チェルミー図書ファイル184

 

 

今回ご紹介するのは、長江俊和さんの「出版禁止 死刑囚の歌」です。

 

こちらは、深夜番組「放送禁止シリーズ」で多くの熱狂的なファンを生み出した長江俊和さんのフェイクドキュメンタリー小説になります。

 

小説というよりは、ルポルタージュや雑誌を読んでいるような感覚になる一冊。「本書は、実際にあった事件を取材した、数編の記事やルポルタージュを編纂したものだ」なんて文章からはじまる構成からしても、本書がいかに優れたフィクションかお分かりいただけるかと思います。

 

 

あらすじ

『出版禁止』は第2弾も、やっぱり、すごかった! 幼児ふたりを殺した罪で、確定死刑囚となった男。鬼畜とよばれたその男、望月は、法廷でも反省の弁をひとことも口にしなかった。幼い姉弟は死ぬべき存在だった、とも――。本書の「編纂者」はこう書いている。「人の悪行を全て悪魔のせいにできるなら、これほど便利な言葉はない」。あなたには真実が、見えましたか?(Amazonより)

 

 

 

 

冤罪なのか

1993年の2月、千葉県柏市で「姉弟誘拐殺人事件」が起こります。殺されたのは同市在住の小椋須美奈ちゃん(6)と亘くん(4)。彼らは前日から行方不明になっていましたが、ホームレスの男が「二人を殺害し、雑木林に埋めた」と自首してきたことで、事件の内容が明らかになります。

 

男の名前は望月辰郎(46)。望月はその残忍な犯行とまったく反省が見られないことから2011年に死刑が執行されます。しかし最期までその犯行動機は謎のままでした。

 

・・・と、こんな感じで、物語は事件の真相を追ったライターの取材内容や記事、裁判記録などを通してなぜ望月が幼い子どもを殺めることになったのかを読み解いていくことになります。

 

 

時は2015年。東京都墨田区向島のマンションで一家が何者かに襲撃され、両親は死亡、一人娘も意識不明の重体で発見されます。ずばり物語が動き出すのはここから。なんと驚くことに、この一家は22年前に起きた「柏市姉弟誘拐殺人事件」の被害者だったのです。

 

それだけではありません。

 

奇妙なことに、三人の口には、くしゃくしゃに丸められた紙が押し込まれており、その紙を調べると、かつて望月辰郎が獄中で書いた和歌が掲載されている雑誌だということがわかりました。当たり前ですが、この時すでに望月は亡くなっています。それなのに、まるで22年前の事件を思い出させるようなこの手口。一体一家を襲った犯人は誰なのか。小椋一家は憎まれているのか。警察もライターも事件を調べれば調べるほど真相がわからなくなります。

 

 

和歌の秘密

この事件の真相にたどりつくには、望月の書いた短歌を解読する必要があります。しかし、本書にはそのネタバレがされておりません。どうやら自分で読み解くしかないようです。真実を解明した人には筆者から郊外禁止令が敷かれていたくらいですからね。私にはどうもここに筆者の思いが込められているような気がしてなりません。

 

というのも、望月は凶悪犯としてふさわしい経歴の持ち主でした。4歳で母親を亡くし、7歳で父親が殺人事件の容疑者となり自殺。その後「鬼畜の子」として親戚の家をたらい回しにされ、最終的に児童養護施設に入所します。19歳の時、苦学して国立大学に合格、卒業後は高校の教師になり職場で出会った同僚と結婚。長女にも恵まれ、幸せの絶頂だったはずも突然学校を辞め、ホームレスとなり、柏市事件を起こしてしまいました。

 

学校を辞めるにあたった経緯については、ネタバレになってしまうので書きません。ただ、その理由を知るとますます読者は、彼が殺人犯になったことに納得してしまうのだと思います。こんな経歴と事情を抱えていれば狂って当然だ。マトモな人間になんてなりはしないと。

 

本当にそうなんでしょうか。私たちはあまりにも犯罪者になる人間というものの背景に偏見やイメージを持ちすぎていたりはしないでしょうか。そのせいで真実を見落としてしまってはいないでしょうか。

 

本書では冒頭に、なぜそのような事件が起きたのかを知るには、犯人の動機を知る必要があると言っています。ただ犯人が捕まればいいのではなく、なぜそうなったのかを知りたいという気持ちがライターを動かしています。気をつけてください。読者は望月を知るほど、彼をかわいそうな人生の末に狂ってしまった人としか思えなくなるでしょう。すべてを知る前に、まず自分の頭の中を真っ白にしてください。

 

傷ついた心を慰める方法は他者を傷つけることだけなのでしょうか。本当に?そこを筆者はきちんと読み込めという意味で、ネタバレなしの課題を与えているのだと思います。

 

 

まとめ

事件の真相を追ったライターですら、望月を不幸で狂った人間だという前提で見ていました。人は自分の主観で他者をつくりあげているからこそ、事実と真実の違いに気づけないのだと思いました。

 

本書は「はじめに」から、事件の核心に迫るような文が出てきます。

 

 最後に、本書を編纂して感じたことを述べる。「悪魔」という言葉は人類の最大の発明だ。人の悪行を全て悪魔のせいにできるなら、これほど便利な言葉はない。

 

「神にしか人を裁くことはできない」

 

そう断言する望月がなぜ裁判では「悪魔の声に従って殺した」などと言うのか。

 

人は神にしか裁けないといっているのに。

 

これから本書を読む方には、この言葉に隠された望月の真意をヒントに読み解いてほしいです。

 

さいごに・・

 

望月の綴った「鬼畜の和歌」には、社会が作り上げた被害者に対する同情と加害者に対する憎悪で溢れています。いかにも残虐であからさまな挑発な言葉に、私たちはそこにあるもう一つの真実を見逃してしまうでしょう。死刑、虐待、無戸籍、イジメ、色々なしかけから真実をつかむのが難しい一冊でした。

 

ぜひご自身で考えながら読んでほしいので、今回はネタバレはなしのわかりにくいレビューになってしまい申し訳ありません。興味の持った方は、グイグイ読ませてくれる本かつ時間も取らない本なので手に取ってみてください。

 

以上「出版禁止 死刑囚の歌」のレビューでした。

 

 

長江 俊和(ながえ としかず、1966年2月11日- )は、日本のテレビディレクター、ドラマ演出家、脚本家、小説家、映画監督。大阪府吹田市出身。フェイクドキュメンタリー、ホラー、サスペンスものを得意とするが、バラエティ、コメディなども手がける。代表作は『放送禁止』、『富豪刑事シリーズ』など。(wiki参照)

 

 

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