Edge なNewsを掘り起こす           ジャーナリスト藍原寛子のブログ



「大きな生き物を生かすために、
小さな虫を殺そうとしている」
「悔しいのは、遠くて近い原発」
~飯舘村に残る住民の葛藤と不安


飯舘村で4月26日夜、村民集会が開かれました。
住民の代表が、国や東電の対応への批判や不満、今後の生活への不安などを訴えました。ほとんど人前で話をする練習時間はなかったとのことですが、それぞれが自らの体験を語りました。村の方々の切実さが伝わってきました。

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「東電という大きな生き物を生かすために、飯舘村という小さな虫を殺そうとしている」。ジャンパー姿の男性が訴えた。
男性は、自宅で91歳の父、86歳の母の面倒を見ており、さらには妻が身体障がい者で、昨年6月からは退職して介護もしている。1人で3人の家族の世話をしているのだ。「『村に残りたい思いが120%、明日にも出ていきたい気持ちが5%』」と、葛藤を語る。

 「悔しいのは、遠くにあって、近い原発だ」。
3月15日の原発の爆発、同31日にはIAEA国際原子力機関が日本政府に対して、住民避難を勧告するよう求めるなど、村民に現状が知らされないまま、現在も進行していることに憤る。
それまで遠くにあったはずの原発が、放射線被害をこの村に及ぼしたことで、ある意味、近く重く大きな存在になった。おかげで住民の生活は一変した。「この憤り、悔しさ、悲しさをどこにもぶつけることができない。精神的におかしくなるぐらい悔しい。何もできなくてもどかしい」。声を振り絞った。

集会後の5月6日、この男性に話を聞いた。「村民はこれまで何も知らされてこなかった。国からも県からも何も情報がない。村の議員は知っていたかもしれないが」。と声を震わせる。
「おととい、空中拡散のシュミレーションが発表されたが、こういう情報も私たち村民には知らされないまま。ああいう状態だから。隠していたわけでしょう。もう、マスコミは勝手に書いてください。そっとしておいてください」。
 何を頼りにしていいのか分からない。自分自身でさえ情報もなく、いったい村民を守れるのは誰なんだ、そんな怒りが閉ざされた心から伝わってきた。

集会で続いて意見発表したのは、子育て中のお母さん。
「子どもたちは今、飯舘村から川俣町の学校に通っています。(村外に避難できずに村から)通わせている親御さんには事情があり、避難できずに大変な不安と苦しい決断のなかにいます」。村に残った家庭の不安を言葉にした。

「一番の不安は子どもたちの健康。内部被ばくの数値ははっきりと表示できないし、症状は何年先か何十年先か分からない。こうした健康リスクと今後つきあっていかねばならない。症状が出た時の早期発見や治療のためにも、子供たちの甲状腺検査や健康診断をお願いします。これ以上子どもたちや村民の被ばくを増やさないために早急な避難先の決定と避難の決行を」。
子どもの避難先の確保を訴える。

別の男性は、専門家への不信、信頼できる専門家の不在を訴えた。「長崎や広島から来たえらい肩書の先生方から『ただちに影響はない』『たばこの煙より影響がない』と言われました。私たち年寄りは、村を離れたくないということで安心にしがみついてきたのかもしれない。大多数の年寄りは今でも安全と思っている。これは恐ろしいことです」。
 「村を離れたくない」という住民としての思いが、専門家の発言を“お墨付き”として聞き、現在は葛藤を抱いているという複雑な心情を吐露する。

 「原発事故の恐ろしさについて、国はきちんと説明する責任があると思います。安全安全と言い続けてきたのに、ある日手のひらを返したように『危険だ』『避難しろ』『この村から出ていけ』と言っているのですから」。
国と東電の対応に翻弄(ほんろう)された飯舘村の住民。「(こうした事態は)国と東電の安全無視の政策によってひき起こされた。引き起こした責任は国が取るから、(村の住民は)出て行ってくださいと国から言うべきではないのでしょうか。震えるような怒りを持っています」。
しんと静まった会場に、怒りの声が響いた。

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取材の後、村役場を訪ねました。
菅野村長は、コピー機の前に立ち、資料作りをしていました。
「メールが来てね。『殺人者』とかいう内容でね…」。
表情は明るくしていたものの、普段の村長には疲れか、かげりか。影があったように感じました。何というのか、掛ける言葉もありません。

私は今から10年ほど前、村長の諮問機関「飯舘村の教育を考える会」の委員を務めていました。飯樋小学校の改築(交流・学習しやすい構造)、合宿通学(合宿しながら学校に通う)など、村が子どもをいかに大切に考えているかを深く理解しました。特に合宿通学は、「人口が少ない村でも、最近は少子化のために甘やかされ、子どもがたくましくなくなっている。合宿通学で自主・自立・助け合いを学ばせたい」という村長の思いもあって、実現しました。

また、「就職や進学で、子供たちがこの村を離れても、村への誇りや愛着を持って人生を歩んでほしい」との思いから、子どもたちをヘリコプターに乗せ、上空から村内を見せるというユニークな事業もしています。「みんなの飯舘村は、こんなに美しく緑豊かな村なんだよ」と。

 村の文化や教育、住民の生活を分断した原発事故、放射線災害。
まだまだ進行する事態。
「大きい代償」の大きさ以上のものを住民が負って生きているということを、いったい、どのように表現したらいいのでしょうか。


(5月6日)