センテンスサワー

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先日、祖母が亡くなった。日本人女性の平均寿命である87歳までは届かなかったが、85歳まで生きたのだから大したもんである。昭和のはじめに生まれ、平成最後まで駆け抜けた祖母は、言葉を借りるが、見事な女性だったのだと思う。

 

 

仕事中に父親から連絡があった時点で覚悟はしていた。先々月から祖母は入院し、お盆に帰省した際は、時間があればお見舞いに行っていたため、病状はよく知っていた。その時点で、もう長くはないのだろうとなんとなくは感じていた。

 

翌日、半日かけて実家に帰った。仏壇の部屋の隣に祖母の部屋があり、そこで冷たくなった祖母が棺桶のなかで眠っていた。祖母は死化粧を施されており、とてもきれいな顔をしていた。いわゆるエンディングメイクと呼ばれるものであるが、おくりびとが祖母に彩りを与え、どこかしら生き生きとした表情をしていたのである。

 

生きていない人を見ることに、はじめはためらいがあったことは事実である。だが、実際に直面すると、案外平気であった。死体であることに違いはないのだが、家族は祖母を人として扱っているし、そのことにまったく違和感はなかった。生と死の中間領域に位置した存在として、ぼくら家族は祖母とコミュニケーションをとり、即時的ではあるが、そのような共同幻想めいたものを抱いてしまったのかもしれない。

 

祖母の唇が乾く前に、綿の付いた棒に水をしみこませて、定期的に潤してあげなくてはならない。祖母が家にいる間、線香は絶やしてはならず、こちらも定期的に追加してあげなくてはならい。経験したことのない体験に対して疑問符を頭に浮かべながらも、ぼくはできる限りのことをしようと思った。

 

そのなかでも一番驚いだのは、誰かが祖母の部屋で、家族で布団を敷いて、お通夜までの期間、就眠しなければならないことである。「一緒に寝てあげなさい」と叔母にいわれ、しぶしぶ寝ることにしたのだが、連綿と続いている習わしというのは、とても不思議なものであると改めて感じざるおえなかった。

 

 

その晩、祖母のルーツについての話となった。ぼくの実家は豆腐屋である。1966年から続いているため、開業されて半世紀以上経っていることになる。父親が二代目としていまでも続けているのだが、ぼくら兄弟は後を継がずに、父親の代で閉業することはすでに決まっている。

 

ぼくはつい最近まで祖父が一代目だと思っていた。だが、話を聞くと、祖母が豆腐を学ぶための修行に行き、技術を身に着けて、豆腐屋を起こしたそうなのだ。晩年、祖母は体調を崩していて、ぼくは祖母が豆腐を作っている姿を一度もみたことがない。そのため、祖父が一代目であるという先入観にとらわれていたのだと思う。

 

はじめは軌道に乗らず、家族総出で支えながら、頑張っていたそうだ。父親たちは子供ながらに毎朝配達を手伝い、それが終わってから学校に行っていたそうだ。あまりお手伝いをしなかったぼくとしては耳が痛い話である。時代といえば時代なのかもしれないが、当時は大変だったろうなと思う。

 

半世紀以上続いた豆腐屋に生まれたことを、とても誇らしく今は思う。大変だったとは思うが、数々の歴史があり、家族から聞いた話に胸が熱くなった。配達の話、豆腐工場を作った話、ボイラーを砂を固めて支えていた話、工場に併設された家が火事になった話、父親が夢をあきらめて家業を継ぐことになった話、祖父が事故を起こした話、話を聞けば聞くほどドラマがあり、それがぼくのルーツとして根付いてるのである。

 

 

息を引き取る瞬間、祖母はそれらを想起し、走馬灯のように思い出が浮かび上がったのだろうか。紛れもない事実であるが、祖母がいたからこそ、いまここにぼくがいるのである。

 

祖母の話をもっと早く、生きているうちに知ってさえいれば、もっと祖母に優しくできたのになと、いまさらだけど思う今日このごろである。

 

豆腐屋という職業に反発し、かっこ悪いなと思う時期もあったけれど、いまは最高にかっちょいい商いだと密かに思っている。

 

祖母が修行を終え、実家に帰ってきて初めて作った豆腐は、もちろん家族で食べたそうだ。美味しかったか、美味しくなかったかは、定かではないが、それこそが、豆腐屋としてのはじめの一丁なのである。今となっては、合計すると何千万丁もの豆腐を売ってると思うのだが、その一丁目の味は、特別な味だっただろう。


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慶弔見舞金って、こんなに高いんだなと思いながら、しぶしぶ渡した。

 

今月だけで、慶事弔事の費用が十万以上かかり、財布と相談する余裕すらなく、それは慣例にしたがわざるおえないのである。

 

お金よりも気持ちが大切であると、心にない言葉で正当化を試みようとする人はたくさんいる。しかし、結局は数値化できない気持ちという尺度よりも、お金で関係性のパラメーターを数値化したほうが効率がいいのかもしれない。

 

ぼくはまだ三十代のため、これくらいの費用で収まっていると思うのだが、歳を重ねていくごとに慶事弔事にかかる費用が膨らんでいくのではないかと懸念してしまう。

 

今後も給料が右肩上がりであると約束されていれば、躊躇わずにもってけドロボーの精神で支払えるのだが、ぼくら世代の将来にそのような保証など毛頭なく、人工オーナスの影響で経済成長など見込めず、もはや破綻するのではと、喜びや悲しみを超越して複雑な感情が芽生えるのである。

 

 

そもそも相場はいつ頃に決まったのか。

 

時代によって、変動することはないのか。

 

個人個人の経済状況によって、配慮いただけないのか。

 

今後、参加したいけれどお金がないから参加することを断る人が増えてくると思う。

 

喜びお祝いし、悲しみ弔いする。

 

それだけでいいはずなのに、経済の一部に組み込まれて、透明性のないお金が回っているように思う。

 

近い将来、冠婚葬祭破綻が、ぼくらの大きな壁として眼前に出現するであろう。


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まつもと犬のPR期間が終了し、新企画が発表された。その名は「FREEZE」。氷の塔に集結した参加者が、襲ってくる数々の仕掛けにリアクションすることなく耐え続けるという内容である。少しでも動いたと判断された者から脱落していき、最後まで残ったひとりが優勝賞金を獲得することになる。

 

第一回の収録後に松本は「笑いというのは、緊張と緩和から生まれるものだと思いますが、今回の企画はその最たるものかもしれません」と語ったそうだ。緊張と緩和とは、いわゆる笑いのテクニックのひとつとされおり、簡単に説明すると以下のようになる。

 

緊張とは、思考や感情が外的要因によって支配されてしまい、その影響下の中で特別なことを待ち受けている状態のことである。そして緩和とは、期待していたものとは違う特別なことが提示されたために、不安定な状態が弛緩されることになる。その過程で、不快な状態(緊張)から解放され、快楽(=笑い)を得られるとされている。

 

説明するまでもないが、今回の企画では、松本の「FREEZE」という一言で、参加者は身動きを封じられ、緊張された状態を作り出しているのである。そしてその状態を利用し、様々なアプローチで緩和を狙ってくるのだろうが、それはまさに身体に訴えかける笑いといってもいいだろう。

 

桂枝雀氏は、緊張と緩和の理論を、身体に訴えかける笑いと位置づける。身体がどのような状態になったときに「笑う」という状況になるのかを導き出し、それは人間の生理的な現象にこそ、笑いに近い位置に存在すると結論づけている。生理的な現象とは、つまり、身体に訴えかける現象といえる。「FREEZE」で生み出された環境こそ、合目的的に笑いを取るための確かな手段だといえるのである。

 

 

そこから敷衍して考えると、「FREEZE」は世界に最も通用する笑いの可能性を秘めているといえる。どいうことかというと、それは言語を必要としない笑いだからである。言語を必要としないというのは、言いかえると、文脈に依存しない笑いだといえる。つまり、日本人的なノリを理解していなくとも、笑いが生まれる可能性があるのである。たとえば、風刺という社会を茶化す笑いであれば、それは社会のルールや流行などを知っておく必要があり、それを知らなければ可笑しみを得る可能性が低くなる。つまり、言語とは、共有された概念の抽象化された記号に過ぎず、それを共有されていなければ、ただの音(シニフィアン)でしかないのである。

 

以前、ぼくはドキュメンタルを分析した際、初期化することの重要性を説いた。それは、すべての条件を取っ払うことで、純粋な笑い(純度なの高い笑い)を追求することが可能となるからである。秩序なき世界(=グロテスクリアリズム的)で、果てしなき戯れの果てで、生み出される笑いの純度の高さに、ぼくは普遍性を感じたのである。

 

だが、今回は、究極な条件を付与することで、違うアプローチから、普遍的な笑いを追求していると思う。それは、ベルクソン的にいうと、機械的な笑いとしての可笑しみである。どういうことかというと、「FREEZE」させるとは、人間性の機能不全を意味し、人間としてのらしさを奪うことを意味するからである。精神分析学者のエリック・ スマジャの言葉を借りるならば、「(笑いを誘うのは)人として注意深い順応力と活発な柔軟性があって欲しいところに、いわば機械のようなぎこちなさがみられるからだ」ということである。

 

機械化された身体に訴えかけることで生まれる笑いこそ、すべての文脈を破棄した普遍的な笑いなのではないだろうか。それを確かめるには、「FREEZE」を見ることしかないのである。

 

 

放送室という番組で松本人志は、「自分のファンの前で笑いを取るのは簡単である」と語り、「自分を知らない人との前で笑いを取らなければ意味がない」と語っていた。それはある意味、初期化された状態で笑いを取ることの重要性を意味する。松本人志というバイアスのかかった状態では、本来伝えたかった笑いの仕方とは異なり、いい意味でも悪い意味でも、笑いとしての濃度は下がってしまう恐れがある。それは以前、松本人志論のなかで散々説明した幻想というのが関係してくるのだが、それは過去のブログを参照いただければと思う。当時の松本人志は、そのバイアスのかかった環境を捨て、違うステージを模索している状態が続いていたのである。

 

そしてここにきてやっと松本人志は自身の求めていた環境を見つけたのだと思う。それは、「ドキュメンタル」であり、「FREEZE」であり、アマゾンプライムビデオという新たなプラットフォームなのである。松本人志を知らない人々(世界)に向けられた新たな試みを可能にし、身体に訴えかける普遍的な笑いとなりうる可能性を秘めた笑いをもって、松本人志はいまなお新たな試みを続けているのである。「世界よ、震えテロ。」と心のなかで松本人志が叫んでいるのが、ぼくには聞こえてくる。

 

 

 

 

最後に

 

これまで、松本人志論を書いてきたが、今思えば、松本信者論だったと気づいた。そして、信者というよりも、松本主義者と名のるほうが、かっこいいのではと思ったりしている。松本イズムの継承者が、いまのお笑い界を支えているのだから、今後はそのように呼ばしていただくとするが、ぼくは、お笑い界を支えていないから、松本信者でしかないと、さみしげに思ったりもする。

 

 

 

 

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