ゴーストバスターズ | センテンスサワー

センテンスサワー

気の向くままに書き綴るのでよろしくお願いします。
感想もお待ちしております!!

ゴーストバスターズと聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。

人それぞれだと思うけれど、僕はあまちゃん思い浮かべる。

それも杉本哲太が熱唱するゴーストバスターズのテーマ曲をだ。

あの曲を聞くたびに、色褪せること無く数々の名シーンが想起され、今でもあまロスに苛まれてしまう。


あれから半年以上経過し、現在2014年の黄金週間だが、ここ数ヶ月の出来事を振り返ると、あまちゃんという作品は伏線だらけの作品だったけれど、現実世界にすら伏線を張っていたのでは、なんてふと思ってたりするのだ。

まあ、それはさておいて、そもそもあまちゃんってどんな内容だったのか振り返ってみたいと思う。というのも、それで上記のことを言及しなくても、察しの良い方ならお気づきになるのではと思うのである。


東京で育った地味な女子高生・天野アキ(能年玲奈)が、“祖母危篤”の報を受け、母・春子(小泉今日子)と東北・北三陸に向かう。だがこれは、幼なじみが春子を呼び戻すためについたウソで、祖母で地元海女のリーダーの夏ばっぱこと天野夏(宮本信子)は元気そのものだった。

祖母と母が家出当時のわだかまりを解消できない中、アキは温かい北三陸の人々に迎えられ、北三陸に移り住むことを決意。夏になついたアキは、海女修行に励み、地元の観光協会がHPに掲載した動画によって人気者となる。町おこしのために、親友でミス北三陸鉄道のユイ(橋本愛)とコンビを組んで北鉄の「お座敷列車」に乗り込んで歌を披露し、さらに人気が爆発する。

東京の芸能プロダクションの目にとまった2人は、スカウトを受け、アキは春子の猛反対を受けながらもアイドルを目指すことを決意するのである」


というのが、【第一部・北三陸編】のあらすじである。

ちなみに上記の文章は他のサイトの転載であり、つまりコピペであることはあしからず。

あまちゃんは第一部から第三部の震災編まである。僕は個人的に第一部が気に入っている。

その理由は過去記事をチェックして下さい。

http://ameblo.jp/mxdbp323/entry-11544171962.html


上記の時点では、大きな物語として震災編にどうつながっていくのかという期待と不安があり、絶妙に謎を謎と感じさせない見事な構成である。

そして第二部の東京編に続くのだが、内容的にはアイドルを目指すアキの物語と、潮騒のメモリーに纏わる春子の過去の物語である。

潮騒のメモリーとは、昔の青春映画である「潮騒のメモリー」の主題歌であり、その主演女優鈴鹿ひろ美のデビューシングルである。

第二部では、その曲を春子が鈴鹿ひろ美の影武者としてレコーディングしていたことが明らかになり、アキが所属する事務所の 社長である荒巻がその仕掛け人だったことも徐々に明らかにされる。

第三部では震災と復興がテーマであることは言うまでもない。


さてさて、後半は駆け足気味というか、全速力で駆け抜けてしまったが、そろそろ本題に入ろうと思う。第二部のところで言及している通り、春子は鈴鹿ひろ美の影武者として活動していた。言い換えると、ゴーストシンガーだったといえる。荒巻をはじめその企画の関係者は、鈴鹿ひろ美を成功させる必要があり、そのために春子の類まれなる歌唱力が必要だったのである。

当時ならばそれは許されたかもしれない。いや、それは現代でも繰り返し行われている手法である。それは作品の中で「お家へ帰ろう」というGMTの曲があり、ある意味皮肉として姿を変え登場する。

だが、このドラマの中では、これら一連の騒動は過去の過ちとして片付けられ、とらえようによっては美化されてしまっている。大半の視聴者はこのエピソードに対して、感動的な話だと感じていると思う。僕もそのうちの一人にちがいない。

春子がゴーストライター、、、じゃなくて、ゴーストシンガーだったことを知っているのは、関係者と数人の身近な人だけである。

それが事実かどうかよりも、その幻想を共有することに意味があると思うし、実態を知り幻滅するより幾分マシではないだろうか。

そう考えると、杉本哲太が熱唱するゴーストライターズの、、、ではなく、ゴーストバスターズのテーマ曲もある意味伏線だったのかもしれない。そうそう、一度アキの夢のシーンがあって、昔の春子の亡霊が目の前に現れ、アキを追いかけ回すという夢オチがあった。あれなんかも、暗に意味しているのかもしれない。

クドカンにしてやられたりだよね。



僕たちはあまちゃんを通して、ゴーストとの付き合い方を学んでいたのかもしれない。予行練習のようなものだったと言える。誰かを騙していることは事実だけれど、少なからずそれに感動している人たちがいる。本当に素晴らしい物ならば、それらを超越して素晴らしい作品に成り得るのだと。

そしてそれらは風化することなく、個人個人の問題として記憶されている。長い月日が経過しても、それらはゴーストと姿を変えいつまでも存在し続ける。

そのゴーストと向き合っていくのは辛いから、時には歌って忘れたい時もある。もしくは、歌って思い出さなきゃいけない時だってある。

その反復を繰り返すことで、僕たちは成長していくのだろう。

髪切って、サングラス外して、記者会見開いたっていいじゃないか。

アイドルが整形していたって、演歌界のホープがゲイだって、かっぽう着の娘がコピペしたっていいじゃないか。

大衆が喜ぶものなんて、結局そんなものだよ。

みんな、ゴーストに金払って満足してんだから、結局そんなもんなんだよ。

そもそもあまちゃんという話自体、フィクションであり、つまりゴースト中のゴーストに違いないし、「ノンフィクションだと思っていたのに!!」なんて騒ぐ奴はいないだろう。

それでイイんじゃない。

仮にもし、大衆の幻想を破壊するゴーストバスターズなんてのが存在していたら、世の中つまんないと思うけどな。

恋愛だってできない。

そしてアキがなろうとしていたアイドルはゴーストの最たるものだと思う。

なんてったってアイドル=偶像だからね。



さあ、みなさん、こんなブログなんて読んでないで、アナと雪の女王を観に行くべきだ。

なんてったってレリゴー現象というものがあるらしいのだよ。

以上。