七段目 《もう一度》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

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マジすか学園の小説です。
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もう、迷わない――

「シブヤさんッ」

大きな声と共に、勢いよく開かれた扉。
扉に背を向けて立つ板野は、扉を開けた人物を見ようとしない。
見なくてもわかる。
一緒に喧嘩をして、一緒に笑ってきた仲間だから。
「電話の時に様子がおかしかったから来たんですけど・・・」
扉を開けた人物が近付いてくる足音を聞きながら、板野は深く息を吸った。

今から私が言うことは、きっと全てを壊す。
過去も未来も。
絆も信頼も。
失うものは多く、大きくて。
得るものはただの自己満足。
でも、決めたんだ。

「私は強くなる。例え・・・、何を犠牲にしても」
呟いた板野の声は小さく、誰にも聞こえなかった。
だけど、口にしたのは板野の決意。
迷いとの決別の言葉。
板野が扉を開けた人物に体を向ける。
視界に映る人物を見た板野の瞳が、決意が、ほんの一瞬――揺れた。
板野と向かいあったその人物は、満身創痍の板野の姿を見て慌てて駆け寄る。
「どうしたんですか、シブヤさん!」

「来るな、小林」

板野の言葉に小林の足が止まる。
聞いたことの無い、冷たい声。
向けられたことの無い、冷たい瞳。
小林の心の中に、抱いたことの無い畏怖の気持ちが生まれた。
「・・・シブヤさん?」
呼び掛ける小林の声は震え、小さい。
板野は答えない。
押し潰される様な重い沈黙が二人の間に流れる。
その沈黙は、これから起きる何かを小林に予感させた。

嫌だ。聞きたくない。今すぐ耳を塞いで、逃げ出したい。
じゃないと、全部壊れちゃう。
やめて。やめて。やめて――

「いや――」
「私はリーダーを辞める。今日からお前がリーダーをやれ」
理解したくない。告げられた言葉の意味を。
認めたくない。板野が離れてしまうことを。
小林がよろよろと板野に歩み寄る。
「冗談、ですよね?だってシブヤさんがいなくなるなんて・・・、嫌ですよ。そんなの」
板野の腕に手を伸ばす小林。
あの時のように、板野の腕を掴む為に。
あの時のように、寄り添って歩く為に。
あの時のように、板野を離さない為に。

もう一度―――

「ねぇ・・・シブヤさん」
板野の姿が歪み、小林の頬を熱い雫が濡らした。歪む視界の中、板野に精一杯手を伸ばす。
「嫌だよ・・・、ねぇ」
伸ばした小林の手は、板野に届くことはなかった。
強い衝撃を受け、後ろに数歩下がる。
頬に走る痛みに数秒遅れて気が付いた。
大好きなリーダーに殴られた、と。
「二度言わせるな」
倒れる小林に板野は冷たい視線を投げる。
「そんな・・・。どうしたんですか!」
板野を見上げる小林の前に、黒い物が投げられた。
小林は手を伸ばしてそれを掴む。
「私にそれを着ける資格は無い。お前に返すよ」
倒れる小林の横を通って、板野は教室の扉に手を掛けた。

その扉を開くのは二度目。
一度目は仲間の為に開けた。
今は仲間を捨てる為に開ける。

「じゃあな、小林」
背を向けたまま告げられた別れの言葉。
小林は何も答えることが出来なかった。板野は振り返ることなく教室の外に足を踏み出す。
最後は一度も目を合わせることが無かった二人。
板野と小林を隔てるように、ゆっくりと扉は閉まった。


「酷いよ・・・、シブヤさん」
床に膝を付いた小林は、板野に渡された物を握りしめる。
それは、板野の誕生日に渡した黒いグローブ。

『誕生日おめでとうございます。これ、どうぞ』
『は?何だこれ?』
『グローブですよ』
『真っ黒じゃねぇか。もっと派手なの無かったのかよ』
『しょうがないなぁ。じゃあ、はいコレッ!』
『うわっ!なんだコレ!?』
『ハートのシール!』
『馬鹿かお前!』

文句を言いながらも、次の日にはグローブを手に着けてくれていた。
それが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

握りしめたグローブは柔らかく、板野が使い込んでいることを示していた。
そのグローブに一粒の雫が落ちる。
革で出来たグローブの上で、小林の震えに共鳴するよいに雫が揺れた。
「戻ってきてよ、シブヤさん。・・・シブ、ヤさん」
小林の手からグローブが床に落ちた。
そこには、ぼろぼろの小さなハートのシールが、貼られていた。



体育館では、メガネを掛けた小太りの教師が震える手でマイクを握りしめていた。
「こ、これにて校長先生のお話を終わります」
教師の言葉に新入生が一斉に席を立つ。
「やっと終わったぁ」
「長かったぁー」
「ったく、校長の話し長過ぎだろ。しかも出入口には四天王がいて出れねぇし」
生徒達は文句を言いながら、体育館を出ていった。
体育館に残ったのは三人。
その内の一人である野呂が隣に立つ麻衣に声を掛けた。
「なんとか無事に終わりましたね」
「そうだな。でも私は暇だった」
「普通はそうなんですよ」
野呂と並んで歩いていた麻衣が、体育館の出入口に立っている生徒に声を掛ける。
「大堀も見張り、ご苦労だったな」
大堀と呼ばれたその生徒が出入口を離れ、二人の方へ歩きだした。
「あら、いいのよ。お仕事だもの」
黒いスカジャンを羽織った大堀は、麻衣の労いの言葉に妖艶な笑みを返す。
マジ女でスカジャンの着用が許される生徒は四人。
ラッパッパ四天王、大堀恵はその一人。
「そういえば、大堀。お前、何人か通しただろ」
野呂が尋ねると大堀は頷いた。
「通したわよ」
「どうした?」
「別にやってもよかったんだけど、校長先生の話の最中に騒ぎを起こすのはねぇ」
野呂と大堀の会話を黙って聞いていた麻衣が口を開いた。
「つまり、その生徒達はお前が手を焼くようなやつらってことか?」
「そう。倒せるけど少し騒ぎが大きくなっちゃうわね」
「誰だ?そいつら」
「さっき野呂を殴った速い女。派手な格好をしたギャル風の女。そして、篠田よ」
「篠田か・・・」
大堀が最後に言った名前に反応して、野呂がポツリと呟いた。その横で麻衣は大堀に尋ねる。
「最初の二人は知らないな。一年か?」
「たぶんそうよ」
「一年ねぇ・・・。今年は面白くなりそうだな」
麻衣が嬉しそうに野呂の肩を叩いた。
「痛ッ!嬉しくないですよ。まったく・・・」
「うふふ、そうね」
「大堀まで・・・」
「よし、部室に戻るか。あいつらも待ってるだろうし」
麻衣が言うと二人が揃って頷いた。
「そうね」
「そうですね」