柔らかな自立 その1はこちら。
前回は、
自分の言葉の定義は、自分で創ろう♪
と発信させていただきました。
言葉の定義を、無自覚・無意識に用いていたものから
「意識的に選びとった言葉」で定義しなおしてみる♪
すると、わたしたち自身の体験する世界を
自由に創造できるようになるから・・・。
たとえば
「経済的自立=自分で働いてお金を得る」
という観念を採用されている方は、今まさに
そういう世界を体験されていると思います。
かつては私自身もその観念を採用し、
会社員としてお給与をいただいていた時期があります。
ワタシ、稼いでいます!
ワタシ、自分で自分を養えています!
ダレニモタヨラズ、自分の足で立っています!
これが↑「ワタシガ」系の自立。
就職したてのころは「自力で稼いだお金」で自身を養えること、
もうそれ自体が嬉しくて面白くて♪
(余談になりますがこの「自力」というのも錯覚だなぁと^^;
今は個人的に感じています♪)
また経済的自立をしたことで名実ともに成人=社会人となり
「精神的自立」も成ったように感じるときもありました。
(背伸びをしたいお年頃だったんですね~w)
しかし「わたしが自力で稼いだお金」という
「ワタシガ」系の枠組みのなかでの自立は
「ワタシデナイ」ものがあるという二元的世界観なので、
ともすれば「ワタシデナイ」ものに対して
緊張や興奮、競争の世界を創造してしまいます。
お暇なときにコチラの記事
もご覧になってみてくださいね♪
そうやって頑張れば頑張るほど
「何か違う」
「これは自分の体験したい人生じゃない」
そう感じて立ち止まり。
自身の人生に欲しいものを真剣にじっくり問うたときに
「仕事のやりがいや楽しさだけじゃなく、
女性として心身ともにパートナーを愛し、
パートナーから愛される感覚も人生で体験したい♡」
私の場合は、上記の言葉が出てきました。
そして「四次元夢ノート」を書くことで
マイダーリンと望んだライフスタイルを創造し体験しつづけています。

パートナーを愛し、愛されることで
それまで見つめていた世界がぐん!と広がり、深まって。
結果、精神的な自立へと導かれることもあります。
そしてそれと同時に、あるいは連動して
豊さのシンボルとしてのお金が思いがけないカタチで降ってきて
(それを受けとるかどうかは、その方が決めます)
経済的な自立を手にすることもあるのです。
知らず知らず
「ワタシガやらなくちゃ」とあがっていた肩肘をおろすことや、ゆるむこと、
甘えることを覚えてパートナーである男性に包まれ愛を受け入れ、
「ワタシガ系ではなく、本当に芯の部分から満たされた状態で望む豊かさ」
に気づけることもあるのです。
そうして「今」を味わうこと、
今ある豊かさ(人もモノも出会いや別れなどの出来事)すべてを
そのまま感じることが今、私の大切にしたい、していることで。
柔らかな自立ってそういうことだと思うのです。
この「柔らかな自立」については、
書けば書くほど言葉が降りてきてしまって^^;
もうもう今回はとにかく難産でした~っ
なので、また少しずつ
発信させていただこうと思っています♪
読んでくださって、ありがとうございます。
感謝します。