








そんなあなたの...
残り100日の運勢は
台風10号と共に、家出をして3週間くらい経ちました。
両親や兄が、程よく気を使い、程よくほったらかしてくれてるおかげで
主人も子どもたちも私も、正常な体調に戻りました。
子どもたちが、クソババアでしかなかった姑から受けた意地悪のせいで、ストレスが体調に出ていた時を考えると
本当に元気になりました。
チック症も治り、手の震えもなくなり、夜泣きや他害もなくなりました。
よく笑い、よく喋り、よく悪ふざけもするようになりました。
実際に、クソババアと同居したのは半月だったのかな⁉️
我慢が足りないと思われる方もいたと思いますが
私に後悔はありません‼️‼️
さて
今のイソウロウ生活もあと1週間。
こんな事ももう無いと思うので満喫しようと思います(笑)
最近、ゲッターズ飯田が気になりだしました。
わたし、金の鳳凰らしいです。
8月16日
予定通り姑が住む家に引越し。
そして
9月5日
台風からの避難を口実に
一姫二太郎を連れて私は自分の実家に帰りました。
そして
9月10日
旦那が家を出て私の実家に来ます。
もう
姑が住む家には戻りません。
一緒に住んで数週間。
姑からの一姫二太郎に対する無視。
(いってきます、すら無視)
姑からの一姫二太郎に対する暴言。
(あんた達なんか来なきゃ良かった…などなど)
姑からの私に対する育児批判。
(こういう教えをされてるようですが…と馬鹿にしたような批判の数々)
姑からの私の実家に対する育児批判。
(私の育ちが悪いって話です)
姑からの私の兄弟に対する批判。
姑から息子である、私の旦那に対する批判。
(嫁選び間違ったな‼︎的な)
姑からの、家族会議とは名ばかりのあら探し大会での八つ当たり。
そして
「ここはあなた達の家じゃありません、私の家です」
「どうぞ、出て行きたかったら出ていって構わない」
「私だけがいーっぱい我慢してる、私だけが可哀想」
と、自分だけが被害者アピール。
そしてそして更には
死産した娘の位牌を仏壇に置かせてもらってましたが床に放置されて
遺影を床に伏せられました。
全部で何回されたかな。
その理由「あんなもの見たくもない」と。
出て行くことを決めた究極の理由は
子どもたちに、ストレスからくるチック症が見られたこと。
子どもたちが、家に帰りたくないと言い続けたこと。
そして
私が、「あの家に帰らなきゃ行けない」と考えただけで仕事中に涙が出るようになったこと。
それでも旦那は
「お願いだから、あと一回だけ母親にチャンスを与えてやってほしい」と私に頭を下げました。
それでも
帰らない私と一姫二太郎。
そんな中でも、連日のように姑と話し合いを重ねる旦那。
そんなある日
急に旦那からLINEが…。
「次を探そう」と送られてきました。
諦めるに諦めきれなかった旦那が「家を出よう」と決意する何かがあったんだろうと思われます。
姑、しまいには何を言ったんだろう。
そして、旦那から姑に一生のお願いが。
「お願いだから、elicoの実家に頭下げに行ってくれ」って言ったそうです。
そしたら来ました姑。
「誰に話してもみんなが謝りに行けっていうから来ました」って、私の母に言ったそうです。
ん?
んー。
訳しましょうか?
「謝る気はないのだけれどみんながいうから仕方なく来ました」って話です。
それをわざわざ言う⁉️
もう信じられない。
で…。
明日
旦那が、私の実家に来ます。
一緒に、次の住まいが決まるまでここで暮らします。
細々した荷物は持ってきてくれるかな。
大型荷物は、次が決まってから兄たちに運搬をお願いする予定です。
私の実家に来て6日目?
子どもたちがめっちゃ笑うんです。
すごく楽しそうに笑うんです。
「ここのばあちゃんは無視しない」って言ってました。
嬉しそうです。
70近いババアが
5歳や7歳を無視ですよ。
むかつくわぁ。
不幸中の幸いは
旦那が味方についてくれたこと。
一緒に出ると決めてくれた。
一緒に次を探そうと決めてくれた。
これは、大きいです。
で、すでに新居探しに入ってます。
次の住まいの重要事項は
なるべく転校しなくていいようにしたい。
もし、転校となった場合は
規模が小さい学校の校区であることです。
環境の変化に弱い子どもたちに
本当に可哀想なことをしています。
少しでも負担を少なくいきたいところです。