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大晦日ですね。
 
 
読者の皆様に支えられて、これまでブログを続けることができました!本当にありがとうございました。
 
 
 
来年も皆様にとって素晴らしい年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
 
 
 
 
 
今年最後の記事です!
 
 
 
 
 
一歳から一日の長い時間を英語環境で過ごしてきた息子。日本ですと中学生です。小学校もインターナショナルスクールに通い、現在は海外留学生(四年目)です。
 
 
 
 
低年齢からお子さんをインターに通わせる(通わせたい)親御さん、留学させている(させたい)親御さんの中には、日本語よりも英語を優先する方も多いと思います。
 
 
 
 
我が家の場合、親である私とのコミュニケーションは徹底して母語である日本語で接し、国語や日本文化に関心を持てるよう環境を整えてきました。
 
 
 
息子は日本の学校には一日も通った事がないのですが、日本語で書かれた本を読み、日本語で日記を書くのが習慣となっています。しかし過去には、本人にとっては英語のほうが圧倒的に楽なので、日本語から遠ざかりそうになった時期もありました。
 
 
 
 
※ 英語は学校と塾/家庭教師、読書がベースでした。友人との交流は英語が主で、プライベートも英語を好んでいました。現在、洋書と日本語で書かれた本のどちらも読みます。
 
 
 
 
 
留学先の学校では、Englishは『English as a first language』(第一言語としての英語)を学んでいます。第一言語として国語(英語)を学ぶことで、その国の文化やその背景について深く知ることができ、結果として英語力も上がり複雑な思考力が鍛えられたと感じますし、他教科の底上げにもなっています。
 
 
 
 
息子が『English as a first language』を学んでいて良かったと思うことは沢山ありますが、なによりも、外国でその国の『国語』を第一言語として学ぶことで多くのことを得た経験から、【自分の母語である日本語もしっかり学ぶ必要がある】と自ら気付いてくれたことが、本当に良かったと思います。何故なら、息子は日本人だから。
 
 
 
日本は息子が生まれ育った国であり、言語、衣食住すべてから影響を受け続けていますし、どんなに海外生活が長くなろうとも、生涯を通して【日本】を決して切り離すことはできません。私たちの存在が文化と共にあるからです。
 
 
 
留学先の学校でも、寮生は母語の大切さについて言われ続けてきましたし、保護者面談でも毎回「母語を疎かにしないでください。」と言われてきました。国語がその国の発展を支えていること、【真の国際人を育てるには母語が重要】というのが、学校の方針なのです。
 
 
 
学校でも友人に日本のことを聞かれたり、日本語を教えて欲しいと頼まれることもあるようです。実際、以前のハウスでは、フランス人のルームメイトに日本語を教える代わりにフランス語を教えてもらっていました。
 
 
 
 
学校には課外活動が100種類以上あるのですが、空手や日本文学、将棋、日本アニメ研究会などもあり、日本文化は外国人にも人気があります。日本について聞かれた時に何も返すことができなければ、息子自身が恥ずかしい思いをすることになります。
 
 
 
 
 
息子が将来的に海外で働くことになったとしても、日本人であることに自信と責任感を持って生きて行って欲しいと思います。
 
 

 

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皆さんはお子さんの教育資金とは別に、ご自身やご家族の生活資金や老後資金はどうされていますか?

 

 

 

我が家の場合、ひとり親世帯、そして世帯は別ですが病を抱える母がおります。私は40代半ばとなり、万が一自分が病気や事故で働けなくなった時のことを考える機会が増えました。同時に、母が要支援や要介護になった時のことも…。実際、私の父は今の私の年齢くらいで他界しています。

 

 


老後はまだ先のことと思っていましたが、私の同級生や同年代でもご自身やご家族に生活介助や介護が必要となった方がいらっしゃいますから、他人事ではありません。




 

会社のこともそうですが、息子や母に迷惑を掛けたくないという思いがあります。しかも、息子は将来的にも海外にいる可能性がありますから、私自身のことは自分で準備しておきたい。




もし母が専門家のサポートを必要とする状態になった時には、生活の質を極力落とさずに過ごせる環境や設備、施設の充実度、サービスが整った一般型特定施設を準備してあげたいと考えています。




私自身は、時々でも介助の必要性を感じるようになったら、母に考えている施設のように、24時間365日介護・看護スタッフ常駐の施設への入居を選択することになると思います。




私が現時点で興味を持っている施設は、入居時に要介助や要介護でない事が条件となっています。心身共に健康上問題のない65歳以上の方が対象なのです。そこでなら、リモートで仕事をしている方もいますし、できることがあります。




となると、一般的に介護認定が必要とされる『公的介護施設』という選択肢は我が家にはなくなります。公的介護施設も大きなお金が掛かりますし、そもそも入居できるかもわかりません。

 

 

 


 

私が入居する時の年齢は65歳かもしれませんし、80歳以降かもしれません。もし65歳で入居となれば、我が家の条件にあった施設の場合、1人部屋で入居時7,000万位掛かることになります。上乗せ介護費や、その他の自己負担も発生します。しかも、 入居といっても自分のものにはなりません。



 

現在70歳になった母がいずれ80歳で入居となれば、入居時4,000万位発生する事になります。私と母の2名分の資金を準備するとなると、1億以上のキャッシュが必要になります。

 

 



 

医療が進んで長生きできる時代にはなりましたが、健康寿命って一体いくつなのでしょう?子どもの教育資金も必要ですが、自分と家族が生きるための資金も必要です。万が一働けなくなって会社を閉鎖することになったとしても、会社をたたむにもまとまった資金が必要です。





もしくは、従業員の雇用や賃金を守る意味で、納得できる条件での売却をいつか考える時が来るかもしれません。最近、M&Aの営業が本当に多い…。

 

 


 

その点、会社員時代には賞与や退職金、社会保障、充実した福利厚生もありましたから、会社に守られているという安心感がありました。経営者は自助努力しかないですし、まず自分よりも従業員とそのご家族の生活を守らなければなりません。そのためには、利益を上げ続ける必要があります。

 

 

 

家賃収入(資産価値を維持しやすいエリア/物件)もありますし、他にも資産運用していますが、これらに【絶対】はありません。それに、今の希望としては、働ける時に精一杯働きたいですし、社会と繋がっていたい。

 

 

 

 

若い時に比べて今はあまり物欲はありませんが、健康への投資は惜しまずしたいと考えています。全ては健康な心と体あってこそだから。

 

 

 

 

 

 



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私の家族は、私が生まれてから小学校2年生頃までの間、サラリーマンだった父の勤め先の社宅に住んでいた。父は大学卒業後、小さな貿易会社で働いていた。その後、体調を崩し転職を繰り返すことになったが・・それはまた別の機会に記事にしようと思う。





『○○荘』という木造二階建の集合住宅で、建物入口には玄関のドアが1つあった。大企業ではなかったものの、まさか貿易関係の会社の社宅だとは誰も思わなかったであろう。若い夫婦や小さなお子さんがいる家庭が多く、私たち子どもは、勝手に他所さまの住居内に出入りして、まるで○○荘そのものが大家族のようで賑やかだった。





住居スペースは世帯毎に仕切られているものの、住居の戸は硝子戸だったので部屋の中や廊下がぼんやりではあるが見えてしまうような家だった。どの家庭も普段は硝子戸には鍵を掛けず、留守中のみ鍵を掛けていた。




子どもが強く蹴飛ばせば割れてしまうような硝子戸で、実際、幼なじみの男の子達とふさげて遊んでいて硝子戸を割ってしまった。幼なじみの男の子は硝子戸への衝撃で、脚を骨折した。




我が家は4人家族だったが、部屋は6畳と4畳ほどの部屋が2部屋、そして、小さな台所スペースがあった。寝る時もお布団で雑魚寝だ。




怖かったのが、夜中の和式の御手洗いだ。共有施設で各階に個室が2つあるのだが、薄暗い灯りの個室に入るのが本当に怖かったし、朝は争奪戦で他の階の個室に掛け込んだりと、必死だった。




○○荘にはお風呂がなかったので、毎日天候に左右されずいつでもお風呂に入れる友人達のお家が羨ましかった。○○荘の住民にとってお風呂がないのは当たり前だったが、同級生の友人宅でお風呂がない家庭の子は1人もいなかった。




私は自分の部屋というものを、社会人になるまで持ったことがなく、初めて小さな自分の部屋を持てた時は本当に本当に嬉しかった!!




○○荘には、硬貨投入式の共有のサーモンピンクの電話が1台あった。住民の自宅電話番号は皆同一番号。電話を掛けるのも掛かってくるのも、この1台のピンクの電話なので、当然ながら長話などできない。




私の家は決して裕福な家庭ではなかった。むしろ、かなり生活を切り詰めていたのだと思う。しかし、私は嫌な思いをした記憶がない。友人達にからかわれたこともない。きっと両親や周囲の大人達が、子どもが不憫な思いをしないよう、最大限配慮してくれていたのだと思う。





今思えば、○○荘での生活は、お金では買えない経験にもなった。誰かが困っていれば、他の誰かが必ず手を差し伸べる。支え合うのが当たり前の環境だったからだ。




狭い部屋に家族4人で寝るので窮屈だったし、父の鼾もうるさかったけど、寝る前の家族のお話タイムは最高に幸せな時間だった。家族で過ごしたなんでもない日常の夜のひとときは、40半ばとなった私の頭から消え去ることはないし、いつでも『愛されている』ことを実感させてくれた。




この『愛されている』という安心感が常にあったから、大人になってからも色々なことに挑戦できたのだと思う。もし私が失敗しても、家族だけは受けとめて抱きしめてくれるとわかってたから。





銭湯へは徒歩15分位だったと思う。お風呂用の玩具を持って出掛けた想い出は、つい最近のことのよう。銭湯は色々な方が利用するので、顔見知りができたり、年長者と打ち解ける話術が身に付いたし、世間話(?)をしたりして楽しかった。私の社会性は銭湯での交流により培われたものだと思う。これらは、私が会社員として働いていた時や、起業しそれを成長させる上でも役立った。




『ピンクの電話』は長電話ができないので、的確に要件を伝えなければならないし、相手の話を瞬時に理解しなくてはならなかった。これは、私が社会に出た時にも役立った。




私の母は現在70歳。夫を早くに亡くし、スーパーのレジのパートで長年私達姉妹を支えてくれた。無理が祟ったのか、50代後半に国の指定難病になってしまった。母は贅沢というものを知らないし欲のない人だけど、私になにかできないかなといつも考える。




もうすぐ私の会社は夏期休暇に入るので、母のために息子と計画を立てている。一番母が喜びそうなのは、高価な贈り物でも高級レストランでもなく、私と息子でもてなす料理(普通の家庭料理だけど)かな。




母はそういう人。





皆さん、熱中症にお気をつけて良い夏休みをお過ごしください。



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子どもが成長してもう着れないのに、どうしても処分できない衣類ってありませんか?



私の場合、息子が幼かった時に着せてあげた、藍染の甚平と浴衣がそれでした。




成長に合わせ数枚所有していたのですが、子供用甚平1枚と男性用浴衣のみ手元に残し、他は甥っ子に御下がりとして譲りました。




天然藍で染められた甚平や浴衣は虫除けにもなります。大量生産のプリントにはない素朴さがあり、見た目も涼しげ。特に甚平は、高温多湿な日本の夏を少しでも快適に過ごし、季節を愉しむ意味でも、我が家の夏には欠かせないものでした。




着脱が簡単なのも良いですね。




子供用の甚平や浴衣は様々な色柄がありますが、子どもの健やかな成長を願う文様/紋様や縁起の良い文様も多く、本当に可愛いですよね。





↓息子が3歳~4歳頃に着ていた【三升紋(みますもん)】の甚平。三升と、随所に配された表情に愛嬌のある役者の文様が、お気に入りでした。粋になり過ぎないのが好みです。大切に保管してきたのでシミや傷みもなく状態も良い。






【三升紋】は、入れ子状に重ねた三つの升を図案化した文様で、歌舞伎役者、初代市川團十郎の定紋とされ、『舞台を三升(みます)』『升升半升(益々繁盛)』という意味が込められています。現在も【成田屋】さんの定紋としてお馴染みですね。日本語って本当に奥が深く面白い!





文様/紋様の説明は幼い子には難しいかと思いますが、14歳の現在は歌舞伎にも興味を持ち始め、親子の会話にもなっています。





夏休み中、浴衣を着て彼女と近所のお祭りに行くとのことですので、男性用の浴衣を着付けてあげることに。角帯と二枚歯の駒下駄を新調しました。




駒下駄は履いていく場所を選びますが、やはり良いですね。




「からんころん」という、歩いた時の下駄の音色は、なんとも風情があります。現代では下駄を履く機会は少なくなりましたが、時代が変わっても…そのような風情を感じられる感性を、息子には大切にして欲しい。





息子は1歳からインターでしたし、海外に出て4年目ですから現在は外国の文化に接することの方が多いのです。日本へ一時帰国した時に、日本文化を外からみた【異文化】として感じる瞬間があるのだそうです。




しかしその後、改めて自分は日本人であることを、強く認識するのだそうです。





どんなに海外生活が長くなろうと、英語がネイティブと同等又はそれ以上であったとしても、やはり生まれ育った日本の文化に影響を受け続けているのです。





生まれ育った衣食住と言語、すべてから影響を受けています。そして、それは生涯にわたって切り離すことのできないものなのでしょう。私たちの存在は文化と共にあるからです。





殺伐とした世の中ですが、浴衣姿・甚平姿を見かけると、なんだか心が温まります。






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今日は仕事で外回り。暑さで体力消耗し目眩もしてきたので、カフェでひと休み。

 

 

 

先日、一時帰国中の息子と夕食の準備で、一緒にスーパーへ行きました。荷物が重いので、率先して持ってくれるのは助かります。ついでに日本のお菓子も。少食だった息子ですが、スポーツをしているのでお腹も減るらしく食べ盛りで、毎食2人前は食べます。何故あんなに食べて全然太らないのかしら?本当に不思議で仕方ない!!

 

 

 

そのスーパーには生活雑貨売場が上の階にあり、以前顔見知りになったレジのパートさんと軽く世間話に。息子を紹介すると、「女の子ですか?」と。一瞬、息子の顔がひきつったのがわかりました。その方は全く悪気はないですし、純粋に思ったことを深い意味はなく聞いただけなのですから、息子も笑って切り返せればよかったのですが。



先日も国際空港で顔とパスポートを何度も見返され、口頭でも性別を確認されてうんざりした出来事があったばかりのようです。性に対し意識し出す年齢でもあります。

 

 

小学校に上がったばかりの頃、容姿を「女みたい」「化粧してるだろ」とクラスメイトの男子にからかいを受けたことも影響していると思います。

 

 

 

確かに、線が細く華奢ではありますが、スポーツをしているので腹筋は6パック割れている(お風呂上がりにちらっと見えてしまった!)し、背も外国人のお友達に交じっても違和感がないくらい伸びた。靴のサイズなんて27.5センチで明らかに男性の足。元々透けるような色白肌ですが、屋外スポーツで多少日焼けもしています。

 

 

 

ただ、黒目がちな二重で、唇は血色がよくリップを塗っているかのように赤い。体毛も薄いので、確かに中性的ではあります。

 

 

 

息子にはガールフレンドもいるし、異性としても魅力的でありたいという欲求も芽生えたようで、まずは身体作りをしたいそう。まだ骨も成長しそうなので、あまり筋肉を付け過ぎるのはどうなのかなと勝手に思っていますが、本人は腕と脚にもう少し筋肉が欲しいそうです。理想は、『着痩せするけど胸板は厚く、服が綺麗に着こなせる体型』だそうです・・・。

 

 

 

色々気にする年頃なんでしょうか。あまりうるさく言うのはやめておきます。