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単身留学中の15歳男子(Year10)の二学期の成績が発表されました!

 

 

学期の振り返りとYear10の学年末に向けた課題について息子と話をします。




しかし、息子は今年の春休みは日本に一時帰国せず、留学先のガーディアン宅に滞在します。

 

 

Year10から長期休暇が短くなったというのもありますが、学業に専念するためです。息子との話し合いはZoomになります。

 

 

 

Year10〜Year11の成績は極めて重要なので、まずは我が子が無事に二学期を終えることができたことに少しだけ安堵しています。グループワークや課外活動もかなり忙しかったようですが、息子のコミュ力は爆上がりしました!





 

【English as a first language】は、第一言語としての英語(国語)を学んでいるわけですが、英語が話せるからといってスコアが取れるわけではありません。




ネイティブでも簡単ではない内容だと思うのですが、そんな中、インター出身とはいえ日本で生まれ育った純日本人の、ごく一般的な息子がAを取れたのは、本人が日々コツコツと積み上げてきた結果に他なりません。負けず嫌いの我が子は、学期末の成績でA★を目指すそう。

    





やはり英語力が上がると、他科目にも良い影響を与えるようです。例えば、記述式問題の多い英文学では実用的ではない単語や抽象的な表現が出てきますし、経済学には専門用語が頻繁に出てきますが、学習言語としての英語力がないとそもそも理解できません。

 

 


 

Year10で使用している経済学の教科書を見ていると、





 

“損益分岐点分析”

 


 

とか

 


 

“事業の目的とステークホルダー”

 

 

 

などの内容が出てきます。






これらは、経済専攻の日本の大学1年生が学ぶ範囲ではないでしょうか。

 

 


 

文章を読んで理解し、自分の言葉で、英語で記述で解答しなくてはなりません。経済は数学も重要です!

 

 

 

経済学が※最高評価のA★だったのは、親バカながら本当によく頑張ったと思います。

 



※ A★〜Gの8段階評価

 



 

勉強だけがすべてではありませんが、成績や学力も、本人が頑張ったという立派な証ですし、実際、海外の大学へ進学するにも成績が重視されます。



 

 

ビジネス系科目は他に、経営学や会計学などがあります。息子の学校では、Year10〜Year11は必須科目の英数理+外国語の他、選択科目があり、全部で9〜10科目を学びます。理科は(物理/化学/生物)からダブルサイエンス又はトリプルサイエンスを選択。





必須の外国語は、学校によりフランス語やスペイン語、ドイツ語、イタリア語、中国語など様々。これらを英語で学ぶので、英語が一定のレベルに達していなければ履修が難しくなります。

 

 



 

日本は他の先進国に比べ起業家の割合が低く、起業に無関心な人の割合が高いですが、海外の中学/高校では経済を実践的に学ぶので、自然と起業やスタートアップへの関心が高まります。ユニコーン企業の数も日本とは比較になりません。

 

 



起業するのも良し、正社員として働くのも良し、何かの道のスペシャリストを目指すのも良し。




 

 どこの国/どの大学かに関わらず、保護者として我が子の適性や将来の可能性を見極めた上で、丁寧に大学進学のサポートをしたいものです。





 

 

 

 

 

 

 

 

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年末年始は課外活動の関係もあり、日本に一時帰国していた我が子。

 

 

 

 

我が家は習い事を始めたのは3歳でした。同時に、親子分離型の宿泊キャンプに初めて1人で参加したのも3歳でした。未就学児の時は、園のシーズンカリキュラムで、山梨県や静岡県でのキャンプに季節毎に参加していました。ロッジや民宿に泊まり自然体験をしたり、夜は皆でゲームをしたりしました。

 

 

 

 

小学校に上がると、奄美大島やトカラ列島、離島などの大自然キャンプにも参加するように。飛行機や高速バス、夜行フェリーや高速船に乗り、知っている人が誰もいない長期間のキャンプにも自ら参加したがるようになりました。




※ トカラ列島の地震と被害についても、心を痛めていました。実際に行って島の方達や現地の子ども達と交流したからこそ、息子にとっては他人事ではなかったのでしょう。

 

 

 


参加者と協力してテントを組み立て寝袋で寝泊まりしたり、火起こし、自給自足、田植え、ハイキング、登山、沢登り、カヤック、ラフティング、海や川に飛び込んだ体験などは、息子の対人能力、サバイバル精神や危機対応力、忍耐力、集中力、リーダーシップ、科学への好奇心、社会への関心を育み、身体感覚を鍛えてくれたと思います。




それに、日本の四季と自然が大好きになりました。

 

 


 

親からすると、「ちょっとハードじゃないかな?」と思えるような自然体験も、専門家による説明と徹底した管理のもと、挑戦させてきました。

 

 

 


これまで様々な習い事をしてきましたし、国内外の旅行にも連れていきましたが、それ以上に息子に影響を与えたと思うのは、親元を離れての宿泊体験、野外体験、そして料理です。





一緒にスーパーに行き旬の食材や産地について話をしたり、料理をした事ですね。

 

 

 

 

私は料理は得意でも好きでもなかったので外食も多かったのですが、息子とのコミュニケーション、そして健康のために、忙しくても出来るだけ自炊するようになり、少しずつ料理が好きになってきました。

 

 

 

 

 

料理って、脳をフル回転させますよね。限られた時間と食材でつくる行為は、時間管理能力にも役立っていると思いますし、フードロス問題や環境への関心にも繋がっています。これらは、現在学校で学んでいる経済学や地理、科学にも影響を与えています。

 

 

 

一番嬉しいのは、一時帰国した時に料理を作ってくれるようになった事です!学校の寮にもキッチンがあるので時々自炊をしているようで、めきめきと腕をあげています。料理教室には通っていませんが、息子は料理好きになりました。それに、料理は忙しい勉強の合間の気分転換にもなっているようです。

 

 

 

 

 

塾や習い事で忙しい現代っ子ほど、これらの経験が意味のあるものだと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 
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大晦日ですね。
 

 
読者の皆様に支えられて、これまでブログを続けることができました!本当にありがとうございました。
 
 
 
来年も皆様にとって素晴らしい年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
 
 
 
 
 
今年最後の記事です!
 
 
 
 
一歳から一日の長い時間を英語環境で過ごしてきた息子。日本ですと中学生です。小学校もインターナショナルスクールに通い、現在は海外留学生(四年目)です。
 
 
 
 
低年齢からお子さんをインターに通わせる(通わせたい)親御さん、留学させている(させたい)親御さんの中には、日本語よりも英語を優先する方もいらっしゃると思います。
 
 
 
 
我が家の場合、親である私とのコミュニケーションは徹底して母語である日本語で接し、国語や日本文化に関心を持てるようかなり意識をして、環境を整えてきました。
 
 
 
息子は日本の学校には通った事がないのですが、日本語で書かれた本を読み、日本語で日記を書くのが習慣となっています。しかし、本人にとっては英語のほうが圧倒的に楽なので、過去には日本語から遠ざかりそうになった時期もありました。
 
 
 
 
※ 英語は学校と塾/家庭教師、読書がベースでした。友人との交流は英語が主で、プライベートも英語を好んでいました。現在、洋書と日本語で書かれた本のどちらも読みます。
 
 
 
 
 
留学先の学校では、Englishは『English as a first language』(第一言語としての英語)を学んでいます。第一言語として国語(英語)を学ぶことで、その国の文化やその背景について深く知ることができ、結果として英語力も上がり複雑な思考力が鍛えられたと感じますし、他教科の底上げにもなっています。
 
 
 
 
息子が『English as a first language』を学んでいて良かったと思うことは沢山ありますが、なによりも、外国でその国の『国語』を第一言語として学ぶことで多くのことを得た経験から、【自分の母語である日本語もしっかり学ぶ必要がある】と自ら気付いてくれたことが、本当に良かったと思います。何故なら、息子は日本人だから。
 
 
 
日本は息子が生まれ育った国であり、言語、衣食住すべてから影響を受け続けていますし、どんなに海外生活が長くなろうとも、生涯を通して【日本】を決して切り離すことはできません。私たちの存在が文化と共にあるからです。
 
 
 
留学先の学校でも、寮生は母語の大切さについて言われ続けてきましたし、保護者面談でも毎回「母語を疎かにしないでください。」と言われてきました。国語がその国の発展を支えていること、【真の国際人を育てるには母語が重要】というのが、学校の方針なのです。
 
 
 
学校でも友人に日本のことを聞かれたり、日本語を教えて欲しいと頼まれることもあるようです。実際、以前のハウスでは、フランス人のルームメイトに日本語を教える代わりにフランス語を教わっていました。
 
 
 

 
学校にはクラブ活動が100種類以上あるのですが、空手や日本文学、将棋、日本アニメ研究会などもあり、日本文化は外国人にも人気があります。日本について聞かれた時に何も返すことができなければ、息子自身が恥ずかしい思いをすることになります。
 
 
 
 
 
息子が将来的に海外で働くことになったとしても、日本人であることに自信と責任感を持って生きて行って欲しいと思います。
 
 

 

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皆さんはお子さんの教育資金とは別に、ご自身やご家族の生活資金や老後資金はどうされていますか?

 

 

 

我が家の場合、ひとり親世帯、そして世帯は別ですが病を抱える母がおります。私は40代半ばとなり、万が一自分が病気や事故で働けなくなった時のことを考える機会が増えました。同時に、母が要支援や要介護になった時のことも…。実際、私の父は今の私の年齢くらいで他界しています。

 

 


老後はまだ先のことと思っていましたが、私の同級生や同年代でもご自身やご家族に生活介助や介護が必要となった方がいらっしゃいますから、他人事ではありません。




 

会社のこともそうですが、息子や母に迷惑を掛けたくないという思いがあります。しかも、息子は将来的にも海外にいる可能性がありますから、私自身のことは自分で準備しておきたい。




もし母が専門家のサポートを必要とする状態になった時には、生活の質を極力落とさずに過ごせる環境や設備、施設の充実度、サービスが整った一般型特定施設を準備してあげたいと考えています。




私自身は、時々でも介助の必要性を感じるようになったら、母に考えている施設のように、24時間365日介護・看護スタッフ常駐の施設への入居を選択することになると思います。




私が現時点で興味を持っている施設は、入居時に要介助や要介護でない事が条件となっています。心身共に健康上問題のない65歳以上の方が対象なのです。そこでなら、リモートで仕事をしている方もいますし、できることがあります。




となると、一般的に介護認定が必要とされる『公的介護施設』という選択肢は我が家にはなくなります。公的介護施設も大きなお金が掛かりますし、そもそも入居できるかもわかりません。

 

 

 


 

私が入居する時の年齢は65歳かもしれませんし、80歳以降かもしれません。もし65歳で入居となれば、我が家の条件にあった施設の場合、1人部屋で入居時7,000万位掛かることになります。上乗せ介護費や、その他の自己負担も発生します。しかも、 入居といっても自分のものにはなりません。



 

現在70歳になった母がいずれ80歳で入居となれば、入居時4,000万位発生する事になります。私と母の2名分の資金を準備するとなると、1億以上のキャッシュが必要になります。

 

 



 

医療が進んで長生きできる時代にはなりましたが、健康寿命って一体いくつなのでしょう?子どもの教育資金も必要ですが、自分と家族が生きるための資金も必要です。万が一働けなくなって会社を閉鎖することになったとしても、会社をたたむにもまとまった資金が必要です。





もしくは、従業員の雇用や賃金を守る意味で、納得できる条件での売却をいつか考える時が来るかもしれません。最近、M&Aの営業が本当に多い…。

 

 


 

その点、会社員時代には賞与や退職金、社会保障、充実した福利厚生もありましたから、会社に守られているという安心感がありました。経営者は自助努力しかないですし、まず自分よりも従業員とそのご家族の生活を守らなければなりません。そのためには、利益を上げ続ける必要があります。

 

 

 

家賃収入(資産価値を維持しやすいエリア/物件)もありますし、他にも資産運用していますが、これらに【絶対】はありません。それに、今の希望としては、働ける時に精一杯働きたいですし、社会と繋がっていたい。

 

 

 

 

若い時に比べて今はあまり物欲はありませんが、健康への投資は惜しまずしたいと考えています。全ては健康な心と体あってこそだから。

 

 

 

 

 

 



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私の家族は、私が生まれてから小学校2年生頃までの間、サラリーマンだった父の勤め先の社宅に住んでいた。父は大学卒業後、小さな貿易会社で働いていた。その後、体調を崩し転職を繰り返すことになったが・・それはまた別の機会に記事にしようと思う。





『○○荘』という木造二階建の集合住宅で、建物入口には玄関のドアが1つあった。大企業ではなかったものの、まさか貿易関係の会社の社宅だとは誰も思わなかったであろう。若い夫婦や小さなお子さんがいる家庭が多く、私たち子どもは、勝手に他所さまの住居内に出入りして、まるで○○荘そのものが大家族のようで賑やかだった。





住居スペースは世帯毎に仕切られているものの、住居の戸は硝子戸だったので部屋の中や廊下がぼんやりではあるが見えてしまうような家だった。どの家庭も普段は硝子戸には鍵を掛けず、留守中のみ鍵を掛けていた。




子どもが強く蹴飛ばせば割れてしまうような硝子戸で、実際、幼なじみの男の子達とふさげて遊んでいて硝子戸を割ってしまった。幼なじみの男の子は硝子戸への衝撃で、脚を骨折した。




我が家は4人家族だったが、部屋は6畳と4畳ほどの部屋が2部屋、そして、小さな台所スペースがあった。寝る時もお布団で雑魚寝だ。




怖かったのが、夜中の和式の御手洗いだ。共有施設で各階に個室が2つあるのだが、薄暗い灯りの個室に入るのが本当に怖かったし、朝は争奪戦で他の階の個室に掛け込んだりと、必死だった。




○○荘にはお風呂がなかったので、毎日天候に左右されずいつでもお風呂に入れる友人達のお家が羨ましかった。○○荘の住民にとってお風呂がないのは当たり前だったが、同級生の友人宅でお風呂がない家庭の子は1人もいなかった。




私は自分の部屋というものを、社会人になるまで持ったことがなく、初めて小さな自分の部屋を持てた時は本当に本当に嬉しかった!!




○○荘には、硬貨投入式の共有のサーモンピンクの電話が1台あった。住民の自宅電話番号は皆同一番号。電話を掛けるのも掛かってくるのも、この1台のピンクの電話なので、当然ながら長話などできない。




私の家は決して裕福な家庭ではなかった。むしろ、かなり生活を切り詰めていたのだと思う。しかし、私は嫌な思いをした記憶がない。友人達にからかわれたこともない。きっと両親や周囲の大人達が、子どもが不憫な思いをしないよう、最大限配慮してくれていたのだと思う。





今思えば、○○荘での生活は、お金では買えない経験にもなった。誰かが困っていれば、他の誰かが必ず手を差し伸べる。支え合うのが当たり前の環境だったからだ。




狭い部屋に家族4人で寝るので窮屈だったし、父の鼾もうるさかったけど、寝る前の家族のお話タイムは最高に幸せな時間だった。家族で過ごしたなんでもない日常の夜のひとときは、40半ばとなった私の頭から消え去ることはないし、いつでも『愛されている』ことを実感させてくれた。




この『愛されている』という安心感が常にあったから、大人になってからも色々なことに挑戦できたのだと思う。もし私が失敗しても、家族だけは受けとめて抱きしめてくれるとわかってたから。





銭湯へは徒歩15分位だったと思う。お風呂用の玩具を持って出掛けた想い出は、つい最近のことのよう。銭湯は色々な方が利用するので、顔見知りができたり、年長者と打ち解ける話術が身に付いたし、世間話(?)をしたりして楽しかった。私の社会性は銭湯での交流により培われたものだと思う。これらは、私が会社員として働いていた時や、起業しそれを成長させる上でも役立った。




『ピンクの電話』は長電話ができないので、的確に要件を伝えなければならないし、相手の話を瞬時に理解しなくてはならなかった。これは、私が社会に出た時にも役立った。




私の母は現在70歳。夫を早くに亡くし、スーパーのレジのパートで長年私達姉妹を支えてくれた。無理が祟ったのか、50代後半に国の指定難病になってしまった。母は贅沢というものを知らないし欲のない人だけど、私になにかできないかなといつも考える。




もうすぐ私の会社は夏期休暇に入るので、母のために息子と計画を立てている。一番母が喜びそうなのは、高価な贈り物でも高級レストランでもなく、私と息子でもてなす料理(普通の家庭料理だけど)かな。




母はそういう人。





皆さん、熱中症にお気をつけて良い夏休みをお過ごしください。