今回ご紹介するのは、宇佐美まことさん「愚者の毒」です。

 

こちらは宇佐美作品の中でも私が特に好きな一冊になります。最近は至るところで貧困や社会の二極分化をテーマにした作品を目にすることが多いですよね。私自身もそれらを好んで読んでいるのですが、今からレビューする「愚者の毒」は、とてもテーマに忠実で丁寧な作品です。読み応え抜群なことはもちろん、読者を感情移入させてくれる物語なので、宇佐美作品を未読の方にぜひオススメしたい一冊です。

 

 

あらすじ

一九八五年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。全ての始まりは一九六五年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった…。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは?衝撃の傑作!

 

 

 

チェルミーポイント

三部構成で時代が変わっていく!

第一章【武蔵野陰影】

主に1985年の回想シーン

第二章【筑豊挽歌】

舞台は突然1965年の筑豊に移ります(物語の核)

第三章【伊豆溟海】

時は2015年の高級有料老人ホームにて難波葉子が語るシーン

 

急にこんなことを書かれても読む前までは何のこっちゃ?という感じですが、読めばわかるので!ココ大事です。この三部構成によるトリックに騙されること多し!

 

 

感想

貧困よりも飢餓よりも恐ろしいもの。それは絶望。

 

これは本当のどん底を見た人にしかわからない感情なのだと思います。

 

貧困について語るとき、「お金持ちにだって金銭的な苦労がある」という批判もセットで来ることは想定内。しかし、この本に出てくるような人たちは、個人の努力ではどうしようもない理不尽さを味わいながら生きていく宿命を背負っており、スタート地点から大きなハンデを抱えています。そして社会は彼らが光の世界へ這い上がって来れないように循環させていく・・。運命とは残酷で、神も仏もいない、そんなことを改めて考えさせられます。

 

本書は高級有料老人ホームに入居している一人の女性が語りを担当し、物語が進んでいきます。

 

この女性は一体誰なのか。はじめはてっきり”あの人”だと私は騙されてしまったのですが、本書はこのように最後まで物語の本質が見えて来ないのが面白さの一つです。

 

職安で出会った葉子と希美。二人は共に「闇」を抱えて生きています。しかし互いにその「闇」を打ち明けることなく、永遠の別れを迎えることになり・・・・。

 

物語は1985年と1965年のふたつの時代の過去へ遡ります。

 

借金返済に追われ、ついには焼身自殺を図った妹夫婦。唯一生き残った失語症の甥を育てることになった”保証人”の葉子。そんな彼女の力になりたい希美。しかし、希美には誰にも言えない秘密がありました。(ちなみに甥っ子は後のキーパーソンになる)

 

希美には廃坑集落で貧困に喘ぎながら育ったという生い立ちがあります。しかもそこから抜け出すために彼女はある人を巻き込んでしまい、十字架を背負ってしまった過去が・・・・・。ヘビー版白夜行みたいな感じ

 

石炭が求められていた時代では奴隷のように働かされた人たち。落盤事故で亡くなった人や一酸化炭素中毒で後遺症を負った人を見捨てた社会。やがてエネルギーの転換により廃鉱になったのを幸いとばかりに、すべての責任から逃れ、坑夫やその家族たちに起きたことを無かったことにした社会。

 

廃坑集落で暮らす、生活保護以外に収入のない人々。そこに巣食う高利貸し屋。そして差別、差別、差別。希美の一家は父親がCO中毒の後遺症になったことで散々な目に遭ってきました。

 

読めば読むほど悲惨の一文字しか出てきません。決して貧困から抜け出した後も幸せにはなれない事実。むしろはやく死んでしまいたいとさえ願っていること・・・死が救いになっていることが辛かったですね。

 

読んでいてこんなに辛い気持ちになるのには理由があります。

 

それはこの物語には「闇」だけでなく、「光」があるからです。

 

よく「光」を知るためには「闇」を知らなければいけない、など言いますが、これはその逆ですね。「闇」を知るために「光」を知る感じ。

 

ずっと「闇」しか知らなかったのに、あたたかな人たちの心に触れてしまったせいで、「光」を知ってしまったせいで、より闇が深くなってしまう苦しみ。これほど怖いことはないのではないかと思いました。

 

だからといって、希美がしたことはゆるされることではありませんが、生まれてから死ぬまでずっと不幸なことには変わりないんですよね。

 

こんなことを書いていると、私は希美に同情し過ぎているヤツと思われそうですが、それはちょっと違います。確かに葉子も希美も気の毒ではありますが、私が感情移入してしまうのはもっと他のところ。なんというか、この物語は人間の持つ闇の部分を堂々と抉ってくる感じがするのです。まるで自分の狡さも炙り出されていくような気持ちに・・。

 

だからこそ先が苦しくなってくるんでしょうね。

 

「身の内に毒をお持ちなさい。中途半端な賢者にならないで。自分の考えに従って生きる愚者こそ、その毒を有用なものに転じることができるのです。まさに愚者の毒ですよ」

 

これは作中にあるフレーズです。あまり詳しく書くとミステリーの面白さが半減してしまうので、言いたいことが言えず歯がゆいのですが、ラストになれば意味が繋がる衝撃の一言を説明しているとだけ残しておきます。

 

最後に、表紙を見て読む気になれないなーという方へ。ぶっちゃけこの表紙はめちゃくちゃ意味のあるデザインなので、ぜひとも物語を読んでほしいです!あえてコレなんです!二章に突入するまではピンとこないかもしれませんが、私はこの古写真のような表紙が気に入っています!あ、写真って言っちゃった。そう写真を描いているのです!

 

希美が誰を何に巻き込んでしまって苦しんでいるのかを含めても、気になるよーという方はぜひ本書を読んでみてくださいね!(個人的には葉子の生き方が見ていて悲しかった)

 

以上「愚者の毒」のレビューでした。

 

結局、「環境」から抜け出せても、生い立ちで傷ついた心まで癒すことはできないのでしょうね・・・・

 

 

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