月白|あらすじ・感想|悲しい物語
宇佐美まことさんの『月白』のレビューになります。こちらは一応、戦争モノになるのかな?とにかく悲しくて、切ない物語。さっそくですが、まずはあらすじをご覧ください。*あらすじ*妻を亡くし、息子の夏樹を一人で育てるフリーライターの海老原。そんな彼に雑誌『月刊クリスタル』編集部から、戦後の殺人鬼が起こした事件をもう一度掘り下げて検証してほしいとの依頼が入った。殺人鬼の名前は北川フサ。彼女は戦後の混乱期に5人の男を立て続けに殺し、死刑となっているという。取材を始めた海老原は、フサが赤の他人である少年とともに行動していたことを知る。そして、その当時の少年は、今も存命だった。単なる週刊誌の連載のはずが、いつしか海老原は、フサに導かれるように、事件に没入していく……。【主な登場人物】海老原 フリーライター。『月刊クリスタル』で、北川フサに関する連載を任されている。昨年妻の沙織を交通事故で亡くしており、現在は息子の夏樹と二人で暮らしている。北川フサ 戦後の女性殺人鬼。五人の男を惨殺した罪に問われ、死刑になった。裁判でも反省の弁はなく、「殺したいから殺した」「さっさと死刑にしろ」と事件の多くを語らなかった。その犯行動機はいまだ明らかになっていない。大垣靖男 事件当時フサと行動をともにしていた元少年。家族を空襲で亡くしており、天涯孤独。戦後は塗料メーカー「レインボーペイント」を一代で築き上げ、大成功した。現在は勇退し、世話人の川崎とマンションで暮らしている。道上栄介 雑誌記者。『或る女ー殺人者北川フサ』の著者。事件当時、フサのルポルタージュを書いていたが、靖男に取材を断られ、真実に届くことが出来なかった。ルポを出版するにあたり、会社と揉めたため、自費出版に至ったものの、販売ルートに乗せられず、結局その行為が会社でも問題視され辞めることになった。長瀬紘子 道上の娘。亡き父の取材記録を海老原に託す。西尾清子 フサの知り合い。喧嘩仲間。戦後はパンパンをしていた。月白Amazon(アマゾン)※一部ネタバレ含みますなぜ五人も殺害したのか?貧しい時代に生まれたフサは、幼い頃から周囲の事情で売り買いされ、男たちの性欲の捌け口にされてきました。そのせいで、一度妊娠までさせられてしまったフサは、ひっそりと男の子を出産し、それからは二人分のご飯を食べるために必死で生きてきました。お金を稼ぐにあたり、フサには一つのルールがありました。それは絶対に男の支配下には置かれずに、女の力だけで食べていくこと。つまりは性を売って生きていくのではなく、それ以外の方法で何としてでも生き残ってやると考えていたのです。フサが殺した男たちフサが殺した男たちは、そのどれもが弱い者イジメをする者でした。身寄りを空襲や戦地で亡くし、生活に困っている女性たちを弄ぶ男たち。自分を強姦しようとする者、気に入った女に嫌がらせをする者、女子供に略奪行為を働く者‥。そんな男たちを前にしたとき、フサは護身用の匕首で相手の喉を切り裂き、体中をめった刺しにして、時には臓器を取り出していたのでした。清子一方、フサの喧嘩仲間の清子は、逆に男に性を売ることで「男を弄んでやる」という復讐心に駆られていました。フサと清子、やり方は真逆ですが、女を苦しめた人を許さないという怒りは一致していたようです。靖男の生涯靖男の生い立ちも悲惨でした。靖男も空襲で家族を亡くし、唯一生き残った姉の千代には軽度の知的障がいがありました。それでも靖男は孤児仲間と共に上野駅を拠点にして闇市の手伝いやスリをしながら食べつないでいきます。しかし当時の闇市には愚連隊やヤクザが蔓延り、その治安は最悪。彼らは子供に対しても容赦なく暴力をふるい、好き放題していたのです。悲惨なことに、靖男も彼らから米を盗まれそうになった際に酷い怪我を負わされたことがありました。しかも靖男が寝込んでいる間に、千夜がアゴセンという男から食べ物と引き換えに体を売っていたことが発覚します。この時、千代はアゴセンからヒロポンを打たれており、最終的には中毒死してしまいます。月白の意味題名の『月白』がこんなに悲しい意味だとは思いませんでした。それは靖男が上野駅の地下道で寝起きしていた頃、ふと目が覚めたときの周囲の様子を表しています。ふと目が覚めると、自分がどこにいるのかわからなくなることがあった。周囲は真っ白で、ひどく静かだった。冷たく白い世界がどこまでも続いている。上も下もない、無音で色のない世界に一人取り残された気持ちになった。あれは親兄弟を亡くして、明日どうなるかもわからない日々を送っていた自分の心象が反映された幻想だったのだろう。(P174〜175)翌朝、靖男は孤児たちの勉強を見てくれる箕部にその話をすると、「その色は月白というんだ」と教えられます。月白、それは明日を見失った孤独の色、真冬のような冷たい世界の色を意味していたのでした。色のない世界へ千代の死後、上野にいるのが嫌になった靖男は、仲間と共に他の場所へ移動することにしました。ちょうど同じ頃、警察や役所の人間が浮浪者や浮浪児を一斉摘発しようと、上野周辺に狩り込みに来ていたこともあり、逃げるタイミングとしては最適だったのです。しかし、靖男たちも狩り込みが強化されると捕まってしまい、孤児院に送られてしまいます。当時の養育院や孤児院とやらは、食糧不足で餓死する子も多く、その死体はゴミのように処理されていました。また、職員によるひどい体罰行為や、親戚だと偽る人買いに連れて行かれて売られるなど、そこは孤児として闇市で生きていた方がマシだと思える環境だったそうです。実はここに収容されてから、靖男が孤児になってからずっと行動をともにしてきたシンジという少年がうつ状態になってしまいます。何とか二人で脱走したものの、シンジの心は癒えることなく、彼は結局隅田川に身を投げてしまいます。シンジは、先を見ることができなくなってしまった。明日が来ること、その一日を生きることが苦痛になった。ドサ回りをしても、よその闇市に行っても、同じことの繰り返しだと悟った。もうおしまいにしよう。そして自ら命を絶った。シンジの父親が、空襲の夜に兄弟たちを投げ入れた、同じ隅田川に飛び込んで同じように流されていってしまった。(P297)家族との別れ、千代との別れ、そして仲間との別れ。こうして靖男はどんどん色のない世界から抜け出せなくなってしまいます。そんな時に出会ったのが、以前自分に襲いかかってきた男を本気で殺そうとした世捨て人のような女、フサでした。北川フサという女靖男は偶然再会したフサの後を追い、その日から彼女について回るようになります。しかし、なぜ靖男はフサについていくことにしたのか、またなぜルポを書く海老原もフサと靖男の関係に執着するのか。そこにあるのは「憎しみ」でした。憎しみフサと靖男は時代を憎み、人を憎んでいました。そして海老原にもまた憎んでいる人がいました。あの日、隅田川の土手の上に立っていた北川フサに会った。シンジを失い、独りぼっちになった靖男は、ふらりとフサの後を追ったのだった。どうしてなのか、自分でもわからなかった。だがあの時、「死」の方に傾いていた靖男を「生」の方に引き戻したのは、紛れもなくあの女だった。正確に言うと、あの女が内包する憎悪や敵意や攻撃性だった。あれに惹かれたのだと、今ならわかる。(P309)これほどまでに自分の感情に素直に従い、暴虐な行為に身を委ねられる女を凄んだ。これができたらどんなにいいだろう。自制も後悔もなく、生まれ来る感情にのみ従うことができたら。憎しみという感情にー。(P327)んー、フサの魅力に取り憑かれた人たちは、みんな増悪を抱えていたということですよね。自分もフサのように、感情の赴くままに人を殺せたら、自分を解放できたらと。そう思うと、フサには恐ろしい意味でのカリスマ性があり、現代にいたら教祖的素質を持った危険人物だったのかなとも。靖男はきっと羨望の気持ち以外にも、保護してくれる大人の存在に飢えていたのもあり、フサにつきまとっていたのではないかと思いました。秘密海老原は、大垣からフサのことを聞き出そうとしていましたが、取材を拒否され、とうとう最後まで話を聞くことが出来ずに連載を終わらせています。フサが動機を語らなかった理由裁判でフサが投げやりになっていた理由。やはりそこには、すべての事件について真実を語ることはできないという問題が隠されていました。詳しく言うと、五件目の事件は松本清張の『天城越え』みたいな感じです。まぁ、靖男の罪を被ってあげたのですね。また、フサの息子は途中で消息不明になっており、本人も「人さらいに遭った」「死んだ」など適当なことを言ってうやむやにしていました。しかし、これは殺人犯である母親から息子を遠ざけるための嘘でした。実際に息子は、子供がいない夫婦に引き取られ、大人になった息子を靖男が自分の会社の社長にしていたのです。靖男はそれらすべてを世間に悟られないために、過去を誰にも語らぬままこの世から去ろうとしています。夏樹実は海老原と亡き妻との間にも深刻な問題がありました。 それは夏樹の父親が自分ではないかもしれないという衝撃の告白なのですが、そんなことは靖男にしてみれば「血のつながりがそんなに重要か?」という考えに着地します。子どもは守ってやらねばならん。一番近くにいる大人がな(P359)親兄弟を亡くし、戦後の冷たい世間をたった一人で生き抜いてきた男から出た、この一言は重いです。感想 子は宝と言いながらも、国の都合で親を殺され、いざ浮浪児となれば邪魔者にされ、ゴミのように扱われた時代。酷いなと思いました。だからこそ、時代は違えど夏樹のことは大事にしなきゃならないと、海老原も誓ったのではないでしょうか。夏樹の名前の由来からしても、この子は大人たちにとって生きる希望になるのではないかと思います。すべてを水に流さなければ生きてはいけなかった時代。少しの隙が命取りになった時代。人間が人間扱いされなかった時代。男性一人が生きていくだけでも困難だった戦後に、女、子供がどうやって生きていけばよかったのか。その悲惨な生活を多くの方にも読んでいただきたいです。「親を亡くして東京の町中をうろついている時、ペンキ屋を見た。いろんな色で壁を塗っているのを見ていた。このー」「この月白に、色を塗り重ねられたらどんなにいいかと思ったんだ」「だが、やっぱりわしはこの色に囲まれているのがいい。この色が一番ふさわしい」(P263〜264)劣悪な環境をがむしゃらに生き抜いた結果、社会的に成功した靖男ですが、人生の最期まで自身の日常に彩りを与えられなかったようです。何年生きても、罪を背負った自分には一番冷たくて孤独な色が似合う。そう思っていたのでしょう。戦争の傷は決して癒えない。『男はそうやってさっさと一括りにするんだ。自分が理解できないことがあると我慢できないんでしょう。目の前の男を次々に殺しておいて、また頭の固い男に裁かれるなんて、フサこそバカですよ。(裁判官からフサは自暴自棄になっていたのか?と問われた際の清子の証言よりP248)』罪のない国民から幸せを奪い、一生の傷を負わせた者にこそ、罪悪感を持ってほしいと思った一冊でした。あわせてどうぞ『「展望塔のラプンツェル」宇佐美まこと』貧困と暴力が渦巻く街で、どこにも逃げ場のない子供たち。繰り返す虐待の連鎖と、外国人差別。今回ご紹介するのはとてもハードな物語になります。<あらすじ>労…ameblo.jp『「月の光の届く距離」宇佐美まこと』今回ご紹介するのは、宇佐美まことさんの「月の光の届く距離」です。こちらは望まない妊娠をしてしまった女子高生がひとりで生きていこうと悩みもがく物語になります…ameblo.jp『「愚者の毒」宇佐美まこと』今回ご紹介するのは、宇佐美まことさんの「愚者の毒」です。こちらは宇佐美作品の中でも私が特に好きな一冊になります。最近は至るところで貧困や社会の二極分化をテ…ameblo.jp