芸能人の息子や孫がタレントになることはよくあることである。世襲ほど大層なことではないが、親の仕事を見て育つと同じ道を歩みたくなる気持ちも理解できる。
だが、現在では、元総理大臣の孫とか、Mビルの孫とか、そんなのばかりだ。
では、なぜそのような流れになるのだろう。
これから記すことは、勝手な妄想で個人的な見解であることは先に述べておく。
まず考えられるのは、お金持ちもしくは権力者ということもあり、魅力的かつ容姿端麗な異性(外国人を含む)が近づいて来ること。
そのため生まれてくる子供は容姿端麗にちがいない。
教育に関して言えば、金に物をいわせて、上級学校に進む。
そして著名人となればあらゆるジャンルの人々と交流ができる。
長期休暇で海外へ行き豊富な経験をつめる。
まとめると、学歴も高く、才能を開花させられる環境にあり、豊富な経験を積み、幅広い人脈があり、身内の秘密を知っている、ということ。
つまり、芸能界が求めるタレントが自然と育つ環境なのである。
「家族には内緒でオーディションを受けた」などなど、よく美談として話しているけれど、まったく冗談じゃない。
それは血の滲むような努力、ではなく、最上級の遺伝子と最高級の環境のおかげなのである。
とまあ、だらだら文字を連ねて参りましたが、現在テレビの中では二世三世が蔓延ってますが、今後は四世五世の時代が訪れますし、六世七世の時代がやってきますよww
遺産は資産のことだけではなく、遺伝子の産物のことでもあるのだろうよ。
世の中は単純にわかりやすくできているのです。
以上。

空をぼんやり眺めていたら、変な形の雲が浮かんでいた。
とりあえず、写真をとり、ブログにアップ。
個人的には、クジラに見えるんですけどww
いかがですか?
空のクジラなので、「空ジラ」と名づけました。
いかがでしょうか?
以上。
カッターがあれば、手首に当て、切る。
包丁があれば、首元に向けて、突き刺す。
鉄砲があれば、こめかみに銃口を当て、引き金をひく。
劇薬があれば、ロックで、飲む。
ロープがあれば、天井から吊るし、首をかける。
電車が来たら、タイミングよく、飛び込む。
屋上にいるなら、手すりを越え、飛び込む。
ガソリンがあれば、頭からかぶり、火をつける。
ガスが充満していれば、部屋を密閉し、火をつける。
練炭があれば、車を密閉し、炊く。
通り魔が通れば、追いかけて、呼び止める。
核ミサイル発射スイッチが手元にあるなら、人差し指を立て、迷いなく押す。
誰もが経験することだと思うけど、生きることへの恐怖が増すと、反対に死への恐怖が消えていく。
つまるところ、生き地獄であり、死に天国なのである。
生きることが美徳とされている現代、百歳を超える長寿は持てはやされ、こぞってメディアで取り上げられたりする。
まるで、死を美徳とされていた時代に対して、拒否反応を示しているような気さえしてしまう。
もちろん、考え過ぎなのは承知だけれど、命の使い方は個人の勝手ではないのか?
死のうが、生きようが、自殺しようが、延命しようが、個人の自由。
宗教的な価値観もあるだろうし、人それぞれ、国それぞれ、多種多様な命の使い方があるだろう。
生に対して執着するか、死に対して執着するか。
短刀を腹部に当て、差し込み、切り裂く。
文頭に記したものと同様、これも自殺の一種である。
生きることから逃げたのではない、死と向き合ったのである。
自殺者は弱いものというレッテルを張られ、ただ同情されて終わりである。
だけれど、彼らも死と向き合い、選択したのである。
それを勇気と呼べるものなのか、はっきり断言できないけれど、死を決意した瞬間、勇気を振り絞ったのである。
ご冥福をお祈りします。
今回のテーマである、「鬱るんです」。
一人鬱の人がいると、伝染していき、気がついたら鬱だらけ、みたいなww
腐ったみかん、てきなww
鬱は手洗いうがいをしても、マスクをしても、消毒用アルコールで除菌しようと、鬱るんですよ。
ぼくも仕事に疲れ果て、鬱予備軍。
周りの奴等も、鬱っぽい人多数。
鬱のせいにしたくないけど、今回変なブログを書いてしまったよww
まあ、鬱りゆく季節の中で、鬱くしく逝きていこうよ!!
ということで、以上。
包丁があれば、首元に向けて、突き刺す。
鉄砲があれば、こめかみに銃口を当て、引き金をひく。
劇薬があれば、ロックで、飲む。
ロープがあれば、天井から吊るし、首をかける。
電車が来たら、タイミングよく、飛び込む。
屋上にいるなら、手すりを越え、飛び込む。
ガソリンがあれば、頭からかぶり、火をつける。
ガスが充満していれば、部屋を密閉し、火をつける。
練炭があれば、車を密閉し、炊く。
通り魔が通れば、追いかけて、呼び止める。
核ミサイル発射スイッチが手元にあるなら、人差し指を立て、迷いなく押す。
誰もが経験することだと思うけど、生きることへの恐怖が増すと、反対に死への恐怖が消えていく。
つまるところ、生き地獄であり、死に天国なのである。
生きることが美徳とされている現代、百歳を超える長寿は持てはやされ、こぞってメディアで取り上げられたりする。
まるで、死を美徳とされていた時代に対して、拒否反応を示しているような気さえしてしまう。
もちろん、考え過ぎなのは承知だけれど、命の使い方は個人の勝手ではないのか?
死のうが、生きようが、自殺しようが、延命しようが、個人の自由。
宗教的な価値観もあるだろうし、人それぞれ、国それぞれ、多種多様な命の使い方があるだろう。
生に対して執着するか、死に対して執着するか。
短刀を腹部に当て、差し込み、切り裂く。
文頭に記したものと同様、これも自殺の一種である。
生きることから逃げたのではない、死と向き合ったのである。
自殺者は弱いものというレッテルを張られ、ただ同情されて終わりである。
だけれど、彼らも死と向き合い、選択したのである。
それを勇気と呼べるものなのか、はっきり断言できないけれど、死を決意した瞬間、勇気を振り絞ったのである。
ご冥福をお祈りします。
今回のテーマである、「鬱るんです」。
一人鬱の人がいると、伝染していき、気がついたら鬱だらけ、みたいなww
腐ったみかん、てきなww
鬱は手洗いうがいをしても、マスクをしても、消毒用アルコールで除菌しようと、鬱るんですよ。
ぼくも仕事に疲れ果て、鬱予備軍。
周りの奴等も、鬱っぽい人多数。
鬱のせいにしたくないけど、今回変なブログを書いてしまったよww
まあ、鬱りゆく季節の中で、鬱くしく逝きていこうよ!!
ということで、以上。