チェルミー図書ファイル88

 

 

今回ご紹介するのは、山崎豊子さんの「大地の子」です。

 

 

 

 

こちらはチェルミーが今までレビューした本の中で、最もオススメの一冊になります。上・中・下巻からなる超巨大長編で、総ページ数は1157P(あとがきを含めるともう少しあります)、中国残留孤児陸一心の波乱万丈な半生を描いた物語です。涙で文字が読み取れなくなることを覚悟してください。

 

 

チェルミーポイント

これだけのページ数を最後まで心離さず読ませてしまう程の物語です。圧倒的な取材力と歴史考察に衝撃を受けること間違いなし。チェルミーにはこれ以上の作品が見つけられません。きっと読んだ人にとって『運命の本』になると思います。

 

以下にチェルミーが「大地の子」を読んで感動したシーンをまとめてみました。

 

上巻

あらすじより
関東軍に見捨てられ、孤児となった松本勝男(陸一心)は、中国人として成長する。激動の現代中国を取材し、その数奇な運命を描く長編叙事詩。 
 
長野県から満州へ開拓団として中国に渡って来た松本一家は、日本軍の敗戦と共に家族離れ離れになってしまいました。松本家の長男・勝男は、戦争孤児として過酷な人生を歩むも、心優しい陸徳志、淑琴夫婦の息子として、立派な中国人へと成長します。
 
何事も誠心誠意で行うという意味で、陸一心という名にしよう
 
一心は母親と次女がソ連軍に殺されたショックから、自分の名前も何もかも記憶を失ってしまっていました。ただ一つ覚えているのは、妹あつ子の存在。一心はソ連軍から逃げる途中に、人さらいに遭い、行方不明になった妹を探し続けていました。陸徳志夫婦に引き取られたあとも、妹と日本へ帰国するべく奮闘する一心。一年近く寝食を共にしても尚、陸徳志夫婦のことを爸爸(パーパ)、妈妈(マーマ)と呼ぶことは出来ませんでした。
 
やがて内戦が起き、飢えに苦しんだ村人たちは、解放区を目指し脱出を図ります。しかし検問所で一心のたどたどしい中国語を聞いた兵隊は、一心を日本人だと疑い、ここから先に通すことはできないと言います。
 
P119~120
「その子は、私の子供です、一緒に出してください」
「お前の子供が、どうして中国語がおかしいのだ」
「それは・・それは子供の時、吃だったのを、無理に矯正したからです」
「ふうむ、ほんとか、朝鮮人の日本語のできる兵隊を呼んで調べさせるぞ」
 
「あんたの実の子か、日本人の子か、正直に答えないと、ためにならん、どっちだ」
 
「あの子は、私のたった一人の息子です、十歳の子供が、あの地獄の中を生き抜いたのです、どうか生かしてやって下さい、その代わりに私が卡子の中へ戻ります」
 
「同志、あの柵の中へ戻れば餓死することが解っていて、なお且つ、子供だけを助けようとすることは、われわれ共産党と解放軍の基本精神だ、受け入れよう」
 
その瞬間、一心は狂ったように声を上げた。
 
「爸爸!爸爸!」
 
徳志の首にしがみつき、体をよじって泣いた。これまでどんなに懐き、どのような情況の中でも口にしなかった「爸爸」という言葉が、はじめて一心の言葉をついて出たのだった。
 
この場面は何度読んでも号泣します。一心は陸徳志に出会うまでは、小日本鬼子として散々な目に遭ってきました。戦争の罪を小さな子供がたった一人で償わされる痛々しい姿に、胸が張り裂けそうになります。
 
陸一家の子供となったあとも、日本人の子供として差別され、いじめられ、馬鹿にされ・・。日本人という理由で文革中は労働改造所に送られ、過酷な生活を強いられたりもしました。
 
その度に、一心の支えとなり、救ってくれたの陸徳志でした。一心の冤罪を晴らすため、人民来信来訪室まで直訴しに行ったり、妻にさえ「正直、なぜ一心のためにそこまでできるのかわからない」と言われるほど身を粉にして尽くしたり・・。
 
いつ釈放されるかわからない一心を何日も寒い北京駅で待ち続けた爸爸。きっと皆さんもこの再会の場面では震えがとまらず、涙が溢れ出てくると思います。
 
「大地の子」は、陸徳志と陸一心の物語でもあります。
 
 

中巻

あらすじより
陸一心が日中合作プロジェクトに参画した頃、残留孤児探しが本格化した。彼の幼児の記憶は蘇るか?新たな急展開を見せる第二巻。
 
中巻では、一心が日中合作プロジェクトである製鉄所建設チームの一員として働く姿が描かれています。ここからは文革の名残りを引いた異様な中国社会の空気と、政権争いに翻弄される人々の姿を見ることになります。
 
山崎豊子さんもあとがきで、作品をつくるにあたり、秘密主義、閉鎖国家の中国の国家機関及び、外国人未開放区の農村、労働改造所などの取材は、とても難しく、困難なことだったと語られています。
 
作中で、日方の工員も中国の闇に包まれた体制には、何度も頭を悩ませてきたことからも、その大変さがよく伝わってきます。
 
あとがきより
一九八四年から取材を始めたが、取材の壁は高く険しく、やむなく撤退の決意をした時、胡耀邦総書記との会見が実現した。取材の経緯をお話すると、「それがわが国の官僚主義の欠点だ、必ず改めさせるから十年がかりでも書くべきだ、中国を美しく書かなくて結構、中国の欠点も暗い影も書いてよろしい、それが真実であるならば、真実の日中友好になる」と励まされ、取材協力の約束をされた。
 
面子に拘る中国の姿勢や友好という意味を日本側の譲歩として扱う厚かましさ。中国人たちの理解できない言動を日方の人間と一緒に紐解いていくのが中巻という印象です。
 
中国という国家に対する疑問点を物語を通して見つめていくと、彼らの言動が少なからず予測、理解できるようになってきます。これだけのページ数で中国を見ていると、突然日本へ出張に行った場面になった時、中国人の視点で日本を見るような錯覚さえ起きました。
 
そして人は生まれ育った国で、そのようになり、そのように生きるのだ、と思いました。
 
 

下巻

あらすじより
日本人の種であるがゆえに、日本のスパイと疑われる陸一心。彼の祖国は日本か、中国か。現代中国の苦悩を描破した雄篇ここに完結!
 
下巻では妹あつ子との再会、そして父である松本耕次との運命的な出会いが描かれています。
 
妹あつ子は、心優しい養父母からエリート教育を受け、育った一心とは真逆の人生を送っていました。5歳で生き別れたあつ子は、その後貧しい中国人農家に童養媳として買われ、教育も受けられず、酷使されていたのです。
 
※少女を買い育てて、将来息子の妻とする旧中国の婚姻制度のこと
 
一心と出会った時には既に、結核を患い余命わずかだったあつ子。うすのろの亭主と意地悪な姑に産後も休みなく重労働を強要され、五回に渡る出産を繰り返し、体はボロボロ。結核菌が脊椎にまで広がり、立てなくなっても尚、畑仕事に駆り出されていました。
 
一方で一心とあつ子の実父である松本は、残留孤児名簿から娘らしき人物を突き止め、家へ向かっている最中でした。しかし、松本が到着したときには、時すでに遅し、あつ子は息を引き取っていました。そして、皮肉にもそれが、一心と松本、父子ふたりの運命的な再会となったのです。
 
実はこの松本、一心と同じ日中合作プロジェクトの日方チームの上海事務所長なのです。今まで散々、一緒に仕事をし、時には激しい言い争いをしてきた人物・・・それが互いにとってたったひとりの血のつながった家族だったのです。
 
これでまた一心は、実の親を使って「日本側の交渉を有利にしようとしたとスパイ」として容疑をかけられ、プロジェクトから外されてしまいます。
 
自分はいつまで”日本人”であることに苦しめられるのか。いっそのこと日本で暮らした方がいいのか。
 
それは一心の二人の父も同じように考えてくれていました。一心のこれからを思うと、日本人として生きた方が幸せだと。
 
しかし、一心には、ここまで育ててくれた陸徳志を裏切るようなことは決して出来ません。かといって実父と別れることも胸が痛く・・。
 
一年半後、一心はスパイの容疑が晴れ、無事にプロジェクトに復帰します。残すは、7年がかりで完成した製鉄所の高炉に火をともすだけ。途中トラブルがありながらも何とかプロジェクトを成功に終わらせた日中の関係者たちはホッとしたように互いを讃え合いました。
 
やっと時間がとれた一心と松本は、親子二人で三峡下りへ出かけます。
 
「どうだ、この辺りで日本へ戻ってきてくれないか」
 
ふいにかけられた松本からの一言に、答えが出せない一心。
 
一心にとって、二人の父が父であり、それ以外の何ものでもありません。
 
「大地の子・・・」
 
そのとき、船は渓谷を脱し、壮大な大自然が現れました。岩山や緑の峰、巨大な巌。
 
これらすべてが自分を育んでくれた中国の大地に根を下ろしている・・。
 
そう思うと、一心は峰々の一木一草が自分自身に思え、魂が大自然の中へ昇華して行くような気がしたのです。
 
「私は、この大地の子です」
 
それは、一心が中国で中国人として生きることを選んだ言葉でした。
 
 

まとめ

「思えば、私たちは、二度、日本政府から捨てられました、一度は祖父や父の代に、体のいい棄民として、ソ連国境近くの開拓団へ送り出され、敗戦時には、関東軍に置き去りにされて、捨てられました、それから三十年余年経って、その子、或いは孫の私たちが、豊かな日本へ帰って来たにもかかわらず、今また、三度、見捨てられようとしているのです、どうか、皆さん、同じ日本人である私たちを、三度も、見捨てないで下さい!三度も!」P181

 

半ば強制的に開拓団として国から送り出され、長年中国ですべての恨みつらみを背負わされてきた孤児たち。彼らこそ、彼らもまた、戦争の犠牲者でした。

 

チェルミーが高校生のとき、同じクラスに中国からやって来た女の子がいました。

 

彼女は自分のことをあまり話さない子でしたが、一度だけ父方の母親が日本人だということを教えてくれたことがありました。これは卒業間際になってやっと話してくれたことです。

 

とにかく自分には少しだけ日本人の血が入っているということ、でも詳しいことは自分も聞かされていないこと、日本に来たのは父の親戚がここに住んでいるからということでした。

 

そのとき、もしかして・・とは思いましたが、真相はわかりません。

 

そして彼女自身が持つ母国に対しての複雑な気持ちや、日本に対する憎しみと執着のような気持ち。

 

それらを感じる度に、思い出すのが陸一心という小説の中の人物でした。

 

おそらく、今後もずっと読み続ける本だと思います。

 

親子愛と悲惨な戦争、そしてわかり合えない二国間の「考え方の違い」

 

美しく描こうとせずに、”そのまま”であるからこそメッセージ性の強い大作です。

 

なので、何も色をつけず、真っ白なままページをめくっていただけたら、と思います。

 

以上が『大地の子』のレビューでした。

 

 

あわせて読みたい『大地の子:取材記』

 

ドラマ版

 

長編が苦手な人もいらっしゃるかもしれませんが、長編=それだけの力がある作家さんという意味でもあるので、面白い本が多いです。むしろ読み終えるまで長時間付き合っていると、最後は読み足りないくらい名残惜しくなると思います。