チェルミー図書ファイル34
 
 
「白蟻女」 赤松利市
 
 
今回ご紹介するのは、赤松利市さんの「白蟻女」です。
 

 
あえて本の表紙を最初に持ってきたのには理由があります。
 
それは、この本を読み終えた後に、もう一度表紙の絵を眺めてほしいからなんです。
 
きっと、あなたにとって今一番守りたいモノが頭に浮かんでくると思いますよ音符
 
 
※本書は短編の「遺言」と中編の「白蟻女」の2作品で構成されています。
 
 
以下ネタバレ注意!!
 

遺言

短編の「遺言」はクスっとどころか、終始ふき出しながら読みましたニヤリ
 
余命少しのお婆さんが娘に向けて遺言をレコードに残すお話。
 
ところがどっこい、お婆ちゃんアセアセ遺言のはずが近所の人の悪口をまくし立てたり、話があちこち脱線したりで一向に本題に入りません。(お婆ちゃんの毒舌がハイセンスでおもしろい)
 
録音時間もわずかになった時、やっと真面目な話に入るんですが・・・それがなんとも泣けます。
 
散々、毒を吐きまくった人たち一人一人に「でもな、ああ見えてあの人は立派な人間なんだ」と語り、感謝の気持ちを述べます。
 
そして最後には、自分が実の母親ではないこと、それでも娘を心から愛していたことを告白するのです。
 

白蟻女

中編の「白蟻女」は優しくて、汚くて、不思議で、ほのぼのとする1冊でした。これだけ読み手の感情が変化するのも珍しい本ですびっくり
 
長く苦楽を共にした夫・栄一郎の通夜、夜伽する妻・恵子の前に若い女の幽霊が現れました。
 
その名も「白蟻女」
 
かつて夫の愛人であり、夫婦の目の前で殺虫剤を飲んで死んだ女でした。
 
「思い出をめちゃめちゃにしてやる」と彼女が口にした途端、なんと恵子は新婚旅行の日に戻ってしまいます。それだけでなく、白蟻女が恵子となり、夫婦生活を疑似体験する姿を見るハメに。
 
逆に恵子が白蟻女の過去を体験したり、観察したり・・なんとも不思議な展開に・・。
 
しかし二人は過去を見つめる中で、「同じ男を愛したもの同士」の絆的なモノを深めていきます。
 
やがて二人は栄一郎が浮気した理由にたどり着き、それさえなければ彼は今より幸せだったのではないかと悔やみます。
 
栄一郎の家は代々農家でしたが、悪い人たちに騙されて、田んぼとお金を交換してしまいました。
 
農家なんて息子には継がせたくない、妻にも楽をさせてあげたい
 
そんな思いでした決断は「家族の大黒柱は栄一郎から、田んぼを売った通帳へ」といった流れに変わり、家族を空中分解させてしまったのです。
 
いつしか夫として父としての自信をなくした栄一郎は、破滅の道へ向かっていきます。
 
もちろん家族はそんな風には思っていませんでした。恵子は夫を尊敬し、愛していました。けれど、仕事をしなくてもお金が入って来るという状況が栄一郎をダメにしてしまったんですね。
 
そこで活躍するのが白蟻女。彼女は幽霊の力で過去に戻り、「田んぼを売る契約の日」の現場まで恵子を送り込みます。
 
結果、恵子は白蟻女の助言通り、契約書を破り、交渉決裂を成功させるのですが、実はこの日は白蟻女が自殺した日でもありましたびっくり
 
しかし、恵子が白蟻女の助言で契約をせずに済んだのと同じく、白蟻女も恵子の忠告で自殺せずに済んでいたのです。
 
二人とも”未来の自分”が”過去の互い”に必死の説得を試みていたんですね。
 
 
こうして過去は修正され、再び現在の告別式の場面に戻ります。
 
農家を辞めた後、栄一郎と恵子の息子は多忙な企業に勤める独身でしたが、(過去を修正し)農家を継続した現在は、立派な後継ぎとしてお嫁さんと子どもを持つ父親になっていました。
 
また、白蟻女は恵子の援助で夢だった小料理屋を営むことに・・。
 
現在の二人は、過去を修正した時点で”あの時の”記憶を失っていたのですが、ただボンヤリと”この人がいなかったらお互い助からなかった”という思いだけは残っているんですねアセアセ
 
それで理由は分からないけれど、感謝したい・・そんな風に思っているわけです。
 
何はともあれ一件落着??といったかたちで、まさかのハッピーエンドで話は終わります。
 
 

感想

え~っ失敗した過去を修正してハッピーエンドなんて、そんな都合のいい話はダメよ!!と、いう声が聞こえてきそうですが、安心してください。内容はかなり略してあります。
 
「遺言」や「白蟻女」に書かれている多くのことは、古き良き日本社会の人情とでもいいますか・・ベタな表現ですがお金ではかえない幸せとでもいいますか。現代社会が忘れかけている懐かしい日本人の姿です。
そして「白蟻女」の一番面白いところは、「二人の女性の持つ愛情深さ」
 
これがメインなんです。
 
そんなに栄一郎は魅力的な男なのか!?と思われることでしょうキョロキョロ
 
栄一郎は至って普通の男ですが、優しい男ではありますね。
 
白蟻女は愛人でしたが、貧乏な家に生まれ、家族を養うために自分を犠牲にして生きてきた女性でした。
 
栄一郎は、そんな彼女を不憫に思い、同情していた優柔不断な男だったんですね・・。
 
賢い白蟻女は、それが栄一郎にとってもよくないことだと思っていました。
 
一方、恵子は夫の不倫に気づきながらも知らないふりをしていました。
 
人の幸せってなんなんだろう?
 
お金持ちになること?大切な人を楽にしてあげること?辛いことには触れないであげること?情けをかけること?
 
結局、二人の女性は「本当の幸せ」とは「人が人らしくある姿」とは?
 
それらを考え、相手にも自分にも求めた結果が、修正した過去の人生だったんでしょうね。
 
汗を流し、懸命に協力しながら稲を刈る日々・・。
 
爪は黒くなり、肌も焼け、疲れ果てる体・・。
 
かつて田んぼを耕していた日々、そこに真実の生き方と愛があった。
 
そこは、本編を見て実感していただきたいな・・と思います。
 
 
「白蟻女」
 
タイトルはグロいですが、中身は全く予想と違うハートフルなお話でしたハート