自分というものは、一人では成立し得ない。

改めて、感じました。

自分から作り出しているものなんて何もないんだな、って。

考えていることも、本などのメディアや友人の助言から出ているはず。

ちっぽけだな、自分って。


心を支えてくれている、みなさま、ありがとうございます。
団塊の世代。

彼らは必死でやってきました。

今の時代は彼らがつくったのです。

一つの分野に関してものすごく詳しい。


僕らはどうでしょうか。

いろんなものを見すぎて、

視野が広くなった。

それは、自分というものが表せなくなったとも言える。


飽きっぽくなっているのは確か。

今の延長線上に見えるのは何か。

何だろう。


団塊の世代は僕らのことを考えてくれているだろうか。

定年になったら、自分なら何を考えるか。

普通にサラリーマン生活を過ごしたならば、

私なら年金生活、孫という血のつながった人へのおこづかい、

趣味の開拓、移住、など。

第三者の僕らのことは考えるはずもない。


だから、

自分らのことをちゃんと考えないといけないんです。

考える。

考えるんだよ。

どうにかなると思ってたらこのまま矢印は下がっていく。


個人のこと、プラス全体のこと。
書きます。

なんかマックだと書きづらいんですかね。

んー、やっぱりやるってことが大事なんですね。

っていうより進むこと。

人に認められなかろうが、なんだろうが、

自分がいいな、と思ったことに踏み出すこと。

はやいとか、遅いとか、実際あります。

でも、進んでみないことには、

見えないっす。



なんか、

こういうことって、

誰でも言ってますよね。

でも、

改めて思いました。

自分がどう生きたいのか、

それを一回考えて、

進む。

人のほんと評価なんて気にする必要はないっす。

その人のために人生歩いてるわけじゃなし。

でも、

人のために生きるっていうのが人間らしい。。。

子供が生まれたら、

その子になんでもしてあげたい、

もしくは、

その子のために働く、

そんな感じ。


ひとのために生きる。

それは何なのか。



思いやる。

信じる。

人として見る。

相手にも感情がある。

その人が真に喜ぶことをする。

一歩先を見る。

地球のために。