とある総合内科医の苦悩 -16ページ目

とある総合内科医の苦悩

ある関西の中小病院で働く総合内科医の独り言です。
ちょっと毒もありますがご注意ください。

京都のとある病院で感染症と総合診療と時々リウマチを学んで過ごしています。


※なお、原則的に医療的な内容の相談はいっさい御受けしません。

時折、なぜ入院するのに悪くなるのだという患者さん、とくに患者さんのご家族からのお話がある。

それは往々にして医師側と患者さん側の間での認識の違いが生じる。

医療従事者でなければわからない感覚でもあるのだが、入院には一定のデメリットがある。

医師や看護師がいちおう24時間いるのでちょっとだけまてば対応は可能だ.

しかし、院内には他の患者さんもいて十分には対応できないことも多い。

そして、院内には耐性菌がおり感染のリスクは常につきまとう。

また、日常生活はそれ自体がリハビリテーションになっており、高齢の方が入院した場合は特にADL(activity of daily life)という日常生活の動作の能力低下が起こってしまう。

なので、入院していたとしても病状は悪くなる可能性はおおいにある。

ましてや医療にも限界があってできることとできないことがある。

暴論をいってしまえば人間なんていつか必ず死ぬ。

だから、実は死なないようになんとかすることなんてできないのだ。

医療ははっきりいえばすべてが延命行為につながる可能性があるのだ。

治療を受ければ必ず治るという幻想は嘘なのだ。

適切な治療を受ければある程度は治ることがある。ということが正確な表現だろう。

適切な治療を受け続けてコントロールするような慢性疾患もある。

糖尿病や高血圧、関節リウマチなどはそれにあたるだろう。

不整脈でペースメーカーを埋め込んでいたり、人工透析で腎臓の替わりに毒素を抜く治療をずっと続ける。

そういう治療もある。

患者さんに賢くなってほしいというのは医師の傲慢なのだろうか。

悶々とした夜はふけていく・・・。
沖縄における米軍ヘリ墜落事故に関して。
まず、亡くなられた米兵に関しては心より哀悼の意をささげたい。
この米軍ヘリの所属していた嘉手納飛行場第18航空団は東日本大震災で救援活動を行った部隊だそうだ。
これは過酷な訓練があったからこそだという論調で正当化する論調がでている。

果たしてこれは本当のことなのだろうか。
まず、過酷な訓練があった上で救援活動が可能であるということはおそらく真実だろう。
しかし、これを「沖縄」で行う必要性があるのだろうか。
例えば、自衛隊はおそらく日本以外でほとんど訓練はしないだろう。
たとえ過酷な訓練だとしても。
ただ、海外で何らかの災害が起こった際には支援活動を行っている。

だから米軍が過酷な訓練の果てに「トモダチ作戦」を成功させた?ことと、「沖縄」で訓練する事ははっきりわけなければならない。

論点すり替えも甚だしい。

今日は8月9日。長崎に原爆が落ちた日。

自分は医療に携わる人間です。

自分の手をすり抜けていった命はどんどん多くなるばかり。

しかし、今まで看取ってきた人たちのはるかに多くの命を戦争や原子爆弾は一瞬にして奪ってしまう。

戦争や原子爆弾は人災です。

防ぐ事がほぼ可能だからです。

地震や雷、火事、洪水、台風などの自然災害とは違います。

日本は「唯一の被曝国」として「世界の平和」に関してもっと発信していいはず。

経済活動ではなく、そういった活動こそが「国際貢献」ではないでしょうか。

沖縄に基地はいらないし、原爆は地球上にはいらない。

反戦の想いを新たに明日からがんばろう。