星 I Am That Am. お月様

お久しぶりです。 YOSHIKAです。流れ星

 

新しい生活の中少しバタバタしてました。ニコニコ
皆様はいかがお過ごしでしたか?
 
前にもお伝えしましたが、私の近況報告はまたおいおいさせていただくとして、しばらくは私の過去半年の放浪の旅のまとめをしていこうと思っています。
 
放浪の旅は一旦終わったとは言っても、この過去半年に経験したいろいろなことはやはり私に色んなことを気づかせてくれましたのでね。分かったことなどは今までもお伝えはしてきてますけど、このブログは個人レベルですぐ皆さんが実践できること、っていう情報をシェアさせていただいてます。
 
私は今、関西は離れてるんですが、放浪旅の中でご縁を結ばせていただいた神様達とのエネルギーレベルでの繋がりはホント不思議な形で働いている、ってことしみじみと感じています。照れラブラブ
 
で、今回は「関西を離れる前にもう一回来るように」とメッセージがあり橿原神宮と天香久山へ行ってまいりまして、無事3回目の参拝が出来、ご縁を結ばせていただきました。照れ

橿原神宮です。ホントに天香具山のちっちゃい神社とは正反対。ニコニコ笑


やはり毎回行くごとに新しいことに気づくんですね。私は同じ場所に行く際なるべくちょっと違った道を通ってみたりするんですが、今回の橿原神宮と天香久山でもまた面白いことに気づくことができました。
 
今回は祭日の5月5日にお参りしたんですが、今回はこどもの日の祭日ともあり、特別ご祈祷で拝殿の内部でご祈祷が受けれるようになってましたし、以前の2回の参拝では閉まっていた、拝殿に入って右側の扉が開いていて、そこで神武天皇の一生が描かれた『神武天皇御一代記御絵巻』が見れるようになっていました。後で、橿原神宮のホームページを見てみますとこちらの絵巻、すべてネット上でもご覧いただけるようになってますので是非時間がある時にご覧くださいね。八咫烏が神武天皇を導く場面とかの絵は、八咫烏が人に黒い羽根をつけて天使みたいに描かれていたりと、とってもおもしろいですよ。

こちらをご覧ください。
 
で、この絵巻の最後、神武天皇が127歳でお亡くなりになるところまで描かれてるんですが、そこにとっても興味深い言葉が書かれてたんです。それが、
 
八紘一宇 (はっこういちう)
八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為(な)さむ
 
です。
 
『日本書紀』に大和橿原に都を定めた際の神武天皇が詔勅として言った言葉として
 
「兼六合以開都,掩八紘而為宇」
六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩いて宇(いえ)と為す
 
との記述があるそうです。
 
この『八紘一宇』という熟語は元々あった言葉ではなく、明治時代に日蓮主義者の田中智学によって作られ、『八紘為宇』が『八紘一宇』となった造語だそうです。で1940年皇紀2600年には政治スローガンになり流行語にまでなっていたそうで、この言葉は太平洋戦争の日本のアジア侵略を正当化するためにも掲げられ使われていたそうです。
 
多分現在私達がこの言葉をあまり耳にしないのは、天皇主義とか政治的な意図の元使われていた言葉だったからという部分は大きいのかもしれませんね。
 
でも、私はこの言葉の意味を知って、心から感動しました。お願いキラキラ
 
これってそのまんま、ここ何十年と耳にしている“ワンネス”のことじゃないですか。
 
ホント人間ってね、東本願寺の灯篭の言葉にもあるように、


。。。ですよね。ほっこり汗
神武天皇の生涯をたどっていけば、私がいただいた言葉『戦わずして勝つ』の信念こそがこの神武天皇の言葉の裏にある、ってわかるはずだと思うんですけどね。それにね、自分の中に神様仏様達と同じ神性が存在していると理解出来てるとブレが無くなるから神様がこう言ってるからとかある意味そんなことする必要も自然となくなるんですけどね。にっこり
 
。。。でもそれにしても、私たちの初代天皇はそもそも『八紘一宇』の言葉の中で、
 
“天地四方八方の果てにいたるまで、この地球上に生存する全ての民族が、あたかも一軒の家に住むように仲良く暮らすこと”
 
これは橿原神宮のホームページからの抜粋ですが、つまりワンネスの精神を掲げていた、ってことなんです。
日本の皇紀2600年という長い年月の間で何度人々が争ってきたのかな~って考えると非常に残念ですけど、このワンネスの精神ってたぶんずっと日本人のDNAの中に息づいて今日まで受け継がれてきてるものなんだろうな。。。とも思います。照れ
 
私が更におもしろいな~って思ったのは、“八紘一宇” の“八紘”を“あめのした(天の下)”、宇宙の宇を“いえ”、“六合”を“くにのうち”と読むところなどなど。。。六も六角形、六芒星、六根などなど繋がってきますし、八はヤハウェさんが八のつくところには自分はいる、って言ってたことにも繋がりますしね。ウインク愛
 
神武天皇のことを知るにつれ、日本のことさらに好きになれて、更に日本字として生まれてきたってことにもさらに誇りが持てた気がしてうれしくなりました。照れ
 
あ、そうそう、予定には入れていなかったのですが、今回また橿原神宮と天香久山に行った時地図見てたら案外近いところに神功皇后陵があることにも偶然気づきまして、行きたいな~と思ってたところだったのでさくっとお参りしてきました。やはりご縁のある場所には行けるようになっているんだな~ってつくづく思う今日この頃であります。ウインク


橿原神宮の南神門 紀元2686年とあります。びっくりキラキラ


次回は天香久山での新しい発見をお伝えしますね。ウインク
 

許します!ありがとう!感謝します!嬉しい!楽しい!大好き!愛してる!よかった〜!幸せ〜!ついてる〜!

そして私は決断する!!真顔キラキラ

 

それではまた〜UMAくん音譜

 

YOSHIKA流れ星