今回ご紹介するのは、逢坂冬馬さん「同志少女よ、敵を撃て」です。

 

 

 

 

こちらは発売当初、印象的な表紙を見て読もうかな~と思いつつも「長いし、ロシアンスナイパーの物語とか私に楽しめるかな」という不安もあって一度見送った一冊だったんです。

 

しかしその後、ロシアとウクライナが戦争を始め、何だかこの本を読むなら今なんじゃないかと気を改めて(?)手に取ってみたら大大大正解。めちゃくちゃ面白い。一気読みしてしまいました。それほど異常な面白さ。

 

もう最初からガンガン読ませてくるし、スピード感も凄いのに、それを感じさせない自然な展開に度肝を抜かれます。

 

舞台は第二次世界大戦時の独ソ戦。ある日、農業と狩りをして暮らしている小さな村にドイツ軍が現れ、村人たちが惨殺されてしまいます。この村に親子二人で住んでいるセラフィマは、当時母親と狩りに出かけており、集落から少し離れた山にいました。しかし、獲物を狩って村に帰る途中で異変に気づき、母親がドイツ兵に向けて銃を向けたものの、相手に一瞬で見つかり殺されてしまいます。

 

残った娘のセラフィマは、ドイツ兵に自宅まで連れられていき、暴行を受けそうになったのですが、そのタイミングで赤軍が現れ何とか命拾いをします。しかし村人の中で生き残ったのは彼女ひとりだけ、おまけに助けに来たはずの赤軍たちは遺体も家も何もかも焼き尽くしてしまうと言います。

 

セラフィマは焦土作戦を展開しようとする女性兵イリーナに、「思い出とともに死なせてほしい」と懇願しますが、あっけなく却下され母親の遺体にガソリンをかけられ、火をつけられてしまいます。

 

これが冒頭ですよ・・・凄くないですか。最初からハラハラしっぱなしです。

 

セラフィマはこの時点で精神崩壊状態なのにも関わらず、イリーナは「この戦争では結局のところ、戦う者と死ぬ者しかいない。お前も、お前の母親も敗北者だ。我がソヴィエト連邦に、戦う意志のない敗北者は必要ない!」

 

お前は戦うのか、死ぬのか?

 

と、質問をぶつけてきます。

 

ショックと怒りに溢れたセラフィマは、この時、目の前にいるイリーナに強い殺意を抱きます。自分の母親に火をつけ、愛する村を丸ごと焼き払ったこの女を絶対に殺してやる!と。(家族写真まで捨てられた)

 

こうしてセラフィマは、イリーナが教官を務める訓練学校に入り、一流の女性狙撃兵になることを目指します。そう、すべてはドイツ軍とイリーナへの復讐のために!!!!

 

と、なるところですが、読み込んでいくと全然そんな動機でセラフィマが狙撃手をしているわけではないと気づきます。そしてこの物語は単に女性スナイパーが育つまでの成長譚でもありませんでした。

 

なぜこの国は女性スナイパーを育成したのだろうかという疑問や、歴史に残る人物の他に彼らと同等かそれ以上の成果を上げたものの命を落として誰にも知られることのなかった名もなきスナイパーたちの存在や、「女性を守るため」に戦うといった彼女たちの信念、その他色々なことがドバ―っと頭の中に入って来て、感情が追いつかなくなりました。

 

そして歴史上の「物語」とは、語り手によってどうにでも変わってしまうという現実に暗い気持ちを抱いてしまいましたね・・。ラストでは戦争の勝者と敗者が自身のことを「心地よい英雄的な物語。美しい祖国の物語」、「いたましい悲劇の物語、恐ろしい独裁の物語」にしていると筆者は表現しているのですが、このページにはかなり攻めてるというか、よく書けたなってことが結構載っています。

 

また、戦時下における女性への暴行について、セラフィマら女性スナイパーたちが敵、味方関係なく心を痛め、決してあってはならないことだと訴えるシーンでは、多くの読者に届いてほしいメッセージがあるのだと思いました。

 

同志少女よ、敵を撃て

 

この敵とは何のことなのか。

 

女性スナイパーたちは、すべての「女性」を戦争から救うために戦っていたのではないか。

 

彼女たちは「戦時下では人は狂ってしまうから~」を言い訳に、女性を襲う男性たちを軽蔑していました。女性(兵士)目線で語られる戦争にはそれだけでもとても意味があるように感じました。同じ現場を見て、どう判断し、何を考えるか。フェミニズム文学と嫌う人もいると思いますが、この作品に関しては個人的に文句なしでした。

 

めちゃくちゃタイムリーな本なので、読んでみる価値アリです。本書には実在した伝説の女性スナイパー、リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリチェンコが出てきたり、ところどころにヒトラーの言葉やドイツ国防軍兵士の手紙を引用したものなどが書かれています。

 

面白くなかった、合わなかった、でもいいから、一度は手に取ってもらいたい一冊ですね。ちょっと本当に今のロシアを描いているような錯覚さえする不思議な気持ちになります。

 

以上、「同志少女よ、敵を撃て」のレビューでした。