永楽帝~大明天下の輝き~ #9 成婚の日 あらすじ
太子が筆写させた求賢令に対し、朱棣は”無能の君子 小人に勝る”と反論した。
太子は、決して誠実ではない陳平が漢の礎を作り、同じく誠実ではない蘇秦が燕を救ったことを語った。忠実かどうかを見極めることは極めて難しいのだとも。
皇帝の息子であえることは疲れると言う朱棣に、太子は5時間しか眠らず政務を執る皇帝の疲れがどれほどかを語った。
太子は、徐家との縁談を破談にし二度と都に戻らず江南で気ままに暮らすか、都に留まり兵権を持つ藩王となり妙雲を娶るかを選ぶよう朱棣に迫った。
妙雲は燕王妃に封じられた。
朱亮祖は、胡惟庸を訪ね約束を守るよう迫っていた。
自分たちは胡惟庸の命に従い皇帝に謝罪したのだから、そちらも約束を守るようにと。
朱亮祖らには爵位は功を立てて勝ち取ったものであり、紛争を抱えている皇帝には自分たちの力が必要なはずだという自負がある。
胡惟庸は、皇帝が1年以内に皇子たちを国境に送り軍務につかせるはずだと話し、皇帝に従っていれば約束したことが必ずかなうと言った。
朱亮祖が帰ると、胡惟庸は涂節と皇帝の出した律令について話した。
律令には、”初犯は罪を免じる”との条文があったことで、涂節は皇帝が寛大だと考えた。
しかし胡惟庸は、2犯以降の罪も定められていることを挙げ、”公侯に与えた丹書鉄契はもう使えぬ”と皇帝は言っているのだと示し、厳しい措置なのだと話した。
これほど見通している胡惟庸がなぜ朱亮祖たちの側につくのか、涂節は尋ねた。
胡惟庸は我が身を守るためだと話した。
朱棣の婚儀の日、皇帝は太子に王朝が交代するのは民を追い詰めたからであると語った。
そして大切な息子たちを外に出すのは、民の苦しみや王朝を守ることの難しさを悟らせ太子の治世の手助けをさせるためだと話した。
初夜の床から、妙雲は朱棣を追い出した。
もう1つ寝具を用意しておいたのだ。
朱棣が自分を真の妻と認めたら、褥に侍ると妙雲は語った。
朝議の席で、徐達は北征を命じられ、涂節は田畑返却を取り仕切るため鳳陽へ行くよう命じられた。
秦王、晋王と朱棣は鳳陽で就藩に備え演武を行うよう命じられた。
劉基は、病を理由に御史中丞を辞したいと願い出た。
皇帝は感謝していると伝えるよう命じ、太子と朱棣を劉基の屋敷に派遣した。
帰りの馬車の中、太子は皇帝が感謝していた理由を朱棣に話した。
皇帝は胡惟庸を信じていない。
中書省(胡惟庸がっ所属)は政務を司り、御史台(劉基と涂節が所属)は監察を司る。両者は敵同士だ。
劉基がいては、涂節と胡惟庸は大胆な行動ができない。
胡惟庸の心を試すために劉基は退き、そのことを皇帝は感謝したのだった。
太子家族や兄弟らと野遊びに行った朱棣は、速駆けで田畑を荒らし、太子に叱られた。
感想
朱棣が結婚し、ぐっと大人っぽくなった回でした。(役者さん変更)
婚儀の日、太子におひげが生えていて、”あら?イメチェンかしら”と思っていたら、弟が大人っぽくなってどっちが年上か分からなくなってしまうことを回避するための布石だったようです。
盛庸が登用されることについての問答が、すごく面白かったです。前回、文句を言いに来た朱棣に太子は「求賢令」を渡し書写させました。
求賢令では「能力が第一 徳行は不問」と語られているらしく、それに対して朱棣は”無能の君子 小人に勝る”と教えられてきたことを語りました。
太子はそれに対して、誠実ではない人たちが国の礎を作り国を救ったことや、誠実かどうかを見極めることは極めて難しいことを語りました。
ちょうど、私が大好きなこちら↓の動画でも、「名軍師は人格破綻者だらけ」ということが語られていて、ドラマを見ながらこの動画のことを思い出していました
前回、徐家まで殴り込んで娶らない宣言をした割に、あっさり結婚することに。
妙雲と結婚したということは、太子に迫られた2択で自ら妙雲と結婚することを選んだということなのか。
それとも いつも通り朱棣の意思とは無関係に婚儀が進められたのか。
描かれませんでしたが、ここは朱棣も覚悟を決めて妙雲と結婚することを選んだのだと解釈したいです。
初夜、妙雲は夫に別の布団を用意し別々に寝たので2人が本当の夫婦になるには時間がかかりそうです。
棒叩きにあった話をはじめ、朱棣のカッコ悪い話をたくさんすることで、全部知ってますアピールをしつつ今までの鬱憤をきちんと晴らしていたのは頼もしかったです。
この調子で尻に敷いてください。
自分に対する無礼のお返しとして、冠に暗器(?)を仕込んでいたのにはびっくりしました。やられたらやり返す姿勢、いいと思います。
淮西派の件は、前回で解決したかに見えましたが、まだまだのようです。
皇帝は胡惟庸と涂節を信じていないし、胡惟庸は傅友徳たちから約束を守るよう圧力をかけられているし。
まだまだ政治的駆け引きが続くのでしょう。
劉基は故郷に帰りたいと願い出て、皇帝は太子と朱棣を劉基の所に派遣しました。
感謝していると伝えるよう言って。
その真意を太子から聞いた時は、度肝を抜かれました。
皇帝が命じたわけではないけれど、劉基は皇帝の心を汲んで自分ができることをし、皇帝は劉基が自分の気持ちを分かってくれたことに感謝したと。
みなさん建前の裏に別の心を隠していて、朱棣も言っていましたけれど、こんな人たちに囲まれて生活するの大変そうです。