永楽帝~大明天下の輝き~ #18 空印の業 あらすじ
皇帝は空印事案に関わった全官吏(1703名)の名簿を朱棣に渡し、刑に関する意見を求めた。
明律によれば、全員死罪かつ生存する3代以内の遺族が国境での兵役を義務付けられ従軍中に半数は死ぬ。
しかしそれでは数万の民が死ぬことになる。
朱棣は着服額が多い高官は死罪とし、加担しただけの者は国境の軍へ送ればよいと答えた。
太子は朱亮祖親子を見せしめにするため捕らえた。
明初の空印事案に連座した者は万を超え、皇帝は大規模な粛清を行った。
胡惟庸も捕らえられ牢に入れられた。
耿炳文や傅友徳ら淮西派の重臣たちは李善長を頼り訪ねたが、李善長は会わなかった。
李善長の計らいで呂本が胡惟庸の牢を訪ねた。
呂本が死後の名誉を考えるよう話すと、胡惟庸は罪を認め、自分とつながり利益を得た王公たちのリストを皇帝に差し出した。
胡惟庸は自害することを許された。
妙雲が倒れ、皇后は朱棣に恵済寺で高僧に祈祷してもらうよう命じた。
空印事案で、あまりに多くの業を朱棣が背負ったからだ。
妙雲は難産の末、朱高煦を産んだ。
胡惟庸が世を去り10か月近く経過した。
空印事案で誅された官吏は2000名近く、いまだに多くの部署で官吏の欠員が出ている。
中央の欠員は6割。州府は8割。
推挙された者の7割は辞退する。
呂本は、学生を招集し、招集に応じて都入りした学生から優秀なものを順に採用することにした。
礼部祠部主事となった方考孺は、錦衣衛や苛法を廃し尋問・刑罰を緩和するよう皇帝に奏上した。
方考孺による”三事の奏状”は情勢に火をつけ、朱棣と錦衣衛は矢面に立つことになった。
吏部、礼部、工部、刑部、兵部も錦衣衛を弾劾し、戸部の夏原吉も奏状を記した。鉄鉉も夏原吉の奏状に賛同の署名をした。
錦衣衛の弾劾は以前にもあったが、以前のものは胡惟庸が糸を引いていた。
しかし今回の弾劾は空印事案を経て残った清廉な官吏たちによるものであった。
朱棣は錦衣衛弾劾の件を妙雲に隠そうとしたが、妙雲は知っていた。
侍医によれば、朱高熾の体調には北平の気候があっている。
妙雲は錦衣衛の職を辞し就藩することを提案し朱棣も同意した。
朱棣は恵済寺を訪ね、姚広孝に自分の嫌われようが度を越していると話した。
感想
空印事案に決着がつきました。
皇帝は朱棣に意見を聞きましたが、その通りにしたわけではなく法律通り皆さん死刑になったようです。
胡惟庸は呂本から死後の名誉を考えるよう言われ、最後に皇帝をうならせる働きをしました。
そして自害を認められました。
結局死ぬことになったわけですが、この世界ではどのように殺されるか、死体は残るか残らないかでランクが変わる(!?)ようなので、自害できて死体も残る死に方というのは、良い死に方(?)のようです。
(現代的な目で見ると、どっちみち死ぬんですよね?としか思えませんがっ。)
名前だけは出てきているけれど淮西派の重鎮宋国公・馮勝さんは、未だに登場していません。
胡惟庸は敗れたものの、淮西派自体はまだ存続しているようです。
2000名近くが死罪になり、連座した者も多数ということで誰も官吏になりたがらない。
確かにここ数回を見ていると、官吏になっても錦衣衛に見張られて冤罪で拷問受けるだけの人生っぽいですから理解できます。
生き残り現場で働いている人は、大変だろうなぁ。
空印事案については一応片づいたということで、調べてみました。Wikipediaさんに記述がありましたので引用します。
背景
当時の中国では毎年、州・府・県は規定に従って各布政使司に計吏を送り、地方財政の収支を報告することになっていた。そして報告を受けた各布政使司が戸部(財務大臣)に報告する義務があった。このように何度も確認を経ることで、初めて収支簿に記載されて皇帝に報告されるようになっていたのである。つまりこの計算が合わなければ、最初から収支簿を作りなおす必要に迫られた。
ところがこのやり方では時間がかかりすぎた。不正を取り締まるという意味では最適だったが、わずかでも計算が狂うと直ちに最初からやり直すのである。特に当時の首都である応天府(現在の南京)から遠く離れた北方はモンゴル対策もあって治安が不安定な所も少なくなかった。そのような場所で最初から計算をやり直し、また新たに役所の確認や印も必要とする。
このため計吏は、各官や役所の印があらかじめ押してある空欄の帳簿を準備するようにしていた。こうすれば、仮に収支簿を送り返されても、すぐにやり直して提出できるからである。この方法は、各地の官吏で公然の秘密として慣習化されていた。
粛清
これが皇帝だった朱元璋に知られてしまった。朱元璋は激怒し、各地の役所の長官と印を保管する責任者らを一律に死刑とした。またその補佐を務めるべき官吏だった者などは連座として北方や南方における辺境の兵士として左遷された。空印事件 - Wikipedia
調べてみたことで、官吏が空印の用紙を持っていた=不正をしている という訳ではないようだと感じました。
単に制度が厳格すぎて その通りにやっていたら実務が回らなかったから空印の用紙を持ち歩いていたという官吏もいそうです。
結果として方考孺の父のように、冤罪で死罪になってしまった人もたくさんいて、そういった人たちの恨み等を全部朱棣と錦衣衛が背負うことになってしまいました。
張玉は朱棣=錦衣衛ではないと分かっていましたが、張武のように朱棣=錦衣衛だと考えてしまう人も絶対にたくさんいると思います。
そんな中生まれてきた朱高煦さん。
皇后は、空印事案で死んだ人たちの業を背負った朱棣に、高僧に祈祷してもらうよう命じました。
果たして子供たちの運命は…?
この兄弟は、他のドラマにも出てきていましたが、この兄弟が同じ母親から生まれたと知らなかったので個人的に感慨深いシーンでした。
今回はこれから活躍しそうな方考孺、夏原吉と新たな重要人物が登場しました。
彼らの活躍を期待したいです。