チェルミー図書ファイル160

 

 

今回ご紹介するのは、村田沙耶香さんの「消滅世界」です。

 

こちらは【チェルミーの読書日記】の中でも閲覧注意本として指定されている一冊。なぜって?それは読んでいて気持ちが悪くなるから。実際に主人公もよく吐いていますし、読者もそれにつられて吐き気や不快感を催すような世界観になっています。気持ち悪い、理解できない、コワイ、と思うほど、何だか村田さんの戦略にハマっているような気さえします。

 

一般的にコワイやら変わってるといわれる『コンビニ人間』より、ずっとクレイジーなのが本書です。おのずとこちらのレビューもグロッキーになりますが、少々お付き合いくださいませ。

 

 

 

 

あらすじ

「セックス」も「家族」も、世界から消える……中村文則・岸本佐知子氏驚愕! 朝日、読売、東京・中日、週刊読書人他各紙で話題。日本の未来を予言する圧倒的衝撃作。

世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍的に発達した、もう一つの日本(パラレルワールド)。人は皆、人工授精で子供を産むようになり、生殖と快楽が分離した世界では、夫婦間のセックスは〈近親相姦〉とタブー視され、恋や快楽の対象は、恋人やキャラになる。そんな世界で父と母の〈交尾〉で生まれた主人公・雨音。彼女は朔と結婚し、母親とは違う、セックスのない清潔で無菌な家族をつくったはずだった。だがあることをきっかけに、朔とともに、千葉にある実験都市・楽園(エデン)に移住する。そこでは男性も人工子宮によって妊娠ができる、〈家族〉によらない新たな繁殖システムが試みられていた……日本の未来を予言する衝撃の著者最高傑作。(Amazonより)

 

 

※今回は感想するにあたり、どうしてもネタバレを含んでしまいます

 

 

恋愛のない世界

村田さんといえば『殺人出産』でも人々がセックスではなく、人工授精で妊娠出産をする世界を描いていました。『消滅世界』でも同様に、人々はセックスをやめ、人工妊娠のみで出産をするのですが、この世界の住人は、基本的に家族を作ることすら躊躇しています。おまけに子どもを産むのを嫌がる人すら多いのです。

 

人工授精のみで繁殖するようになった世界では、異性とは将来子どもを育てる際に必要な経済的パートナーとしか見なされないようになっていました。そうなると、人々の意識からは生身の人間に対する欲望は消え、恋愛という概念もなくなったのです。

 

それでも結婚制度は健在なので、人々は適齢期になれば”家族”を見つけ、異性と結婚します。もちろん家族に恋愛感情を持つことはありません。一応、”本能”の名残りなのかアニメのキャラクターと疑似恋愛を楽しんだり、ヒト同士で付き合う人もいますが、そこに私たちが想像するような愛情はありません。

 

正常が変わる

恋愛のない世界でも結婚する理由。それは一人きりで生きる寂しさから逃れ、家族のいる安心感が欲しいから。そう思い込んで結婚する夫婦が多かったのですが、本当の理由は男性が子どもを得るには女性と結婚するしかなかったからです。

 

また、女性は経済力さえあれば、一人で子育てが可能です。孤独を埋める相手なら、異性よりも同性同士の方がずっといい。やがて女性たちは、気の合う女友だちと一緒に暮らす方が快適に過ごしていけると考えるようになりました。

 

「何で結婚しないの?」から「何で結婚してるの?」の世界へと価値観が変化する世界。これまでの正常が異常となり、異常が正常になることを主人公の雨音以外はすんなりと受け入れていきます。

 

家族制度廃止

この世界では、千葉県が実験都市として家族システムを廃止し、新たに「楽園システム」を設け、子どもを育てていました。「楽園システム」とは、コンピューターによって選ばれた千葉県民が人工授精をし、産まれた子供はセンターの職員と県民全員がおかあさんとなって育てるというもの。

 

子供には名前がつけられず、番号がふられ、どの子も「子供ちゃん」と呼ばれています。一方、子供は住人すべてを「あかあさん」と呼びます。

 

楽園システムで育った子供は、家族システムで育った子供よりも、均一で安定した愛情を受けることで精神的に安定し、頭脳・肉体とともに優秀であることが証明されています。家族システムに欠陥している不公平なリスクを子供が負うことはなく、すべての子供がたっぷりと愛情を受けて育つことができるのです。

 

さらに実験都市では男性の人工妊娠も成功しています。ここでは婚姻制度が廃止され、すべての人が「おかあさん」になる準備を整えます。また、住人になるためには、家族を作ってはいけないので、一人暮らしをしなければなりません。

 

超個人主義社会

おかあさんの仕事は簡単です。住人全員がおかあさんなので、自分ひとりに負担がかかることはありません。気が向いたときに公園に行き、子供ちゃんと遊んであげればいいのです。子供ちゃんの行動はすべてセンターによって管理され、全員同じ髪型、同じ洋服、同じような笑い方・話し方をします。

 

全員があかあさんになる世界で人間は、ますます恋をする必要がなくなりました。街中に大きなお腹をした男女が溢れかえり、公園には私たちの「子供ちゃん」がたくさん走り回っている。平日は仕事をして、土日は思いっきり子供と遊び、自宅では一人優雅にのんびり過ごす。人類が皆、家族の世界です。

 

この生活を続けていると人間は、マイペースに生きることが当たり前になり、他人と生活すること自体が不快になっていきました。異性とは、かなり前から必要な存在でも何でもなくなった世界。人類が皆、おかあさんであるなら、誰と誰が親子関係だのという概念もありません。この世界に家族は存在しなく、それぞれが自由に生きているだけなのです。

 

核家族から、ひとり暮らし世帯が増加する現在の日本。家族の消滅はリアルでも刻々と起きているといっていいでしょう。

 

チェルミーポイント

『消滅世界』では、夫婦間のセックスは近親相姦に値します。家族とは、外で被っている仮面を脱いで、ありのままの姿を見せられる存在のことで、ちょうど兄弟姉妹のような関係をいいます。

 

夫婦間に恋愛感情はありませんが、互いに外で恋人を作ります。彼らは恋愛感情を汚い物と考え、そのような感情は大切な家族に持ってはいけないと思っているのです。いくら恋人であろうが体の関係を持つことはありません。そんなことをしているカップルがいたら時代遅れのレッテルが貼られますし、原始的な行為をしていると軽蔑されてしまいます。

 

雨音はそんな時代に自然妊娠で産まれた子供です。当然、周りに知られたら変人扱いされてしまいます。雨音の両親は自分が信じる人間の在り方で出産しましたが、現代においてその価値観は正常ではありません。

 

雨音は今の世界の正常を受け入れつつも、両親の持つ正常を体の中に隠し持っています。雨音は最後まで自分が持つ異常な部分を上手く認められずに、この世界に染まっていきます。

 

この世界には、私たちの住む世界にあるような悩みは存在しません。性的指向、未婚、既婚、子持ち、そんなことは問題にすらなりません。

 

そんな世界で「悩み」が生まれるとしたら、人間としての本能を残して苦しむことだと思いました。人に恋愛感情を持ってしまった、性的欲求を抱いてしまった、好きな人の遺伝子残したいと願ってしまった。そんなことが悩みになるのかなと想像します。

 

本書を読む中で、夫婦間では恋愛しないといいつつも、恋人を作る感覚は理解できませんでした。いくら潔癖な交際だったとしても恋愛をするのなら、それはやはり本能に従った行為なのではないかと思うんですよね。そこには少し、人間のご都合主義的なものを感じましたね。

 

結局は、この世界の住人も恋愛がめんどくさくて離れていったのだと思いますが、男性の性欲がどういった過程で消滅していったのかは、もう少し説明がほしかったです。

 

『消滅世界』はとてもクレイジーな世界ですし、内容も本当にグロいです。それに反し、村田さんの文章は至ってマトモで読みやすい。大勢いる小説家の中でもとにかく読みやすい文章です。村田さんの世界観はハチャメチャに見えるかもしれませんが、文章自体を読むとかなり普通の人に思えてきます。

 

感想

2021年の出生数は予定より10年はやく80万人を割ると推測されているそうです。おそらく誰もが一度は、少子化が進んだ先にある世界を想像したことがあるのではないでしょうか。

 

日本はお見合い結婚から自由恋愛と変化し、現在はマッチングアプリで結婚相手を探したり、生涯独身を貫く人が増加したりと確実に変化の波は続いています。

 

少し話はズレますが、本書とぜひ合わせて読んで欲しいのがコチラの本になります。

 

この本の著者酒井さんは、日本の処女史を通して恋愛の歴史を考察しているのですが、そこでは日本もやがて『消滅世界』のようになるのではないかと記しています。

 

たとえば酒井さんに言わせると、アイドルやアニメキャラに夢中になる「オタク」は、最先端の恋愛観を持っている人たちなんだそうです。初めは世間から白い目で見られていた彼らの行動でしたが、今では誰もがオタク的な心情を持つ世の中へと変化しています。

 

確かに恋愛離れを感じる一方で、アイドルブーム、アニメキャラ崇拝は勢いを留めることがありませんよね。YouTubeで恋愛ソング動画のコメント欄を見ていても、最近の若者は面白いコメントを載せていることがよくあります。

 

 

泣ける恋愛ソングを聴いて

「恋愛未経験だけど失恋すらしたくなった」「カラオケでこの曲を号泣しながら熱唱したあとに、そういえば自分が童貞だと気づきました」「男だけどこの人の元カノになりたい」

 

・・・(笑)

 

 

「恋愛未経験だけれど、歌や漫画などで恋愛を想像するよ」という人がたくさんいるのですが、「恋愛って本当にこの歌詞みたいなものなの?」と、どこか他人事のように楽しんでいる感覚さえあり、それでコメント欄が盛り上がっているんですよね。既に恋愛のバーチャル化が始まっているような気がします。一方同じ曲を聴いてコメントを残す40,50代の人たちは、自身の10代の頃の恋愛を思い出して感傷的になっており、そのような世代間のギャップが酒井さんの仰る「時代による恋愛観の違い」を示しているようで興味深いです。

 

スマホで連絡を取るのが主流の今は、直接会話をする機会も減っています。電話が苦手な人だって多いです。また、子供の娯楽であったゲームも、今はわざわざお友達の家まで行かなくても”通信”でプレイすることができます。家族団らんのテレビから、個人で楽しむYouTubeへ。こうして人同士の交流に距離が生まれると、恋愛離れが起こるのも普通なのかもしれませんね。

 

だからといって、チェルミーはこれが別に悪いことだとは思いません。なぜなら、この流れも時代の変化であり、自然なことだからです。今はそれが世の中の普通であり、どうせいつかは古い価値観になります。

 

昔は小説なんて読むヤツはバカになる!と言われ、次は漫画なんて読むヤツはバカになる!と言われましたが、今ではそんな価値観など存在しません。むしろゲームばかりしてないで、本を読め!です。そのゲームもファミリーコンピューターから個人ゲーム機へと変化し、親しい人と楽しむ遊びから、ネット上の見ず知らずの人と国籍問わず楽しむ遊びになりました。

 

そのうち、どんどん個人に特化した遊びが生まれ、ブームになり、いつの間にか「たまにはスマホで他人と交流しなさい!」なんて世の中になったりして。

 

家族の繋がりがどんどん薄くなりつつある今、個人主義的な生き方がもっと加速していくのには納得できますね。人間は新しさを受け入れるのか、諦めるのか、取り残されるのか、忘れずに生きるのか、色んな感情を載せて次の時代をつくっていくのでしょう。

 

90年代までは自己主張を存分に発揮したスタイルを好み、個性とやらに走っていた日本人も、今はユニクロが人民服のようになっています。見た目は一億総ファッション化しても、ありとあらゆる場所におひとりさま様式が存在し、内面はどんどん個人化しているのも興味深いです。

 

チェルミーはどうだろう。おそらく今日考えていることは、一か月後には変わっているし、時代が正常をつくるのか、自分の定めた正常しか認めないのかすらわからないかも。

 

『消滅世界』は、性的描写がエグくて拒否感が半端ない作品でしたが、そう思う時点で自分の中にも現代人が持つ最新式の潔癖指向があるのかもしれません。

 

以上、『消滅世界』のレビューでした。

 

※この本の内容はパラレルワールドの世界を描いています。未来の日本ではないのでご注意を。