今回ご紹介するのは、古市憲寿さん「ヒノマル」です。

 

日の丸は、この国の嘘を象徴している。完全な円を描く赤い太陽を見たことがある人はいるのだろうか。

 

という衝撃的な文からスタートする本書は、戦時下の日本を舞台にした一冊になります。

 

主人公は愛国少年の勇二。彼は天皇陛下万歳、御国のためなら喜んで死にます!日本が負けるわけがありません!の精神をまっすぐに信じて育った少年です。対して勇二の兄は、この国の虚像に気づきつつもそれを言葉には出さず、いつも弟の言動をやさしく見守る心優しい人でした。

 

でした・・というのは、お兄さんは戦死(ともいえない死なされ方)してしまうからです。

 

勇二は兄が戦地に送り込まれる少し前に、涼子という年上の美少女と出会います。涼子はこの時代の人間がこんなことを人前で言っても大丈夫なの?というくらい日本の体制を批判しまくり、勇二を驚かせます。

 

はじめは「日本は負ける」だの「天皇は神様ではない」「もしそうなら、なぜ今の天皇は空を飛べないのだ」だの好き放題言いまくる涼子に、自分が教育してやらなければ大変なことになる!!と必死だった勇二。しかし、会うたびに互いの意見を衝突させ、喧嘩していくうちに、これまで信じて疑わなかったことにも何か誤りがあるような気がしてきます・・。

 

本書が面白いのは、対立する二人の意見そのどちらもが、結局は相手を防衛してあげる要素になっているところです。そして、そんなやり取りを通して勇二は涼子に恋心を抱いてしまうのですが・・・・

 

なんと涼子は兄の恋人だったというオチ。

 

ただ、ここからが物語の本編なんですよ。この物語は勇二が兄カップルと過ごすわずかな時間の中で、「自由」や「夢」とは何かを模索していく過程がひとつの山場になっています。

 

そのうち兄が死に、ひとり残された涼子の身に悲劇が起こり、ひとつひとつの「愛」を失っていく度に、今まで喜ばしいことだと信じていた「死」が悲しく、辛いものだと目を覚ます勇二。

 

大切な人の死が、大切な人の身に起きた辛さが、幸せのわけがない。

 

ごめんなさい。え?これ本当にあの古市さんが書かれたんですか?というほど登場する家族、友人、想い人すべてに愛があって、その愛がこてこての軍国主義だった勇二の心を動かしていくんです。

 

もう、想像以上に恋愛小説ですよ。それでもって、台詞のひとつひとつの重みが凄いです。

 

一体この物語はどこに着地するんだろう?と最後までわからぬまま読めたのも良かったし、終わり方もまた「え?古市さんってこんな映画のワンシーンみたいなラストを書く人なんですね」という、もう何度目か忘れた衝撃が来ました。

 

読み終えた後もずっと登場人物たちが脳内で生きていたなあ。個人的には勇二の親友の行動に泣けました。あの時代に自分のあんな秘密を明かすことはできなかっただろうなぁと。だからこそ、その内容がハッキリと書かれていないところもリアルで切なかったです。

 

きっと「永遠の0」が好きな人なら、本書も好みなんじゃないかと思われ。

 

最後に印象に残ったシーンを紹介してさよならします。

 

勇二が兄に「大義」を読みたいから貸してほしいと頼んだら、お前には必要のない本だと言われたシーンにて。

 

「啓介にも言われました。一体、『大義』には何が書いてあるんですか」

 

「お前がいつも言っているようなことだよ。自分の思想を再確認して安心するような本を百冊読むよりも、常識を揺るがしてくれる本と一冊でも出会えたほうが価値がある。あまり偉そうなことは言いたくないけど、読書に関しては兄貴面をさせてもらうぞ」(P116)

 

以上、「ヒノマル」のレビューでした。

 

 

 

今となっては、血潮が高鳴るような赤い真円ではなくて、面積の大半を占める白い空白こそが、日の丸の本質だったのではないかと思ってしまう。(冒頭より)