※ひとり語り用台本
※隅付き括弧の一人称は自由に変更してください
※その他利用については コチラ
※シリアスでもコミカルでも解釈のままにどうぞ
空の穴
その日、珍しく空が赤くなる前から出ている月に気がついた。【私】のメンタルとは正反対の明るくきれいな満月だ。
いつもより少しだけ早い時間の帰り道で、普段目に留まる買い物帰りの主婦(主夫)や、お菓子を持って嬉しそうに親を追う子供、この後会社へ戻るのか面倒そうな顔の社会人。そんな人達を見かけない。
「あれ、おかしいな」
小さく口から解き放たれたそれを引っ込めることはできないまま、【私】はもう一度月を見上げた。
途端、ぐうっと月に吸い寄せられるような感覚に襲われた。もしかしたら月の方から迫ってきたのかもしれない。空に空いていた月という穴に落ちるように、【私】は頭の方向へとまっすぐに、真っ逆さまに、飛び出した。
視界いっぱいに広がった星空と異様に大きな月。非日常に、【私】の頭をよぎったのは、ビーズが並ぶ手芸屋さんだ。宝石を散りばめた、なんて表現はお金持ちの発想だろう。
足元に地面が感じられず、また足の方向へ重力も感じられないというのは、どうしてこんなにも不安になるのだろう。けれどそれでも、いつもの帰り道が見えない漠然とした不安のほうが、自分がどこに居るのかわからない今の状況よりも嫌だった。
「だったら帰らなくていいや」
【私】がそうつぶやくと、大きな月は三日月に形を変えた。笑顔の空に、【私】は少しだけトクンと波打つ心臓を抑えながら目をつむった。
「さよなら、世界」
2022/04/21 今昔みや子