チェルミー図書ファイル176

今回ご紹介するのは、安曇潤平さんの「山の霊異記 ケルンは語らず」です。
こちらは安曇潤平さんの山岳怪談「山の霊異記」シリーズのひとつになります。
一応これまでの作品として、『山の霊異記 霧中の幻影』、『山の霊異記 幻惑の尾根』、『山の霊異記 赤いヤッケの男』、『山の霊異記 黒い遭難碑』があります。(すみません、もしかするとまだあるかもしれません)
筆者の安曇さんは山と酒をこよなく愛する山岳怪談作家。語りも上手く、山岳怪談コメンテーターとしてテレビでも活躍しています。
そんな安曇さん曰はく、多くの怪談話は「実話という骨子に、山の情景描写や登場人物の会話などを肉付けしており、書かれている内容の全てが実話ではない」そうです。
恐怖度としては星ひとつ。そんなに怖くはないので、夜中に読んでも大丈夫です。ただ山で読むのはやめたほうがいいでしょう。
BOOKデータベースより
雪山の避難小屋に響く、ドアを叩く音と叫び声…その意味を理解した瞬間、猛烈な恐怖にとらわれる(「雪山の叫び」)。北アルプスの雄大な自然の中、一人テント泊を楽しむ男が目撃した、異様な光景とは―(「奥又白池の残影」)。数々の奇跡的な生還を遂げた山男が、屏風岩の登攀でパーティに頼んだ切実な願い(「不死身の男」)。現実と地続きでありながら、異界としての山の風景と霊気を存分に堪能できる21篇。本当に怖い山岳怪談。
登山経験者なら、ひとつやふたつ不思議な体験をしたことがあるのではないでしょうか。本書にはそんな山岳体験談が21話収録されています。目次だけでも興味をそそりますよ~。「埋まっていたもの」「鈴の音」「足」など意味深なタイトルが多いです。
1話が短いので怖がる前に終わってしまいます。リアルな話ほどフワッと霊の正体もわからず終わってしまうのでご注意を。あくまで日常のリアルさが欲しい人にオススメします。ド派手なエンターテイメント向けではございません。
ここではあまりネタバレしないように、お気に入りの2作品だけレビューします。
さっそくですが、以下をご覧ください。どうぞ。
ブランコ
山でブランコ?いったい何のこと?と思いますよね。でもカンのいいかたなら、この時点で想像つくかもしれません。
それはある2人の男性が登山に行った時のこと。途中でひとりが用を足したいと、登山道を外れ、杉林の中に消えました。数分後、帰ってきた男性はどこか様子がおかしく、相方が「どうしたの?」と聞いても「あとで話す」と曖昧な笑みを浮かべます。
そこから2人は微妙な雰囲気のまま登山をし、山を後にしたのですが、帰宅途中によった蕎麦屋で再度先ほどの質問をすると、男性はこんなことを言いました。
「林の中に入って、いざ用を足そうとしたら若い女の笑い声がしたんだよ」
「それで声をする方を見たら、林の中にひときわ大きな杉の木があって、そこにブランコが下がっていたんだよ」
「ブランコには若くてきれいな女性が立ちこぎしていて、楽しそうに揺れていてさ」
はい。皆さんももうピンときましたよね。首吊り死体です。この男性は突然のショックに現実を受け入れられず、幻想を見てしまったのでしょう。すかさず友人から携帯電話を渡され「今すぐ警察に電話しろ」と諭されていました。
それにしても、きれいな女性って・・。死体を見ても彼は本当にそう思ったみたいです。不思議ですね。これは霊に呼ばれちゃったのかなぁ。
綱引き
山小屋で同室になった50歳過ぎの男性が話してくれた怪談話。これが実に奇妙です。
それは結構前の出来事。その人は山でテントを張って一夜を過ごしたのですが、お酒を飲み過ぎてしまい、夜中に何度も用を足しに行きました。自分でも呆れるくらいトイレに行き、ようやく就寝したのですが、深い眠りに入ってからも尿意で目覚めてしまいました。そして起き上がろうと思った瞬間、どうやら金縛りになってしまったのだとか。
その時です。体だけでなく、瞼さえも開けなくなった男性の足を何者かがテントの外へと引きずり出そうとしました。助けてくれ!そう思ったら、今度は別の誰かが両腕を水平な位置から引っ張ってきました。この時、男性は腕を引っ張ってくる人のことをテントから引きずりだそうとする者から守ってくれる守護霊だと勘違いしたそうです。
しかし、どんどん胴体に強烈な痛みを感じた男性は、腹や胸の筋が切れるような嫌な音が聞こえはじめてきました。
「これは守護霊なんかじゃない!こいつらは両方とも悪魔だ!そう気づいた時には遅くて、体はまっぷたつに千切れちゃったんだよね」
・・・・・。
えっ?ってなりますよね。この人死んじゃったの?なんでここにいるの?って。
「その後、俺はどうなったと思う?俺は滝谷ドーム中央稜の下部で、胴体が二つに千切れた遺体として発見されたんだ。結局滑落死として処理されたのさ」
「ちょっと俺、用を足してくるね」
そう言うと、男は去っていきました。
ん~ヤバイ。これは警告系幽霊ですよね。ここのスポットが危険だから気を付けなさいという。山には登山者を道連れにする霊と、危険から守ってくれる霊の2種類がいるように思えます。どちらに出会うかは運次第?それとも日頃の行いや山を大事にする思いなのでしょうか。
感想
山にまつわる不思議な話は、私も母から聞いたことがあります。
母が昔、10人くらいで登山をしていたときに、ずっと人数を確認しながら登っていたら、ある時から”ひとり”増えていたことに気づいたそうです。けれども他の登山者がついてきた可能性もあるし、みんな自分のことで一生懸命で周りを見る余裕もなく、ひたすら頂上を目指したのですが、難所を越えたところで点呼をすると、もとの10人になっていたのだとか。
全員集合したときに「11人いたよね?」という話題になったら、先頭にいた人が「途中から自分の前にずっと知らない人がいた。その人が先導してくれる通りに登っていったら無事に辿りつけたんだ」と言い・・・。
「難所を越えたところで人数確認をして、振り返ったときには姿を消していた」そうなんです。
その山では時どき似たようなことがあり、遭難した人を案内してくれたり、危険を知らせてくれる霊がいたみたいなんですね・・。まさかその守り主に自分たちが遭遇するとは思わなかったと母たちが一番驚いていて、そんなことが本当にあるのだなと思った話でした。
でも確かに山には神秘的な怖さというか、心でしか感じられないような恐怖感がありますよね。木々に監視されているというか、本当に何とも言えないのですが油断していると簡単にのみ込まれてしまうような気配がします。ある意味「死」の世界に足を踏み入れてしまった感じすらします。もしかしたら本来山は人間が入っていい領域ではないのかもしれません。
怖がらせるつもりはなかったのですが、もしこの本のレビューが怖かった方がいたら申し訳ありません!でも、書いてある内容自体は至って怖くないんですよ。登山者でなければ特に。
登山するときには、山に感謝し、山に住む生き物の領域を荒らさないように心することが大切だと思いました。皆さんも登山の際は、くれぐれもお気をつけください。
以上「山の霊異記」のレビューでした。