梅雨が終わり、夏が来た。
ぼくにとって、夏は読書の季節であり、暇さえあれば図書館や本屋に出かけることが至福の時。
恋愛小説、ファンタジー、ホラー、SF、純文学、古典など、できるだけ偏らないようにようにしているんだけど、比較的にミステリーを読むことが多い。
ただミステリーといっても一概に言えず、謎を提示するものだけを指すのではなく、多岐にわたって分類できたりする。そして上記のジャンルに含まれていることもある。
とてもややこしいものである。
その中でも、特に気に入っているのは本格ミステリーというジャンルである。
だが問題なのは、この本格ミステリーというものを説明することは非常に難しく、定義できていないといえる。
個人的には綾辻行人のミステリーマップを参考にしているが、その中の定義では、幻想と論理の領域に含まれるものを指すようだ。
小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」や夢野久作の「ドグラ・マグラ」、そして横溝正史の「本陣殺人事件」などがそれにあたる。
彼らが本格ミステリーというジャンルを日本で広めたといえる。
世界初の本格ミステリーは1841年にエドガー・アラン・ポーという作家が「モルグ街の殺人」という作品を世に出している。それも世界初の「密室」というテーマを引っさげて。犯人の意外性においても素晴らしい傑作である。
とまあ、本格ミステリーの説明はこのくらいにして、続いては新本格ミステリーについて解説したいと思う。
てか、本格と新本格って何が違うの?
どっちでもいいじゃん、と思うかもしれないが、これが結構重要なのである。
新本格ミステリーとは綾辻行人や有栖川有栖などなど、本格ミステリーブームを巻き起こした作家の作品を指す。ちょうどバブルが崩壊するか否かの時代である。
新本格ミステリーの立役者は他にもたくさんいて、我孫子武丸、法月綸太郎、歌野晶午、貴志祐介、などなど。彼らのトリックに対する情熱は凄まじさを感じる。
そもそもの発端は、新本格ミステリーブームが再来する数年前に、島田荘司が本格ミステリーの傑作を量産し、それに綾辻行人を筆頭に魅了された。そして、島田荘司が綾辻行人を推薦し、デビューすることになり、その作品が話題を呼び、ブームが到来したのである。
言い換えると、新本格ミステリーは島田荘司なくして語れないのである。彼の「占星術殺人事件」は名作中の名作で、本格ミステリーの到達点なのではないだろうか。
彼に魅了されたことで、数々の新本格ミステリーが生まれたのである。
それでは、新本格ミステリーの特徴を解説しよう。
基本的には本格ミステリーとさほど変わらないが、物理的なトリックよりも、叙述トリックが多いと感じる。映像化不可能な作品も数多くある。
それと、過去の作品を引き合いに出して、本格ミステリーについての解説をしたり、定義付けを作中でしたり、皮肉ったりもしていたりする。
有栖川有栖のシリーズの中に、火村英生という臨床犯罪学者が登場する。彼の考察はとても興味深く、本格ミステリーや本格モノを知る上でとても参考になると思う。
だが、新本格ミステリーの欠点もあり、それは登場人物を描けていないことである。ぼくはそんな風に感じないけど、その点では評判はあまりよくない。
それに本格ミステリーは特殊なものであると割りきって読むのも一つの楽しみ方かもしれない。
とまあ、長々綴ってきましたが、本日はここまで。
てことで、夏はミステリー小説や推理小説について書こうと思います。
以上。