時山崎先生がオーバーワークで追い詰められていたことは(何の言いわけにもなりませんが)確かだったとのこと。※『不毛地帯』や『大地の子』で起きた盗作疑惑については、もう少し詳しく書かれていたかな。

 

この事件後、『続白い巨塔』のラストは少し変わることになり、財前に愚見を書かせることになったのですが、この愚見には山崎先生自身の「誤診を許してほしい」と読者に乞うメッセージが秘められています。

 

山崎先生は小説にリアリティと信憑性を持たせることに並々ならぬ拘りと情熱を見せる作家でした。作品に取りかかる前には必ず巻物のような年表を作り、史実と照らし合わしながら登場人物と物語の動きがすぐわかるようにしていました。

 

山崎先生の場合、事実を求め資料を調べる過程で、それらを脚色することなく使用してしまったパターンが多かったみたいですよね。それとも膨大な資料を読んで執筆する中で、色々な記憶が合わさった結果、類似した表現が生まれてしまったのでしょうか。盗用はいいことではありませんが、これほど苦労して作品を完成させる人がなぜそのようなことを?という疑問のほうが大きいので、永遠にその真実を知ることができず、残念です。

 

最後に山崎先生が生前書きたかった3つのテーマをご紹介します。それは、①敗戦時に割腹自殺した陸軍大将のご子息の半生、②神戸の名門船舶会社の社長の葬儀、③真珠湾攻撃で捕虜第一号となった海軍少尉の話、でした。

 

この頃は③が遺作となるなんて誰も思っていませんでしたが、ご本人だけは身体の限界を薄々感じていたのでしょうね。『運命の人』執筆時には既に疼痛が悪化し、取材にも体力気力を相当奪われていました。『約束の海』を書いている段階では、自身での取材は困難で、かわりに編集者や野上さんが駆け回っていました。

 

途中、山崎先生は、あまりの疼痛の辛さから「なぜこんなに苦しいのに仕事をさせられているんだ」と情緒不安定気味にもなったそうです。あれだけ取材に情熱を注いでいた作家が、資料やDVDから執筆をしていく部分においては、やり切れない思いもあったでしょうね。

 

このような感じで、「山崎豊子先生の素顔」というタイトルながら、ご家族のことや、作家以外の顔については全く触れられていないのが本書です。

 

おそらく、そのくらい山崎豊子は山崎豊子であり、作家人間だったということなのかもしれません。

 

触れられていないのではなく、作家・山崎豊子であることが素顔だった。

 

人気がある分、批判も多かった作家だとは思いますが、私にとっては大好きな天才作家、それが山崎豊子です。

 

絶対に自分の周りにはいない!というキャラクターが魅力的な人でした。

 

 

 

<書籍紹介>

『白い巨塔』『華麗なる一族』『大地の子』『沈まぬ太陽』『運命の人』……。現代のタブーに迫り、戦争と平和を問い続けた国民的作家・山崎豊子。その素顔と創作の現場を、52年間支えた秘書が明かす。

「秘書、求む」の張り紙を見て訪れた先は、「あんさん、二、三年持ったらええほうでっせ」と怖れられる女性作家の家――。それが、山崎豊子という渦潮に巻き込まれる歳月の始まりだった。「意見なき者は去れ」が信条の作家は、新人秘書にも絶えず感想を求め、小説をめぐって熱いバトルが続く。「小説はテーマで50点」などの小説作法から取材秘話まで。「文藝春秋読者賞」受賞の回想録に大幅加筆した決定版!

 

 

 

その他エッセイ

 

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