③のつづき

 

 

父の気持ちと母の気持ちがわかるようになった僕は、夫婦喧嘩が始まると二人の揚げ足取りみたいな、売り言葉に買い言葉みたいなしょうもない舌戦に割って入り、

 

「いや、その話し方やと相手が傷つくだけやんか、そうじゃなくて本当は○○してあげたかったのに、おかんがあんなことするから××せざるを得なかっただけやろ。○○してあげたかった気持ちをまず理解してあげて」

 

というような翻訳を父母両方にバランスよく行い始めました。

 

 

ことあるごとに僕が仲裁に入りましたが、そのおかげか、祖父と父のことに関するケンカはほとんどなくなり、僕が大学に進学で家を出るころには、だいぶ夫婦仲も落ち着き、父は新しい仕事をするまでに快復しました。

 

回復するまでに、父は鬱病と診断され、カウンセラーによる治療も定期的に行っていましたが、本人は

「あんなとこ行っても意味ない」

と言っていましたが、それでも深いところまで自分語りをするようになったのは、カウンセラーさんのお陰だと思います。

 

 

こうして、我が家の離婚危機は回避できたわけですが、それは「母が父を見捨てなかった」という気持ちによって救われたと僕は解釈しています。

 

父が子供にもより影響を与えるような行動をとっていたら、母も離婚していたと思いますが、我が家のケースでは、母と父の間のケンカで終始したことは幸いだったのでしょう。

 

 

こんな家庭内のケンカなんざ、わざわざ不幸自慢だなんて書くほどのことでもなく、ごくごく普遍的な家庭の一幕なのではないかとは思いますが、あまり友人同士ではこんなこと話さないのでどれくらい普遍的なことなのか知りません。

明るみにでないので僕が書いてみた次第です。

結婚生活とかコミュニケーションにとって大切なエッセンスが少しは入っていた気がします。

 

この程度の不幸なら僕ら家族にとっては乗り越えられたいい話であって、家族に対して優しくなれたながーい1つのエピソードです。

父はこの当時のことを罪として、ふがいない父親としての十字架を背負い続けているかもしれませんがね。

 

 

いろんな不幸話があるかとは思いますが、これが僕の不幸話で完。

 

 

 

 

ちなみに、先日インドネシア土産を持って実家に帰ったときは、父と母は現在、西国33か所巡りにはまっているらしい。

御朱印集め始めた僕にとってはうらやましい限りなんですけど!

余生楽しんでます自慢や!!くそーこっちは婚活もままならへんのに!!

 

あの寺がよかっただとか、あそこから見る景色は見事だとか、あの料亭はうまかっただとか楽しそーで、

 
母「おとうさんなんて、あの吊り橋怖くてよう渡れへんかったんやで!笑」

父「いや!あれはだって40人くらいが渡ってたから、こうじゃなくてこんな!ゆれてたから!こけたらアブナイんや!」

母「ああ、まあそうやね、こけるのは危ないもんな」

 

などと、幸せそーにちちくりあってて、僕のインドネシア旅行話よりも盛り上がっちゃったりなんかして、なんか「これが二人にとってラブラブなんやろな」と嫉妬心が芽生えました思いましたとさ。

 

ちゃんちゃん。←令和世代には絶対伝わらなくなるやつ