チェルミー図書ファイル120

 

お稽古サロン Chez-Miki blog Since March 2011より

 

今回ご紹介するのは、山口恵以子さんの「トコとミコ」です。

 

オススメ度★★★★☆

・大河ロマン好きにオススメ

・二人のヒロインが魅力的

・ラストが少々ドタバタしていたので星四つ、しかし面白さでは星五つ!

 

あらすじ

昭和二年、六苑伯爵家の令嬢・燈子(とうこ)の遊び相手として、小石川に居を構えるネオ・ルネッサンス様式の洋館に通うことになった、六苑家の職員の娘・美桜子(みおこ)。ふたりはトコとミコと呼び合いながら、主従を超えた愛憎関係に結ばれ、その後90年にわたる激動の時代をともに生きることになる―二人の運命はからまり、傷つけあいながらどこに終着するのか。敗戦後の日本で数奇な運命を辿りつつ、気高く生き抜く女性の強さが心に響く大河ロマン。(Amazonより)

 

こちらは華族令嬢の燈子(トコ)とその遊び相手になった家扶の娘美桜子(ミコ)の物語になります。数奇な運命にもてあそばれつつも、互いを思いやり、時に憎みながら、激動の昭和、平成を生きた女性二人の生涯をご覧ください。

 

 

 

伯爵令嬢と使用人

トコとミコは真逆の性格。トコが穏やかで素直でまったく欲のないTHEお嬢様だとしたら、ミコは活発で器用で自分の手で運命を切り開いていくガッツのある持ち主。トコができないことをミコが支えてあげるというのが二人の関係性でした。

 

いつもニコニコしていて怒ることなどないトコ。ある日、ミコはトコがバザーに出品する予定だった手作りの英国刺繍にココアをかけてしまいます。大慌てで謝罪するミコでしたが、トコはそんなことにはまったく気にする様子もなく「気になさらないで」と微笑みます。それどころか刺繍に対する執着心も見せず、がっかりする様子さえありません。

 

あんなに一生懸命作ったものをダメにしても、なぜ不快感を抱かないのだろう?

 

ミコはこの時、トコの異常な美しさに不気味さを感じたのでした。

 

よくよく考えれば、遊びも食事も勉強でも、燈子が自分から積極的に「あれをしたい」「これをしたくない」と意思を表明したことは、ほとんど無かったような気がする。P48

 

あの頃の美桜子には分からなかった。高貴な女性というのは概ねそのように育てられるものなのだと。他者から応ずるのが習い性となってゆくのだ。P49

 

 

格差、嫉妬、原動力

ミコはいつしか何不自由のない生まれながらのお嬢様であるトコに嫉妬心を抱くようになっていました。トコが女子学習院で本科十一年を修了後は花嫁修業をして結婚というルートが敷かれている一方で、ミコは母親からの要望で超難関校東京府立第一高等女学校を受験し、合格しました。
 
トコが母親から求められることが「良いお婿さんを貰うために花嫁修業を身に付けること」だとしたら、ミコの母親が娘に求めることは「男に頼らず、自分の力で生きていけるように立派な教育を受けること」でした。

 

ここが伯爵家と使用人家庭の違いなんですよね。ミコが憧れ、羨むトコの使命は”家柄を守ること”ただ一つ。好きでもない男性と結婚させられ、男児を儲けることが六苑家に生まれた後継者としての存在価値でした。

 

社会に出ることなく、お人形のように座っているだけの女性として過ごすトコに対し、ミコは日本女子大に進学し卒業後、本命の出版社への就職は叶わなかったものの、外務省に採用されました。女性初の外務大臣官房政務秘書室への採用に大満足のミコ。それはこれまで抱えていた格差や嫉妬を原動力にかえてくれる一歩にもなっていきます。

 

 

戦後

日米開戦が始まり、六苑伯爵家の生活にも変化が見られるようになります。まずは若い男性職員が戦地に召集され、未婚女性は軍需工場に動員されていきました。さらに年配の職員や一部の女中が故郷へ帰るなどしているうちに、使用人の数は60人から6人に減ってしまいました。
 
あっという間に敗戦した日本。東京は焼け野原となり、たくさんの人が家も家族も職も失いました。ミコは戦地から男たちが帰って来ると、職場ではお払い箱にされるため、その前に退職を考えていました。外務省初のタイピスト以外の女性職員採用といっても実態は応召した男性職員の穴埋めにすぎませんでした。それならと、ミコは戦後まもない日本でビジネスをすることにします。
 
一方、戦後に占領軍の宿舎として接収されるために屋敷を追い出されることになった六苑家は、ミコがアメリカ人将校と取引をしてくれたおかげで、なんとか屋敷の一角に住ませてもらえることになりました。それだけでなくミコは、この将校と共に六苑家の館を高級ナイトクラブに改装し、商売を始めます。戦前は六苑家に雇われていたミコでしたが、戦後は六苑家の人間を雇うことで、母と六苑家を養っていきました。
 
こうしてミコは、とてつもない大金を手にしていきます。それはどこかトコに対し、優越感を抱く自分に気づいた瞬間でもありました。
 
 

どうして?

ミコはアメリカ人相手に色々な商売をします。最初は占領軍の将校や下士官の勤務についてくる夫人相手に着物ドレスを売っていましたが、それでは大した利益にならないと次々に戦略を変えていきます。
 
「結局、女相手に商売してちゃ始まらないわ。日本だってアメリカだって、金持ってるのは男だもの」P123~124
 
ミコは男性相手にビジネスの幅を広げ、社会を渡り歩いていきます。
 
「私は女性特有の、つまらないことを大袈裟に言い立てたり、三分で済む話を三十分に引き伸ばしたり、結論の見えていることをうねうねと曲がりくねってうやむやにしようとしたり、そういう話が大嫌いだ。君の常に正直で単刀直入の物言いには、非常に好感を持っている」P137
 
ミコは”他の女性とは違う自分”に高揚感を持ち、自分の商才と自身の手でお金を作り出す現状を武器に、トコを見下すようになります。ちなみにコレ、森さんが言っていた内容とほぼ同じことです。まぁ本当のことですけどね。
 
しかしなぜでしょう。この後、ナイトクラブ経営を経て、結婚式産業に乗り込み大成功を収めたミコでしたが、心の奥底ではいつまでもトコに”勝った”気がしないミコ。いまやトコは華族制度が廃止され、なんの身分もなくなっている無力な女性でしかないのに・・。おまけにトコはどんな過酷な状況になろうとも決して誰のことも悪く言わず、周囲への感謝を忘れません。そんなトコを見て、ミコはたまらなく彼女を傷つけてしまいたくなるのでした。
 
 

女の友情

「あなたに何が出来るのよッ!?私がいなきゃ、何も出来ないお引きずりのくせに!」P279
 
「占領軍にお屋敷を追い出されそうになったときも、ものすごい税金がかけられたときも、旦那が心中したときも、ただボケっと座っていただけじゃないの!」
 
「今も昔も、家扶の娘が主家に尽くすのは当然だと思ってるくせに!」P279
 
幼い頃からの嫉妬心をすべてぶつけたミコ。しかし、対するトコは・・・
 
「その通りよ、ミコ。私も、子供たちも、あなたがいなければきっと生きていけなかったわ」
 
「言葉に尽くせないほど感謝しているわ。戦争が終わってからずっと、私と私の家族はおんぶにだっこだった。私たちがお荷物にならなければ、ミコはもっと大成功していたはずなのに」P280
 
ミコはトコに出会わなければ、おそらく自分に劣等感を持つこともなかったでしょう。本来ミコだって十分世の中から羨ましがられる女性だったと思います。しかし、本物のお嬢様が持つ優美さや気品というものには敵わない・・。そんなところに強いショックを受けてしまったようですね。
 
きっとミコがトコを傷つけることは無理でしょう。そしてその逆も無理です。トコは根っからの育ちの良さをベースに、人を愛し、愛されるために生まれてきたような人。不平不満とは無縁で人を疑うことを知らない。その佇まいは何があっても失われない永遠に約束されたものです。また、ミコも本当の意味でトコのことを嫌いになんてなれません。ミコはたくましくて、賢くて、ミコのほうこそなかなか誰もがなれる人間じゃないんですよね。
 
女の友情とは時に複雑なものありきですが、この二人の関係は腐れ縁ながらも互いがいなければ今の幸せも手に入れられなかったように思えました。
 
 

おわりに

トコとミコは晩年も対照的でした。娘や孫たちに囲まれるトコとひとりぼっちのミコ・・。しかしミコの孤独は一人たくましく時代を生き抜いたカッコイイ孤独であり、心にはいつもトコがいる孤独でした。
 
激動の時代をそれぞれのスタイルで駆けた二人のヒロイン。どちらも頑張って生きてきたし、キレイなものだけが友情ではないと思える一冊でした。違う立場で、違う道を歩く二人の絆。それなのに、これだけ深く人生に関わってくる存在ってなかなかないことだと思います。
 
単なる友達とも違うし、ご令嬢と使用人という関係でもない・・トコとミコは人間愛で結ばれた二人だったのではないでしょうか。
 
「あれをしたい」「これがほしい」と主張することがなかったトコが人生で唯一いったワガママ。
 
それはミコとおそろいの牛首紬の着物がほしいと頼んだことでした。
 
トコはそれを生涯に渡り、リメイクしながら大切に大切にしてきました。それはミコも同じで・・。
 
いつまでも、いつまでも互いを思い出すように牛首紬を大事にしてきた二人の友情の尊さ。
 
ミコは気づいていないかもしれませんが、時代がミコを変えても、トコのミコへの友情はずっと変わっていませんでした。ミコもトコを誰よりも心配し、大切に思っていた。本当はそうだった。実はおそろいの牛首袖もミコの持っている方が上質だった。なんだか勝ち負けなんて最初からなかったように思えますよね。そんなことは最初から関係なかったのです。
 
さて、最後になりますが本書のみどころはズバリ、激動の時代を生き抜く女二人の姿。
 
ミコが優秀で行動力ある仕事人なのはもちろん、トコも生まれながらのカリスマ性でご飯が食べていけるような人でもあります。どちらも男性を必要とせず、友情を頼りに生きているのが面白さのポイントですね。
 
戦後でありながらも、ここまで男性キャラが脇役なお話も珍しいです。逆にこの後は男性社会を思いっきり描いた作品を読んでみたくなるかもしれません。ラストはかなり駆け足なので、もう少し丁寧さがあればバッチリな一冊ですが、レビューを読んで興味を持った方はぜひ手に取ってみてくださいね。
 
以上『トコとミコ』のレビューでした。
 
 

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まるで少女漫画のようなお話!昼ドラでもみてみたいですね。