六段目 《大切な弱さ、手にしたい強さ》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

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右の拳を強く握り締めたまま意識を失い倒れた板野。その姿を一瞥して、柏木はゆっくりと口を開く。
「・・・驚いたよ」
呟き、柏木は教室を後にした。


静まり返る廊下に、柏木の足音と揺れるロザリオが響く。
不意に柏木が立ち止まり、その両方の音が止んだ。左手を持ち上げ、左の頬に触れる。頬に痺れるような軽い痛みが走り、指に生温い血が付いた。
指に付いた血を見て、柏木の目が僅かに見開かれる。
「本当に・・・、驚いたよ」
板野が最後に放った右ストレート。
それは、高速で回避しようとした柏木の頬を僅かに掠めていた。手に付いたのは、その時に切れた頬の血。
「初めてだよ。止められたのも、殴られたのも」
誰も捉えることの出来なかった柏木の速さ。
それが一日の間に、野呂に止められ、板野に殴られた。
ため息を吐く柏木の表情に悲しみはなく、楽しげな笑みが浮かんでいた。
「板野友美――覚えておくか」

「うん。覚えといてねん」

誰かの声が聞こえて柏木が後ろを振り返った。
狭い廊下に人影はない。
「・・・気のせいか」
柏木は前を向いて歩きだした。再び廊下に響く足音と、揺れるロザリオ。 



「――ヤちゃん」
扉が開く音。自分を呼ぶ声。近付いてくる足音。
徐々に意識が戻り、板野はゆっくりと目を開いた。
「うッ・・・」
体を起こそうと力を入れるが、激痛が走り、再び床に体重を預ける。
「くそ・・・」
「大丈夫?」
板野が声のする方へ仰向けのまま顔だけ向けると、そこにいたのは柏木ではなかった。
机の上に座って足を揺らしながら、平嶋がにやにやと自分を見つめている。
「大丈夫そうに見えるかよ・・・」
言いながら、板野は平嶋から顔を背けた。
平嶋の前で無様に倒れる自分が嫌になるが起きあがれない。
「手、貸そうか?」
平嶋が机から下りて、板野に指輪だらけの手を差し出した。
「いらねぇよ」
「ヒヒッ、素直じゃないねぇ」
平嶋は差し出した手を引っ込めて机に座りなおした。
「何しに来た」
「別に。何となくだよん」
おどけたように肩を竦める平嶋。
「何の為に私と柏木をやらせた」
「さぁ~、何ででしょ~」
「チッ。意味わかんねぇ」
「ヒヒッ、そりゃどうも」
会話が途切れ、奇妙な沈黙が流れる。その沈黙を破るように板野が口を開いた。
「なぁ、ウリ先輩。どうして私は負けた?あんたにはわかってたんだろ」
「わかってたよん。だって、シブヤちゃんがブラックちゃんに負けるのは当然だもん。グーがパーに、パーがチョキに、チョキがグーに負けるようにね」
馬鹿にしたような平嶋の言葉を否定することも、怒ることも、今の板野には出来なかった。
ただ、体の痛みに、心の痛みに耐えながら天井を見上げる。
「でもね、シブヤちゃんとブラックちゃんの強さはあまり変わらない」
平嶋の言った意味がわからずに、板野は眉を寄せた。
「なら何で」
「強さは同じでも、持ってる弱さの数が違う。ブラックちゃんは持ってる弱さが極端に少ない」
「は?意味わかんねぇし。私の持ってる弱さって何だよ」
平嶋が板野を見た。
その目は今までの目と違い、笑っていない。
真剣な目で真っ直ぐに板野を見つめている。
「わかんないの?仲間だよ、仲間」
その言葉に板野が勢いよくが起きあがった。痛みも、何も感じない。
平嶋を睨み付け、目の前に立つ。
「仲間のせいじゃねぇ」
「ヒヒッ、優しいね。でも、それがいけない。その優しさがシブヤちゃんを弱くする」
「黙れッ」
板野が平嶋に掴み掛かった。
平嶋の襟に手を伸ばす。
「・・・っ!」
板野の動きは片手で平嶋に止められた。
「ひひっ、舐めない方がいいよ。ボロボロのシブヤちゃんに負ける程、私は弱くない」
一瞬――平嶋を包む空気が変わり、教室全体の空気が張り詰めた。
その声は今までの飄々とした声ではなく、低い高圧的な声。
平嶋の体から放たれる強い威圧感に呑まれ、板野は一歩後ろに後退った。
「ヒヒっ、じゃあ話を戻そうか。つまり、シブヤちゃんの持ってる弱さってのは仲間なんだよ」
そう言った平嶋は何事も無かったように、いつも通りの道化じみた笑顔を浮かべている。
板野は平嶋の豹変ぶりに動揺を隠せないままに言葉を返す。
「だから、何で仲間が私の弱さなんだよ」
「思い当たることはない?」
「そんなもんね――」
言い掛けた言葉が止まる。
思い当たることがいくつか浮かんできた。
小林とヘラヘラ笑い合う自分。
小林と腕を組む自分。
仲間を馬鹿にされて冷静さを失う自分。
「ねぇ、シブヤちゃん。今の仲間と一緒にいるとシブヤちゃん、どんどん弱くなっちゃうよ」
平嶋の言葉に板野の心が揺れる。

弱くなる。仲間といると弱くなる。
柏木に手も足も出なかったのは私が弱いから。
強くなるには・・・

「仲間を捨てればいいのか?」
尋ねる板野の声は震えていた。
「ヒヒッ、それは自分で決めること」
そう言うと、平嶋は机から下りて教室の扉に向かった。扉に手を掛け、板野を振り返る。
「じゃあね、シブヤちゃん。応援してるよ」
扉を開き、平嶋は教室を出ていった。
一人残された板野の心は、平嶋の残した言葉に呑まれていく。
「仲間を捨てる・・・、強く、なる為に。弱さを捨てる為に」


「ヒヒッ、来た来た」
自分が出た扉に寄り掛かりながら、唇を吊り上げて笑う平嶋。その耳で近付いてくる者の足音を聞いていた。
「可哀相なお仲間さん」
呟き、壁から背を離して歩きだす。角を曲がった所で、一人の生徒とすれ違った。
平嶋は足を止めて後ろを振り返り、すれ違った生徒の背中を見送る。

「シブヤさんッ」

すれ違った生徒が、言葉に捕らわれる板野のいる教室の扉を開けた。
その様子を見届け、平嶋は再び歩みを進める。
「ヒヒッ、君は仲間を捨てるのかい?シブヤちゃん・・・」
平嶋の指にはめられた十個の指輪が、怪しく不気味な光を放った。