以前にも書いた娘の不登校の事ですが、まだ学校には行けていません。
気分の落ち込みの深さ、気分の回復の早さ、積極性などを見ていると良くなっているのですが、まだ登校できるほどではないようです。
春休み中はお友達と遊んだりもしましたし、友達と遊んだあとはとても元気になります。ですが友達同士のケンカに巻き込まれ(どっちの味方なの?と詰め寄られるよくあるパターン)ちょっとしたいざこざに対してストレスを感じすぎたりするところをみると、まだまだかなと思います。
娘の反応を見ながら対応してきて色々とわかってきました。
肯定することや誉めることは効果があります。逆に否定や娘を変えようとする事は逆効果なことが多いです。
相手の現状を変えようとする事は、その人を否定することにも繋がります。
結果、ゲームの制限は止めました。お風呂に入らなくても、ご飯を食べなくてもゴミを捨てなくても、夜更かししていてもとやかく言わないほうが良いようです。
この否定というのも難しいところで、落ち込んでいるいる人が後ろ向きな発言をした場合に、励ますために「そんなことないよ」と言うことが否定に繋がってしまうこともあります。
これは回復の度合いや気持ちの落ち込みの深さによるところが大きいと思います。本当に深く落ち込んで自信を無くしているときは「自分はこう感じた・思った」と、アサーティブな言い方をしたほうが良いと思います。そうすれば落ち込んでいる人を否定せずにすむからです。(アサーティブとは前にも書きましたがアサーションとも言い、相手も自分も尊重し対等な人間関係をつくるためのコミュニケーション法のことです。対人関係の様々な場面で使えます)
娘の友達が家に来てくれた後に、娘に自信をつけようと思いうっかり「○○ちゃんは△△(娘)のことが好きなんだね。△△は優しいところがたくさんあるから」と言うようなことを言ってしまい、すぐに失敗したと思いました。
優しいことは素晴らしい事ですが、優しいだけが良いところではないし、常に優くなければならないという想いに本人が縛られてはダメだからです。
人間ですからイライラしてしまう時だってあるし、人に優しくできないこともある。世の中は良い人ばかりではなく悪意を持って近づいて来る人もいる。悪意がない相手でも、自分を守るために遠ざけたり切り離さなければならない場合もある。
どんな時でもNOと言えないのは優しさではなく弱さです。
最近の娘は私の話をまともに信じ過ぎてしまっているので、発言には極力気をつけています。
それから娘のサインとしては、とても不安な時やハードルやプレッシャーが大きすぎる時は狭いところに入ったり、毛布を頭からかぶったり丸まって横になっていたりしています。
逆に調子の良いときは積極的になりアイデアもよく出し、ズバズバ物を言うこともあります。
学校に行かなければならないのは本人が一番よくわかっています。登校刺激が必要なのかどうかはわかりませんが、様々なことに敏感になっているので慎重に様子を見ながら刺激しています。
登校刺激に対する反応は回復のバロメーターのように見えます。最初は私が先生と電話しただけで娘が落ち込む状態でしたが、徐々に友達の話をするようになり、家に来た先生が私と話すのも平気になりましたが、担任だけでなく学校の先生とはまだ絶対に話そうとはしません。
色々書きましたが親が完璧に対応するのは無理ですし、完璧に実行しようとは思っていません。完璧を求めると親側が精神的に追い詰められてしまいますし、息切れしてしまいます。長期戦ですし回復というのは進むことと戻る
ことを繰り返すものです。
対応していて一番大変だと思うのは自分の調子が悪いときです。私がよく鬱状態になるのですが、最初はそれでもなんとかだましだまし対応していました。
「お母さんは今日は調子が悪いの」と言ってみたこてもありますが、それでは娘が心配するので最終的には一緒にダラダラすることにしました。
大抵夕方には動けるようになるので調子の悪い日は朝から夕方まで娘と一緒にゴロゴロし、夕方から一気に家事を片付けるようにしたところ楽になり、調子の良い日が増えました。
鬱状態の時は「明日できることは今日しない。あとでできることは今しない」を心がけています。
しかし、娘とこんなに毎日一緒に過ごせるのはこの先の人生ではもう無いのではないかとも思っています。自分にも経験がありますが子どもは大きくなれば友達が一番になりますし、親と過ごす時間も話す機会も今後は減るばかりでしょう。そう考えると寂しいですがそれも仕方のないことです。
現在の状態としてはお友達とは遊びたいけど学校へは行けない。お友達に学校に来てねと言われると嬉しいけどプレッシャーを感じすぎてしまいます。
なるべく軽減するようにフォローしていますが、再登校にはまだ時間がかかりそうです。
気分の落ち込みの深さ、気分の回復の早さ、積極性などを見ていると良くなっているのですが、まだ登校できるほどではないようです。
春休み中はお友達と遊んだりもしましたし、友達と遊んだあとはとても元気になります。ですが友達同士のケンカに巻き込まれ(どっちの味方なの?と詰め寄られるよくあるパターン)ちょっとしたいざこざに対してストレスを感じすぎたりするところをみると、まだまだかなと思います。
娘の反応を見ながら対応してきて色々とわかってきました。
肯定することや誉めることは効果があります。逆に否定や娘を変えようとする事は逆効果なことが多いです。
相手の現状を変えようとする事は、その人を否定することにも繋がります。
結果、ゲームの制限は止めました。お風呂に入らなくても、ご飯を食べなくてもゴミを捨てなくても、夜更かししていてもとやかく言わないほうが良いようです。
この否定というのも難しいところで、落ち込んでいるいる人が後ろ向きな発言をした場合に、励ますために「そんなことないよ」と言うことが否定に繋がってしまうこともあります。
これは回復の度合いや気持ちの落ち込みの深さによるところが大きいと思います。本当に深く落ち込んで自信を無くしているときは「自分はこう感じた・思った」と、アサーティブな言い方をしたほうが良いと思います。そうすれば落ち込んでいる人を否定せずにすむからです。(アサーティブとは前にも書きましたがアサーションとも言い、相手も自分も尊重し対等な人間関係をつくるためのコミュニケーション法のことです。対人関係の様々な場面で使えます)
娘の友達が家に来てくれた後に、娘に自信をつけようと思いうっかり「○○ちゃんは△△(娘)のことが好きなんだね。△△は優しいところがたくさんあるから」と言うようなことを言ってしまい、すぐに失敗したと思いました。
優しいことは素晴らしい事ですが、優しいだけが良いところではないし、常に優くなければならないという想いに本人が縛られてはダメだからです。
人間ですからイライラしてしまう時だってあるし、人に優しくできないこともある。世の中は良い人ばかりではなく悪意を持って近づいて来る人もいる。悪意がない相手でも、自分を守るために遠ざけたり切り離さなければならない場合もある。
どんな時でもNOと言えないのは優しさではなく弱さです。
最近の娘は私の話をまともに信じ過ぎてしまっているので、発言には極力気をつけています。
それから娘のサインとしては、とても不安な時やハードルやプレッシャーが大きすぎる時は狭いところに入ったり、毛布を頭からかぶったり丸まって横になっていたりしています。
逆に調子の良いときは積極的になりアイデアもよく出し、ズバズバ物を言うこともあります。
学校に行かなければならないのは本人が一番よくわかっています。登校刺激が必要なのかどうかはわかりませんが、様々なことに敏感になっているので慎重に様子を見ながら刺激しています。
登校刺激に対する反応は回復のバロメーターのように見えます。最初は私が先生と電話しただけで娘が落ち込む状態でしたが、徐々に友達の話をするようになり、家に来た先生が私と話すのも平気になりましたが、担任だけでなく学校の先生とはまだ絶対に話そうとはしません。
色々書きましたが親が完璧に対応するのは無理ですし、完璧に実行しようとは思っていません。完璧を求めると親側が精神的に追い詰められてしまいますし、息切れしてしまいます。長期戦ですし回復というのは進むことと戻る
ことを繰り返すものです。
対応していて一番大変だと思うのは自分の調子が悪いときです。私がよく鬱状態になるのですが、最初はそれでもなんとかだましだまし対応していました。
「お母さんは今日は調子が悪いの」と言ってみたこてもありますが、それでは娘が心配するので最終的には一緒にダラダラすることにしました。
大抵夕方には動けるようになるので調子の悪い日は朝から夕方まで娘と一緒にゴロゴロし、夕方から一気に家事を片付けるようにしたところ楽になり、調子の良い日が増えました。
鬱状態の時は「明日できることは今日しない。あとでできることは今しない」を心がけています。
しかし、娘とこんなに毎日一緒に過ごせるのはこの先の人生ではもう無いのではないかとも思っています。自分にも経験がありますが子どもは大きくなれば友達が一番になりますし、親と過ごす時間も話す機会も今後は減るばかりでしょう。そう考えると寂しいですがそれも仕方のないことです。
現在の状態としてはお友達とは遊びたいけど学校へは行けない。お友達に学校に来てねと言われると嬉しいけどプレッシャーを感じすぎてしまいます。
なるべく軽減するようにフォローしていますが、再登校にはまだ時間がかかりそうです。